バルガードの英雄学
ハミマ共和国の首都ポルトは、三方を山に囲まれた巨大都市だった。
山々から流れ込む水で満たされた都市は、計画的に水路が配置され、豊かな緑と相まって、目を見張るような美しさだ。
ネムと山賊の一味は終点の2つ手前の駅で列車から降ろした。
なので、首都にはいつものメンバーで乗り込んだ。
駅のホームに降り立ちながらギルバートが言う。
「でも、良かったんですかねえ。山賊を逃がしちゃって」
ラルクは荷物を担ぎながら他人事のように答える。
「仕方が無いだろ。ネムネムの仲間だからな。それに、何も盗らなかったわけだし」
「そうですわ。結局、なにも被害は無かったんですもの」
「僕はビンタされましたけどね」
そう言ってギルバートは拗ねる。
ネムの連続ビンタを喰らった頬は腫れが引いていない。
しもぶくれの顔では、男前も台無しだ。
「フ〇ック! いいじゃねえか。俺等は警察じゃない。それに間抜けそうな連中だから、大した悪さもできねえだろ」
ラルクがチキに尋ねる。
「そういや、ネムネムに餞別を渡してただろ? 幾ら渡したんだ?」
「あら。大したことありませんわ。金貨を20枚ほどですわね」
「な!? 大金じゃないか! そんなに渡しちゃったのか……悪いな」
「だって可愛い義妹の為ですもの」
「いや……ありがたいんだけどさ」
ラルクはトホホといったように肩を落とす。
後で返すと言うつもりで聞いてはみたものの、とても返せる額ではない。
金貨1枚あれば四人家族が半年は遊んで暮らせる金額だ。
それを惜しげもなく20枚も与えてしまうなんて、改めてチキの財力に舌を巻いた。
「お腹空いたでしゅ」
ピピカはもう腹を空かせている。
「フ〇ァック! さっき食べたばっかりじゃねえか! お前の腹はどうなってんだ?」
「食べ盛りなんでしゅ」
そう言ってピピカはポケットから数珠つなぎのソーセージを引っ張り出して、そのまま口に運んだ。
一行は早速、黒魔導士バルガードを探すことにした。
* * *
ポルトには4つの大学がある。
大学の敷地は広いので、ひとつ調べるだけで結構な時間を要した。
大学構内を歩き回って聞き込みをしたが、それらしき名前は聞かれない。
教授、助教授、臨時講師をいっぺんに調べられれば楽なのだが、数が多すぎて簡単には調べられない。
そして、ようやくバルガードの名前を見つけたのは3つ目の大学、『聖ポルト教学院』だった。
ラルク一行は、構内ではやたらと目立つ。
ラルクは冒険者にありがちな衣服で、ギリセーフ。
チキは、大人しめの黒いドレスを選んだとは言うが、フリフリ・ゴテゴテのゴスロリで十分目立っている。
ピピカは、ピエロのような手品師の衣装。
ギルバートに至っては、一見、学生の保護者のように見える正装だが、全体的に薄汚れていて、幾分、匂う。
それに加えて、不細工な中年妖精がその周りを飛び回っているものだから、一行は否が応でも浮いた存在になってしまう。
チキが歩きながらギルバートを小突く。
「なんで着替えないの? みっともないでしょ。替えの服ぐらい買ってあげるわよ」
だが、ギルバートは胸を張って堂々と歩く。
「何を言ってるんですか。一着しかないけれど、これは貴族の証ですから。どこに出ても恥ずかしくない格好です」
「は? そんなに臭いのに? アンタ、全然、洗ってないでしょ」
「な……今夜、洗おうと思っていたんですっ!」
「バッカじゃないの? 一晩で乾かないでしょ?」
「乾かしますよ! いざとなったらガスの力で……」
「臭そうでしゅ」
ピピカにそう吐き捨てられて、ギルバートは情けない顔で匂いを嗅いでボヤく。
「臭くないのに。茶色いガスに比べたら……」
* * *
バルガードの授業は盛況だった。
200人は入れるであろう講堂は八割がた学生で埋まっている。
前列から5列目までは軍服の学生がズラリと席を埋めている。
広い講堂なので、最後列の空いた席にラルク達が潜り込んでも誰も気にしない。
教壇では黒板に書かれた図や文字を背に細身のメガネ男が講義を続けている。
神経質そうな男だ。
「つまり、環境が過酷であればあるほど、ストレスが大きければ大きいほど、その反動で英雄に対する民衆の熱狂度は増すことになります」
講義に耳を傾ける学生が手にしている本のタイトルを覗き込んでラルクが呟く。
「英雄学……」
確かに教えているのは黒魔導士のバルガードだ。
服装こそ白衣に変わっているものの、ラルクにとっては忘れ難し対象だ。
チャイムが鳴って、バルガードが講義の終了を告げる。
すると、学生たちは一斉に出口に流れ込み、あっという間に講堂には人が居なくなった。
頃合いを見計らってラルクがゆっくり教壇に向かう。
そしてバルガードの背中に向かって声を掛けた。
「魔王に歯が立たなかったお前が『英雄学』だと? 笑わせる」
白衣のバルガードが振り返る。
そして、ラルクの顔を見て硬直した。
ラルクは冷たい口調で尋ねる。
「半年ぶりか。その間に随分と出世したようだな?」
「ラルク……なぜ、お前が……」
「なぜ生きてるかって? そう言いたいんだろ?」
「い、いや、そんなことは思っていない」
「嘘つけ。顔に出てるぞ? 魔王の城でくたばったはずだってな」
「バカを言うな。生きてると思っていたさ。お前なら無事に脱出できると信じてたから、あそこで別れたんだ」
「別れただと?」と、ラルクの顔が険しくなる。
「そ、そうだ。別行動することにしただろ?」
「肝心な時に俺を追放しておいて、その言い草はなんだ?」
「あの時は、すまなかった。結果的に置いて行った形になってしまった」
バルガードは、頭の良い人間特有の話術で切り抜けようとしている。
「フン。謝って済むことか? それなりの代償は払って貰うぞ」
そんなラルクの冷たい言葉にバルガードは困惑している。
「わ、分かった。償いはする。とりあえず、こんなところではなんだ。場所を変えよう」
そこでラルクが意地悪く、大きな声を出す。
「魔王を倒せなかったことが知られるとマズいのか!?」
「ちょ、ちょっと待て!」と、バルガードが慌てて周囲を見回す。
その様子を見てラルクは確信した。
「バルガード。お前、嘘ついて、この仕事にありついたんじゃないのか?」
「フ〇ック! 魔王を倒した勇者パーティの元メンバーって触れ込みか? ケケケ」
ファンクだけでなく、チキもギルバートも冷たい目でバルガードを眺めている。
ピピカだけは関心が無さそうに口をモグモグさせている。
追い詰められたバルガードは、作り笑いを止めてラルクを睨みつけた。