決闘の行方
命がけというティナの親衛隊は、剣士を先頭に果敢に攻めてきた。
先頭のラルクが、それを迎え撃つ。
剣士はロングソードの縦斬りで先制攻撃を仕掛けてきた。
その軌道を見切ってラルクが、一歩下がる。
続けて剣士が鋭い踏み込みから連続斬りを仕掛ける。
ラルクが『カッ』と目を見開く。それがテイム発動の合図だ。
剣士の攻撃は強制的にキャンセルされ、手ぶらのラルクを真似して両手を無防備に広げてしまう。
そこにラルクの前蹴り。
『ドガッ』と、蹴りを喰らった剣士は大きく態勢を崩して数歩下がる。
慌てた黒魔導士が炎の魔法を発動する。
それもラルクがテイムで対応。
手の動きをトレースさせて黒魔導士の狙いをずらし、攻撃を逸らす。
『ボフッ!』
黒魔導士が放った火の玉が誤って剣士のお尻に当たってしまう。
「あーっ!」と、剣士が尻を押さえて転げまわる。
弓兵が素早く矢を放つが、ラルクの額に『コツン』と、当たったのはドングリだ。
それはピピカの能力で、矢とドングリを物々交換したのだ。
ラルクが指示を出す。
「ギルバート! ピンクだ!」
「ええっ!? 嫌ですよ! こんなに人がいる中で……」
躊躇するギルバートの腹をチキが蹴る。
「早く出しやがれ、ですわ!」
『ドボォ!』「ああああ!」『プゥゥゥ……』
そしてピンクの煙がギルバートの尻から発生した。
ピンク色の屁は親衛隊の3人を巻き込んで、数秒経ってから消えた。
勿論、ラルクは吸い込まないように避難済みだ。
ギルバートの屁の効果が最初に現れたのは弓兵だった。
弓兵は頬を赤らめ、ポォッとした表情で立ち尽くす。
そしてギルバートに目を向けると、目の色を変えてダッシュしてきた。
同じように黒魔導士、尻を焼かれた剣士が、惚けた表情で乙女のような走りでギルバートに突進してくる。
いっぺんに3人の男に迫られてギルバートが悲鳴を上げる。
「いやああああ! 来ないでぇ!」
しかし、親衛隊の3人はギルバートに夢中。
それぞれにギルバートにしがみついて、頬ずりやキスで攻め立てる。
「うわあああ! だから嫌だって言ったのにぃ!」
男達に濃厚に絡みつかれてギルバートは弱っていく。
その様子を見てチキとピピカが顔を見合わせる。
「見てられないでしゅ」
「ですわね。ピンク色のあれは『惚れる』効果なんですのね……」
ギルバートのピンクの屁は、誘惑の香り。
相手を魅了してしまう効果がある。使い方に少々難があるが……。
ひとり残されたティナは茫然としている。
ラルクが意地悪く言う。
「どうした。お前のために命を懸ける連中じゃなかったのか?」
ティナがハッとしてラルクを睨みつける。
「ら、ら、ラルクのクセに……」
そこで、ラルクの追い討ち。
「お前よりギルバートの方が魅力的なんじゃないか?」
ついにティナがキレた。
「ふざけんなぁあああああ!」
髪を振り乱して地団太を踏む姿は、とても女優には見えなかったし、白魔導士にしては、みっともなかった。
ティナの醜態にドン引きしていた野次馬が、さらに黙り込む。
周囲がシンと静まり返る中で、ティナはロッドを掲げると、悪魔のような顔つきで言った。
「とっておきの技をみせてあげる。冥途の土産にね」
ティナは、ロッドを掲げたまま、舞いのような動きを見せる。
「この技は魔王討伐のために覚えた究極魔法よ!」
呪文を唱えながら巫女のように舞うティナ。
すると、ティナの頭上数十メートルのところに光の輪が出現した。
それはまるで周りの光を吸収するかのように自身の輝きを強めつつ、広がっていく。
ラルクが眩しそうに光の輪を見上げる。
「おいおい。俺達だけじゃなくて周りの野次馬も巻き込む気か?」
ティナは舞いを続けながら答える。
「知らないわよ。そんなの。みんな消えちゃえ! 私以外!」
「ファッキン! ありゃヤベえぜ!?」
ファンクが珍しく危機感を募らせる。
「うわあああ! 止めてぇ! 死にたくないぃいい!」
ギルバートは親衛隊3人のキスを顔面に浴びながら狼狽える。
チキは「あらあ……」と、口を開けて現実を受け止められない様子。
ピピカは「すごいでしゅねぇ」と、呆けた顔で上空を眺める。
『キィィィン!』という高音。只ならぬ光。
光の輪はとてつもないエネルギーを孕んでいるように見える。
それが周囲一帯を覆うような大きさで、地表に睨みを利かせている。
流石に野次馬達も慌て始める。
やがて悲鳴と怒号で現場はパニックに陥った。
ティナの舞いが終わった。
彼女は悪魔のような笑みをみせてロッドを頭上に掲げる。
「これで終わりよ!」
ラルクがピピカに命じる。
「ピピカ。やれ」
それを受けてピピカが「あい」と、頷く。
ティナが究極奥義の名を唱和する。
「天臨光冠 還塵噴逝!」
そして彼女は勢いよく手を振り下ろした。
が……何も起こらない。
まるで時間が止まったみたいに、逃げ遅れた人々が静止する。
「あれ?」
沈黙を破ったのはティナだった。
ラルクとピピカは冷静にティナを観察している。
ティナは上を見て、ラルクを見て、最後に自分が握っている物に目を移した。
「え? なにコレ?」と、ティナがアホみたいな顔を見せる。
彼女が握り締めているのはゴボウだった。
野菜のゴボウ。紛れもなくゴボウ。何度見直しても、それはゴボウだった。
「ええっ!? なんでぇ!?」
驚き慌てふためくティナをラルクとピピカが冷めた目で眺める。
ティナのロッドは買い物帰りのおばあちゃんの買い物かごからはみ出している。
それに気付いているのはピピカとラルクだけだ。
ロッドが術者の手から消え失せたので、白魔導士の究極魔法は、上空でエネルギーを失い、急速に勢力を失った。
何が起こったか分からず、人々はキツネにつままれたように惚けている。
同じく、事態が飲み込めずに未だ混乱中のティナに向かって、ラルクがツカツカと歩み寄った。
そして、無言で拳を挙げた。