若きギルバートの悩み
窓際で物思いにふけるギルバート。
黙っているぶんには、かなりの美青年だ。
だが、動くと残念なことになってしまうのはなぜだろう?
ビビリ特有の挙動不審のせいなのか、口を開くと滲みだしてしまう間抜けさのせいなのか……。
ラルクがギルバートの肩にそっと手を置いて頷く。
「いいよ。話してみろ。ひとりで悩むな」
「ファッキン・仲間じゃねえか! 水臭いぜ!」
2人に促されてギルバートが遠慮がちに口を開いた。
「実は……僕。広がっちゃったみたいなんです」
ラルクが目を瞬かせる。
「広がった? 何が?」
ギルバートはモジモジしながら答える。
「穴です……」
それを聞いてラルクがゲンナリする。
「穴? ああ……穴、ね」
ファンクが拍子抜けしたようにため息をつく。
「フ〇ック……何かと思えば、しょーもない」
チキとピピカは軽蔑するような目でギルバート見る。
「なんの話をしてるのやら……」
「汚いでしゅ」
皆の冷たい反応にギルバートが焦る
「た、たぶん、ポポちゃんに捕まった時、爪でグリグリされちゃったせいだと思うんです! グリグリがいけなかったんですよ! グリグリが!」
「フ〇ック! ポポちゃんって、お前が速攻で離縁された怪鳥か?」
「だから結婚してませんってば」
ギルバートは否定するが、ピンクの屁で怪鳥をメロメロにしてしまったのは事実だ。
ラルクが首を捻る。
「で、なんでそれが深刻な悩みなんだ?」
ギルバートは神妙な顔つきで答える。
「それは……皆に迷惑をかけてしまうかもしれないからです」
「ファ〇ク! 緩くなっちまったからか? そりゃ、ハタ迷惑だわな!」
「そうですわよ。場所と状況をわきまえずに漏らすのは遠慮して欲しいですわ」
「汚ったないでしゅ」
「そ、それは気を付けますってば! ただ、ちょっとコントロールが難しくなったというか……」
「フ〇ック! それってエルフの泉で『ちびった』言い訳かよ!?」
「あ、あれはホントに水が冷たかったんですって! 不可抗力です! 自然の摂理ですってば!」
エルフ達は気付いていないが、聖なる泉に落ちた時、ギルバートは少しだけやらかしてしまった。
「最低ですわね……エルフの人達、あんなに感謝してましたのに」
「クソ汚いでしゅ」
皆に非難されてギルバートが追い詰められる。今にも泣き出しそうだ。
見かねたラルクが苦し紛れのフォローを試みる。
「まあ、悪いことばかりじゃないかも? もしかしたらガスの効果範囲が広がったかもしれないじゃないか!」
ラルクの助け舟にギルバートが感激する。
「ラルクさんだけです! 味方してくれるのは!」
そこでピピカがドングリを取り出して、ギルバートの手にチョコンと乗せる。
「え? ピピカ……さん?」
慰めてくれるのかと期待したギルバートだったが、ピピカは、ぼそっと吐き捨てる。
「それでも詰めとくでしゅよ」
ピピカの台詞に「えッ!?」と、ギルバートが絶句する。
そして、マジマジと手のひらの上のドングリを見る。
そして出た言葉が……。
「できれば、もう一回り大きいのを」
「ファッキン・使うんかいっ!?」
ファンクが突っ込むまでもなく、皆がずっこけた。
* * *
寝台列車は翌朝、砂漠地帯に差し掛かった。
ところが、しばらく順調に運行していた列車が突然、急停車した。
車両が大きく揺れたのでラルクが訝しがる。
「なんで止まったんだ? こんな所に駅があるとは思えないが……」
それになんだか周囲が騒がしい。
怒号とバタバタと何者かが走る音。
短い汽笛が何度も鳴らされる。
しばらくして、車掌が慌てた様子でラルク達の客室に入ってきた。
チキが腕組みしながら車掌に尋ねる。
「いったい、なんの騒ぎですの?」
車掌は正直に答える。
「さ、山賊です! お客様は危ないので外には出ないでください!」
「まあ! 山賊ですって?」
「フ〇ック! こんな所で列車強盗かよ?」
車掌は自らを落ち着かせるように深呼吸して説明する。
「ご、ご心配なく! この列車には手練れの用心棒が4人も常駐しております」
ところが、ラルクが窓の外を指さして言う。
「ひょっとして、その手練れというのは、あそこでノビてる奴等か?」
車掌が「え!? まさか」と、窓の外を確認する。
そして「そ、そそ、そんな馬鹿な!?」と狼狽した。
「フ〇ック! まるで役立たずじゃねぇか!」
「あら。困りましたわね」
ギルバートは室内をウロウロしながら頭を掻きむしる。
「これはまずい。まずいですよ! 貴重品を奪われてしまうかも!?」
「ファ〇ク! お前、盗られて困る貴重品なんか持ってねえだろ?」
「な、なに言ってるんですか! 失敬な。万が一、この一張羅を持っていかれたら生きていけない!」
ギルバートの愛用する服は、元貴族の証だ。
特別上等な生地のオーダー品だというが、山賊がそれを欲しがる可能性は皆無だと思われる。
ラルクがチキの方を見て言う。
「貴重品か。それならチキがいの一番に狙われるだろうな」
チキのポシェットには、魔法用の薬草だけでなく、お金をおろす為の預託台帳(銀行の通帳にあたるもの)が入っている。
それが奪われてしまうと、ラルク達はお金が無い状態で旅を続けなくてはならない。
だが、その割にはギルバートと車掌を除いて、誰も慌てる様子はない。
ラルクが呟く。
「まあ、自力で守るしかないか」
チキは、どさくさに紛れてラルクに抱き着く。
「嬉しいですわダーリン! 私のことを守ってくださるのね!」
ラルクは迷惑そうにチキを押し返しながら言う。
「こんなところで足止めされてたら時間が勿体ない。さっさと片づけるぞ」
「フ〇ック! まあ、山賊ごときじゃ、問題にはなんねぇな」
「ぶっ飛ばすでしゅ」
車掌が止めるのも聞かずに、ラルク達は車両の外に出ることにした。