少女は祈る
「神に祈りを」
一週間後の教会。
晴れやかな光の降り注ぐなか、天へと還ったシンデレラ様へ、マリーさんや子どもたちが賛美歌のような歌を紡ぐ。
歌を知らないわたしは、見様見真似で祈りを捧げた。隣では、ガルさんが静かに女神の銅像を見つめている。
祈りを捧げるのは、これで二回目だ。
訃報を聞いたあの日、ガルさんと泣きはらしたあと、ふたりで仲良く教会に戻り、シンデレラ様を想いながら手を合わせた。それは追悼ではなく、愛と感謝を伝えた時間だった。
その日はマリーさんにパンを渡してすぐに村へと帰った。
ガルさんは夜遅くまで、シンデレラ様との思い出を語ってくれた。まるで今もシンデレラ様が生きているかのように風景が浮かんだ。
寝るときもガルさんと一緒にいた。エラ、エラ、と涙を流しながら寝言をこぼすガルさんの腕を抱きながら、あたしは眠りについた。
そして、一週間後の今日。
前回は自己紹介すらできずに帰ってしまったので、あらためて教会に足を運んだ。もちろん焼きたてのパンもセットで。
ちょうど歌い始めたタイミングだった。あたしとガルさんは長椅子の最前列に座り、ともに祈り――現在に至る。
来週、王都では、シンデレラ様の告別式が催される。
孤児院のみんなで王都へ行くのは難しい。そこで、毎日シンデレラ様へ追悼の歌を捧げ、お祈りしているそうだ。
一週間経っても、依然として教会の空気は重々しい。子どもたちの表情は暗くこわばっている。ガルさんも、ここ最近は空元気に振舞っている。
今、みんなを笑わせようと仕掛けても逆効果だろう。
大好きな人が、突然いなくなってしまったのだ。気分はどん底に落ち、簡単には立ち直れない。
わたしでさえ本調子ではないのだから、みんなはもっとつらいはずだ。
わたしに何かできることはないかと、今日持ってきたパンのひとつ、ロールパンを、ガルさんに教わりながらはじめてひとりで作ってみたのだけれど……きっとこんなんじゃみんなを元気にしてあげられない。
シンデレラ様……わたしはどうすべきでしょうか。
祈りの時間が終わると、教会の隣に併設された孤児院へ移動した。
ひとまず、自己紹介タイム。
「あらためまして、ルリといいます」
「かわいいだろう? あたしの娘なんだ」
「娘? ガル、あなたついに結婚したの?」
マリーさんの目がぱちくりと瞬いた。
ケッコン。
結婚か……! そうかそうか! 言われてみればそうだよね!
ガルさんは、二十三歳。この世界では結婚適齢期にあてはまる。独身とは聞いているけれど、お相手がいてもおかしくない。
だって見た目よし! 性格よし! パンうまし! 引く手あまたなこと間違いなし! わたしが同世代だったら確実にプロポーズしてたね。
「ガルさん、結婚の予定があるんですか!?」
「ガハハッ! ないない! 今はルリに夢中でそんなこと考えられないさ」
う、うおお……。さらりと甘いセリフを……! ちょっとキュンとしちゃったよ。天然ですか?
ガルさんにその気はなくても勘違いしちゃう人は少なくなさそう。なんて罪深い。
「結婚したのではないなら、その子は……」
「あー……いろいろとワケありなんだ。マリーさんにはまたあとで話すよ」
ワケありもワケあり。なんたってそのワケが謎に包まれていますからね。迷宮入り級ですよ。名探偵もびっくり。わお。
すべてを悟ったマリーさんは深くうなずくと、地面に膝をつき、わたしと向かい合った。
「先日はガルを救っていただきありがとうございました」
「救……!? い、いえいえ、そんな! とんでもない! むしろわたしのほうが……!」
「救われたよ。ルリがいたから、あたしはまたこうして笑えてるんだ」
ガルさんがわざとわたしの言葉にかぶせて断言し、ニィッと口角を持ち上げる。
まだぎこちない笑い方だけれど、以前ほど不格好ではない。
わたしは胸をなでおろした。
あぁ、よかった……。
感情的に動きすぎたこと、叱られるかと思った……。
「あなたはどこかエラ……シンデレラ様に似ているわね」
しみじみとつぶやくマリーさんに、ガルさんも共感を示す。
わたしがシンデレラ様に? 実際にお会いしたことがないから何とも言えないけど……それはさすがに過大評価しすぎでは……?
偉大なる聖母様と並び立つなんて恐れ多すぎる! わたし全然寛容じゃないし、わがままだし、バカだし……。神なんてくそくらえとか思ってるような人間なのに……。月とすっぽんだよ……。
紅潮して汗ばんでいると、ぐすっぐすっとすすり泣く音が耳を打った。なぜか子どもたちが涙ぐんでいる。
「え? え!? な、な、なんで泣いて……!?」
「シンデレラ様……」
「うぅ……」
あああっなるほど! 今のでシンデレラ様を思い出しちゃったのね! お祈りした直後に気持ちをぶり返しちゃってごめんね!
どうしようどうしよう! と戸惑うばかりのわたしに対し、マリーさんはすかさず子どもたちに寄り添い、慰めの言葉をかける。次第に泣き声が静まっていく。
全員が落ち着いたことを確認し、自己紹介タイムが再開。今度は子どもたちのターンだ。
わたしにできること。
まずは名前を覚えるところからだ! がんばれ、元受験生の記憶力!
マリーさんの進行の下、総勢二十名の紹介が始まった。
和名に慣れ親しんでいるせいか、横文字の名前はどうも覚えるのに苦労する。しかもそれが二十人分。苗字がないのが幸いだ。
この世界では、苗字もとい家名があるのは、主に爵位を持った貴族のみだそうで、ガルさんをはじめ村の人たちや子どもたちには家名がない。
名前だけなら……いける! 大丈夫! 覚えられる! 次来るまでには……!
自己紹介のトリは、すでにばっちり覚えている、マリーさんだ。
「わたくしはマリーと申します。教会で修道女として神に仕えながら、子どもたちの世話をしています」
「マリーさんはあたしがここにいたときから世話になってるんだ」
「ガルがここを出てもう八年ね。今でもこうして会いに来てくれてうれしいわ」
この世界でのいわゆる成人は、十八歳から。しかし十五歳から職に就くことができる。
基本的には、貴族は十五歳になると王都にある学校に入学し、一般市民は就職することになる。そのため孤児院は、原則十五歳未満の子のみを受け入れる。
ガルさんは独立直後から慈善活動を始め、今年で八年が経つ。
継続しているだけでもすごいのに、八年もだなんて並大抵のことではない。わたし、八年も習い事続いたことないよ。すごいなあ。
またひとつ、尊敬ポイントを見つけ、うれしくなる。
これからもガルさんのそばでいろんなことを知っていきたいな。