7年ぶりの再会
特等車両のお風呂に入って着替えたネムが戻ってきた。
「ああ~ すっきりした。ありがとね、義姉さん!」
チキは満面の笑みで答える。
「あら。よろしいことよ。可愛い義妹の為ですもの」
ラルクは否定しても無駄と悟ったのか、2人のやりとりが聞こえないフリをする。
風呂上がりのネムは髪を乾かしながらフルーツジューシュをがぶ飲みする。
彼女が落ち着いたところでラルクが言う。
「7年ぶりか。すぐに分からないのも無理はないか……」
「そだね。お兄ちゃん、ずいぶんと雰囲気、変わったよ」
「そうか? まあ、この仕事をはじめて色々あったからな」
「仕事って? 養成所に通ってたんでしょ?」
「ああ。冒険者の養成所だ。大金を稼ぐにはこれしかないって考えてたんだ」
「で? 儲かってるの?」
「いいや。全然」
「けど、この車両、凄い豪華じゃない」
「これは……チキの財力だ」
「へえ! 義姉さん、お金持なんだ。玉の輿だね! お兄ちゃん」
「だから結婚してないって……」
ラルクとネムは、まるで空白の7年間を埋めるように語り合う。
ラルクは回想する。
8年前、11歳のラルクと9歳のネムを残して、ラルクの父は戦場で行方不明となった。
父が将軍の地位にあったおかげで、母子3人の生活には支障が無い遺族年金が出ていたが、半年ほど経った頃に問題が発生した。
父の部下だったというブタイノシシのような男が仲間を引き連れて、いきなりアシュフォード家を訪れたのだ。
「ブヒブヒ! 俺は将軍に大金を貸している! それを回収しに来た!」
ブタイノシシは、そう言ってラルク達の母を恫喝した。
ラルク達の母は、本当にそんな借金があったのか確かめることもせず、ブタイノシシの言いなりになった。
子供の目からも、母は一人の大人として情けないほど無力だった。
屋敷は売り払われ、金目の物はどんどん持ち出されていった。
挙句の果てには、遺族年金までブタイノシシに譲渡することになってしまった。
父に人望が無かったのも災いした。
ブタイノシシの仲間は、厳しかった父に恨みを持っている者ばかりだった。
ラルク達に対する暴力は無かったものの、誰も助けてくれる者は現れなかった。
そして7年前のある日、ラルクは母とブタイノシシの衝撃的なやりとりを耳にしてしまう。
「ブヒブヒ。では、あの子を嫁に貰う。良いな?」
「仕方ありませんわ。お任せします」
「ブヒヒ! 心配するな。毎晩、可愛がってやるからな」
「そんな……あの子は、まだ10歳ですわ。乱暴なことは……」
「ブヒブヒ、分かっておる、分かっておる。自分好みにじっくりと育ててやる」
「お願いします。これで主人の借金は……」
「そうだな。まだ半分といったところだが、ブヒヒ。あの子、次第だな」
ブタイノシシの気持ちの悪い言葉に、ラルクは何度も飛び出そうとした。
だが、足が動かなかった。
可愛い妹が売られてしまう! それもあんな醜い中年ブタイノシシに!
