第27話 ヘンリー邸へ
翌日は、また朝から早かった。
調査は中止ということになってはいたが、どうしても行かなければならない場所があるとキリエ博士が言い出したからだ。
危険だから今は大人しくしておくべきだと伝えたが、キリエ博士には「宿に引きこもっていようが襲われる時は襲われるから変わらない」と返されてしまった。襲われ慣れているとは確かに言っていたが、なんとも剛毅なことだ。
実際その通りではあるが、護衛の騎士が集まっている宿が、現在のコーレル村において最も安全な場所であることもまた事実。
それを伝えてまた引き留めようともしたのだが、結局失敗して今に至る。
キリエ博士の外出について、ゴドウィン隊長にも話は通しておいたが、村の外に出ないのならば人の目があるぶん良いだろうとの事でひとまず許可はおりた。おりてしまった。
不服ではあるが、仕方ない。
キリエ博士が伝えてきた今日の目的地は、ヘンリー邸だった。
コーレル村の網元であるヘンリー氏の邸宅におもむき、少し彼と話をしたいのだという。
突然の訪問ではあちらも困るだろうと言ったが、それならば事前に宿から手紙を出しておいて昼頃に向かえばちょうどよい。メルクリウス辺境伯の令嬢が訪ねるともあれば、あちらも断りにくいだろうというとんでもない返事が返ってきた。
キリエ博士は貴族らしい生き方は向いていなかったようだが、自らの立場の使い方は本当に上手い。
当然、これは褒め言葉などではなく、身分が身分なだけにゴリ押しが効くことを自覚しているのが厄介だと言っている。
もちろん、そんな事を考えていてもおくびにも出さないが。
「話すと言うよりは、例のしきたりについて隠していることを全て白状させるつもりなんだろう?」
「よくわかってるじゃないですか。まあ、どれだけ予想が当たっているか、答え合わせみたいなものですけどね」
この村に来てから妙なことがいろいろと起きた。
思い出せば、新聞記者のグレゴリーを監視するようにうろついていた身の丈2メートル近い謎の影も、おそらく正体はあの半魚人だったのだろう。
なぜグレゴリーを彼らが追っていたのかは知らないが、ともかくあの影の正体が半魚人の魔物だとすれば、村の中であっても神出鬼没にもなるわけだ。
なぜなら、コーレル村の中には多くの水路が流れている。さすがに底が見えない程度には水も濁っているし、あの中を通れば村人にもそうそう存在は勘付かれない事だろう。
「ヘンリー氏がどこまで事情を把握しているのか、正直あまり期待は出来そうに無いがな」
「ベリルさんは彼のこと疑ってはいないんですね」
「以前も話したが、彼には動機が無いからな。利益にもならないのに、わざわざ調査隊を攻撃するような理由もあるまい」
彼が求めているのは何よりもコーレル村の利益だ。
奇形魚の騒動で困っていたのも本当のことだろうし、漁師が1人行方不明なった時も貴重な働き手を失って機嫌が悪くなっていた。
「(逆に、調査隊を攻撃して利益になる理由があるならやりかねないが……しかし自分から事を荒立てるような人物でも無いだろう)」
おそらく彼は奇形魚や半魚人の魔物がなぜこの村に現れたのか、真相に非常に近いところまで知っているはずだが、しかしあくまで彼も被害者なのだろう。
彼の態度や口ぶりからして、自分はそう考えている。
そしてもう一つ、重要なのは“鎧貝”だ。
半魚人の存在よりは、あのグロテスクな見た目をした騎士が現れた事の方が、一度ヘンリー氏に話を聞かなければいけないという、キリエ博士のなによりの動機になっている。
昨晩、彼女から伝えられたフジツボの騎士についての重要な情報。
あれの中身は、人間の死体であった。
あのフジツボの騎士の本体はあくまで外側の“鎧”を形成している“貝”であり、また別々の種類のようにも見えたあの貝は全て同一の種類である可能性が高いと彼女は言う。
奇形魚と同じく、また別種の生物に擬態しているのかとデジャヴを感じたが、それについてキリエ博士は奇形魚と近縁種である可能性もあると言うからまた驚かされる。魚と貝ではまるきり別だろうと思ったが、しかし奇形魚の成長過程を思えばあり得なくもないと思わされるから興味深い。
彼女が“鎧貝”と仮に名付けた彼らは、人間の死体をおおうようにまず集まり、その肉体にぴたりと合った形の鎧を自らの殻で形成。
死体に彼らの神経を接続した上で人間の体液の代わりに特殊な液体を流し込んで腐敗を止め、人間の肉体の機能のみを奪って使用している……という事らしい。
切っても血が出ないと思っていたが、そういう理由だったようだ。
しかし何故わざわざ人間の身体に寄生するのかと不思議に思ったが、調査にあたった研究者達の予想では、おそらく彼らは奪った人間の身体機能のみならず脳から知識や経験も奪っているのではないかと言われているらしい。
実際に自分が戦ったフジツボの騎士は魔術らしい魔術は使う様子もなく、とにかく圧倒的な筋力のみを有していたが、それは“核”となった人間の死体が戦いに関する知識などを有していなかったからだろうというのが、キリエ博士らの見解だった。
では、その人間の死体はいったいどこから調達したのだろうか?
その正体に、自分たちは心当たりがあった。
「到着しましたよ。ここが、ヘンリー邸です」
「へえ、遠くからでも見えてましたけど、やっぱり立派ですねぇ」
アトラス氏の家がある岬からや、コーレル村の教会がある場所からは真反対の、少し小高くなっているところにヘンリー氏の邸宅はそびえていた。
レンガ造りの古めかしい館で、周囲は高い塀に囲われている。塀の内側の様子をうかがえるのは正面にある黒い鉄製の外門の隙間からのみであり、見えている庭木はきちんと手入れがゆき届いているものの、人気の少なさのせいかどうにも暗く閉鎖的な雰囲気が漂っていた。
外門には鍵とドアノッカーが付いており、鍵がかけられた状態であったからドアノッカーを叩こうと手を伸ばしたところで、奥に見えている屋敷の扉が開く気配がした。




