『第一話 終わりと始まり』
――シンデレラが、死んだ。
白銀の髪を持つ、美しい女性であった。
国王陛下の側室でありながら、深く寵愛されていた彼女の、突然の訃報。
何の予兆もなく、ただ亡くなったことだけが知れ渡り、国中に激震が走った。
自殺か他殺か、病を患っていたのか、多くの疑問が駆け巡ったが、死因が公表されることはなかった。
葬儀は国を挙げて執り行われた。
本来ならば王族のみで粛々と仕切られるが、国民の希望が相次ぎ、国王陛下が承諾したのだ。
シンデレラは、愛されていた。
田舎領主の男爵家に生まれたシンデレラは、ある日、国王陛下と出会い、恋に落ちた。まるで運命のように、ふたりは惹かれ合った。
国王陛下にはすでに妻がいた。由緒正しい公爵家の娘だ。
階級の低いシンデレラには、側室か別れかの二択しか残されていなかったが、あなたのそばにいられるならと側室の立場を望んだのは彼女のほうだった。
後宮に入って一年が経ったころ、シンデレラは子宝に恵まれた。
シンデレラと同じ灰色の瞳を持つ女の子だ。
洗礼を受ける五歳までは公に出すことはできない。シンデレラはでき得る限り、わが子のそばで成長を見守った。
母親となってから彼女はさらにやさしく、そして厳しくなった。まだ小さなわが子にほほえみかけ、名を呼び、守ろうとする姿は、まさしく聖母そのものであった。
民に対しても、その姿勢は変わらない。
奇病が流行ったときは医療体制を整えるべく率先して動き、貧民層の治安が悪化したときは働き口と学び舎を設ける政策を立て、貴族の派閥によりパーティーが台無しになりかけたときは仲裁に入り、空気を和ませ、国際関係が危うくなったときは自ら異国の文化に触れ、鎖国していた東の島国とはじめて貿易協定を結んだ。
できることはなんでもしたい。国を想う気持ちは誰よりも感じられ、見事に有言実行していく。
思慮深く、慈愛に満ちた彼女の人柄に、誰もが心を許し、絶大なる信頼を置いた。
何もかもうまくいっていた矢先の、訃報だった。
前代未聞の盛大な告別式は、薄暗い曇天に覆われていた。
王都の中心部から王城へ続く大通りを、シンデレラが眠っているであろう重厚な造りの棺桶が、ゆっくり、ゆっくり、運ばれていく。
棺桶のそばに寄り添うように歩く、屋根のない漆黒の馬車が二台。一台には国王陛下と王妃殿下が、もう一台には嫡子である双子の王子殿下が乗車していた。
礼服をまとった王族、棺桶と馬車に付き従い護衛する騎士たちも、絶望に打ちひしがれた表情をしていた。
王妃殿下は黒いベールで顔を覆っており、よりいっそう暗く沈んでいるように見えた。口元をハンカチで押さえ、俯く姿は、今にも枯れそうな花のように弱々しい。
第一王子、第二王子は、ともに泣き腫らした目にぐっと力をこめ、必死に涙をこらえていた。
大通りの両脇には、大勢の国民であふれかえっていた。産まれたばかりの赤子も、平均寿命をとうに超えた老人も、みな等しく泣いていた。
シンデレラを悼み、悲しむ声が、絶え間なく響く。側妃に対してとは思えぬ、地響きにも似た騒ぎだった。号泣、絶叫、祈祷。ぽっかり空いた喪失感を受け入れたくないと言わんばかりに棺桶に手を伸ばす。
シンデレラ様、シンデレラ様とどれだけ呼びかけても、何も返ってこない。
待望の第一子である王女の洗礼式を控えた今日、まさかシンデレラを葬礼することになるなんて誰が想像できただろう。
シンデレラは愛されていた。
それは彼女が、王を、子を、民を、そしてこの国のすべてを愛していたからだ。
そう、すべて。
その愛を妬む者のことすらも。
「――ふふっ」
どこからか、この場にそぐわない笑い声がした。
悲鳴にも似た泣き声でひしめく葬儀のなか、誰ひとりとして嗤笑を拾うことはできない。
黒いベールの下、王妃であるアナスティアは、目を細めていた。それはそれはうれしそうに。
口元のほころびをどうにかしようとハンカチで押さえつけても、笑いがこみ上げてくるばかりだった。
「空っぽの棺を見て泣くとは、なんと滑稽な」
シンデレラは娘とともに山奥へ逃げていった。王族の責務に耐えきれなくなったせいだ。国王陛下の愛にはもう応えられない。申し訳ございません。そう言い残していたと、アナスティアが涙ぐんだふりをして国王陛下に告げたのは、葬儀の一か月前のことである。
国中の山という山を捜索させたが、遺体が発見されることはなかった。
シンデレラが帰ってくることもなかった。
目撃情報のひとつもなく、ようやく見つかったのは、シンデレラが愛用していたガラスの靴が片方。それから白銀の髪が数本と、点々と滲みこんだ血痕だった。
はじめは信じられなかった国王陛下も、日が経つにつれ、受け入れざるを得なくなった。遺言のような書を代筆した、と進言する者がいたのだ。シンデレラと懇意にしていた侍女のユーリであった。
――シンデレラが、死んだ。
葬儀の二週間前、国王陛下はとうとう公表してしまった。
すべて、アナスティアの目論見通りだとは知らずに。
――シンデレラは、殺された。
国の最北端にある山の頂上から、庶子もろとも海へ投げ落とされたのだ。
アナスティアの陰謀によって。
事実を知るのはアナスティア本人と、彼女の息のかかった数名のみ。
死人に口なし。首謀者が暴露しない限り、真実は闇の中。
「さようなら、灰をかぶったドブネズミ」
この日を境に、『シンデレラ伝説』というおとぎ話が語り継がれることとなる。
始まりは、単なる思い出話だった。
シンデレラをけっして忘れてしまわぬよう、誰からともなく語られていき、やがて激動の人生を描いた一本のストーリーが定着する。十年後には、絵本や劇の演目になるほど有名になっていた。
愛し、愛された、美しいお姫様。そんな彼女に憧れる者は数知れず。
「――シンデレラ伝説……。やっぱり何度読んでも素敵だなあ」
ここにも、ひとり。
辺境の地を治める男爵家の一人娘・アイラは、今日も大好きな『シンデレラ伝説』の絵本を読みふける。
明日十五歳を迎える少女は、おとぎ話のような運命の恋に憧れを抱いていた。
その伝説の裏におそろしい悪事が潜んでいることなど知るよしもなく、楽しげに胸を高鳴らせながら美麗な挿絵を見つめる。シンデレラと同じ、白銀の髪をなびかせながら。
(☆『シンデレラ伝説』からすべては始まる。次回、早速運命の出会いが――!?)