ラルクは己の無力さを呪った。
涙が溢れだし、ブタイノシシと母を強く憎んだ。
そして、気が付いたときは妹のネムを連れて、夜の町を走り続けていた。
少しでも町から離れようと、ラルクと妹は放浪した。
時には畑の作物を盗み、生きる為に嘘をついた。
大人を信用せず、周りはみんな敵だと自分に言い聞かせて、必死に妹を守ろうとした。
モンスターや悪い大人達から逃げ回る毎日。
1ヶ月ほど、そんな逃亡生活を経て辿り着いたのは、とある町の修道院だった。
親を失った子供たちに生活の場を与えていた修道院に身を寄せたラルクとネムは、ようやく安心して眠れる場所を見つけた。
しかし、ラルクはそれに満足するつもりは無かった。
ブタイノシシに対して何もできなかった自分が許せず、貧しさに堕ちた母の目を覚まさせたいと願った。
それにはお金が要る。それも大金が。
そして強くならなくてはならない。
12歳のラルクが考え抜いて出した答え。
それが冒険者になって、大金を稼ぐことだった。
その為にラルクは、町に出て、昼間は大工仕事の手伝いで日銭を稼ぎ、夜は冒険者を育てる養成所に通った。
のちにラルクを裏切る勇者グランとは、この養成所で知り合ったわけだが……。
* * *
「けど、ビックリしたよ。3ヶ月後に修道院に戻ったら、お前が居ないんだから……」
ラルクはそう言ってネムを見る。
17歳になったネムは美しく成長している。
「それはゴメン。ホントに捨てられたと思ってたから。それに、意地悪な子が居たの」
「まったく……心配したんだぞ。仕事と養成所に通いながら町じゅうを探し回ったのに。お前、あの後、どこに行ってたんだ?」
ネムは小さく首を竦める。
「知らないおじさんと一緒にいたの。4年間ぐらい」
「なんだって!? まさか、変なことされてないだろうな!」
ラルクがコップをドンとテーブルに置いたので、眠っていたピピカが起きそうになる。
だが、「お腹いっぱいでしゅ」と、また眠りにつく。
ネムは呆れたような口調で答える。
「変なことってなに? ひょっとしてエッチなこと?」
「そ、そうだ。10歳の子に声を掛けるオッサンなんて、おおかた目的は……」
「大丈夫だって。アタシ、処女だよ?」
「へ? そ、そうなのか? それは……良かった」
「フ〇ック! あんな痴女みたいなことしてて処女だと?」
「ああ、あれはね。おじさんの真似よ」
「ファ〇ク! やっぱり変態じゃねぇか!」
「そうなの? はじめて会った時に『ほうれ、見てごらん』って声かけられたんだけど、アタシがお腹空かせてボロボロだったから面倒見てくれるようになったのよ」
ラルクが頭を抱える。
「そりゃ、ありがたい話だけど……なんだかなぁ」
「おじさんはね。色んな所に連れて行ってくれたよ。ラーソンだけじゃなくってハミマ、サブンにも行ったなぁ。それから南の国のパプラも」
「ファッキン世界一周じゃねえか」
ネムは懐かしそうに思いを馳せる。
「おじさん、何の仕事してたのかなぁ? てっきり、女の子の前で裸を見せる仕事だと思ってたんだけど」
「バカ。それは違うだろ……」
「そうそう。それで、なぜだかハミマでおじさんが軍の人に捕まっちゃったのよ! で、仕方が無いからアタシも仕事しなきゃ生きていけないって思って真似をしてたの。でも、なぜか、お金をくれるのは男の人ばっかりなんだよね~」
ネムの話を聞いてラルクは頭がクラクラしてきた。
妹が生きていたことは喜ばしいが……。
「それで食いつないでいたのか。まったく……」
「そうそう! でね、時々、触ろうとしてくる男の人が居てね、そういう悪い人にはビンタしてたの。けど、余計に怒るから仕方なくバシバシ引っ叩いていたら、楽に倒せるようになったの」
「なんて危ないことを……よく無事でいられたな」
「ビンタで気絶させると楽なのよ。しつこい男を撃退できて、見物料も頂き放題だから」
「フ〇ック! 生活の糧だったのかよ! にしても強烈なビンタだったな」
そう言ってファンクはソファの上で両頬に氷をあてがっているギルバートを見た。
ネムは椅子の上で膝を抱えながら言う。
「うーん、何でか分からないけど、アタシがアレをやると、みんな無防備になるのよね」
それを聞いてラルクの表情が変わる。
「ネムネム……もしかして親父の血を引いているんじゃないか? お前も」