1.コーデリア嬢
その日はコーデリア・エルパーカー伯爵令嬢17才の社交界デビューの筈だった。
舞踏会が始まる前、ライアン王子の控室。
「お待ち下さい。」
キレたコーデリアが唸った。近付いた侍従を片手で制止し、今までとは別人のような気迫でライアン王子を見た。
「お付き合いの解消には承諾致します。殿下と付き合えてとても幸せでした。私にとって初めての恋でした。」
深々と頭を下げキッと顔を上げた。王子を見る瞳からは涙が溢れだしたが、表情は凛とし、言葉もしっかりと発した。
「しかし、私への好意的な言葉は嘘だった。その事に関して謝罪の気持ちは無いのですか。」
ライアン王子は固まった。
コーデリア嬢は胸元の大きなリボンを引きちぎりテーブルに叩きつけた。そして、静かに、しかしハッキリと言った。
「貴方が可愛いと褒めてくれたリボンです。どれほど嬉しかった事か。でも、影では面白いと笑っていたのですね。」
悲しげな表情を一瞬見せたが、すぐに背を向けた。
唖然とするライアン王子と侍従を残し、コーデリアは侍女を連れて部屋を出て行った。
*****
コーデリア・エルパーカー伯爵令嬢がライアン王子にキレる数ヶ月前。
辺境の地を治めるエルパーカー伯爵領は山々が連なり、大自然に囲まれ、農産物に恵まれた豊かな地である。エルパーカー伯爵は倹約家で、税の多くを領民の為に還元し、領内には活気があった。そして田舎町ではあったが季節毎に祭りを開き、特に秋の収穫祭は国でも有名で各地から人々が訪れた。領内には国境があるため、国から警備隊が配置され治安も良かった。
コーデリアは幼い頃に母を亡くしたが、優しい父と5才上の優しい兄、賑やかな使用人達と暮らし、領の祭り等には必ず参加し、天真爛漫に育った。警備隊から領民に向けて定期的に剣術の稽古が行われており、コーデリアはそれに幼い頃から参加して剣術の腕を磨いた。勉学にも意欲的に励み、充実した日々を送っていた。
コーデリアは17才になり、並の男性位はある高身長に育った。濃い金色の髪に濃いグリーン瞳、ストレートの長い髪を後ろで束ね、普段はスラックスを履き凛としていた。今日は警備隊で剣術を鍛錬して屋敷へ戻ってきた。
「カイトから剣術で一本も取れないのが悔しいわ!ここ何年もずーっと取れてないんだもの。」
コーデリアの不満にカイトが笑って答える。
「簡単に一本取られたら俺の仕事が無くなりますよ。コーデリア様は相当お強いですから、安心して下さい。」
カイトは20才、赤毛の短髪で体躯の鍛えられた明るい青年だ。カイトの家はエルパーカー家に代々仕え、父は家令として働き、自身も家従としても働くが護衛もこなす。
まだぶつぶつ言う様子に侍女のエリーも笑う。
「コーデリア様は本当にお強いですよ。私などまるで敵いませんもの。」
カイトが屋敷の扉を開けて2人を先に通す。
「エリーだって女性にしては十分強いよ。どうなってるんだ君達は。」
コーデリアはエリーを見て腕を上げる。
「まだまだ強くなるわよー!ただいま。」
屋敷に入り、周囲から笑顔に包まれる。使用人達が次々に「お帰りなさいませ。」と言い、「今日はお野菜を頂きましたよ。」「御本が届いてますよ。」といつものように明るい声が響く。
剣術の姿から着替えて夕食の席に着くと父がにこやかに言った。
「コーデリア、王宮から招待状が届いた。王妃様からお茶会のお誘いだ。」
「王妃様ですって?‥‥出席しなければなりませんか?そういう場は出た事がないので、出来れば遠慮したいです。」
「お前も17才だ。そろそろ社交界にも出なければならない。父だけで今まで気遣いが足りず申し訳ない。女性にはお茶会の交流は大切だそうだ、今回は行っておいで。」
「いつまでも此処で、今のまま、皆と楽しく暮らしたいです。」
「領民が幸せに暮らせる事、それが我々の仕事だ。皆と楽しく暮らしたいのなら尚更、自分の役割を考えねばならないよ。それは他に嫁いでも同じ事。そろそろ、婚約相手も探さなければ。」
「婚約相手ですか。まだピンときませんが‥‥分かりました。出席します。でもお茶会で失敗して縁談が来なくなるかもしれませんよ?」
「ははは。大丈夫、コーデリアは自慢の娘だよ。王都の別邸に行ったらサイラスの婚約者になる予定のモルガナ嬢に色々教えてもらいなさい。彼女はお茶会には詳しいだろう。」
最近、父は疲れた様子だった。昨年おきた土砂崩れの整備で忙しいとは聞いているが、元気が無かった。コーデリアは父の為にもお茶会に出る事にした。
*****
コーデリアは侍女エリーと護衛にカイト達を連れて馬車で二日かけて王都に着いた。エルパーカー家の別邸に着くと、兄サイラスに迎えられた。
サイラスは父に似て慎ましく優しい性格だった。金色の髪は癖毛で瞳はグリーンでいつもニコニコしている。そして父を補佐する合間に畑仕事をするのが趣味だ。
「コーデリア元気にしていたかい?いつもの笑顔が見れて嬉しいよ。皆も疲れただろう。風呂も食事も用意しているよ。」
長旅を気遣い、皆がゆっくり休めるように計らってくれた。
次の日、兄の婚約者のモルガナ嬢が別邸に訪れた。モルガナは国の3大侯爵家の一つネルソン侯爵令嬢で19才、栗色の髪が腰の辺りまであり、薄茶の瞳が可愛いらしい。田舎貴族の兄と何故知り合ったのか、コーデリアは不思議だった。挨拶をした後、王妃のお茶会に初めて参加する事を伝えた。
「王妃様主催のお茶会?貴方が招待されたの?勿論、私も出席するけれど…そうなのね。手土産は後で準備するとして、ドレスは私が選んで差し上げるわ。」
そう言うとモルガナはコーデリアの部屋へ移動し、クローゼットの中を見て驚いた顔をした。元々ドレスはあまり持っておらず、今回も二着しか持って来れなかった。
「他には無いの?」
侍女エリーが慌てて、別邸に残されていた亡きエルパーカー夫人のドレスを数着持ってきた。古い物だったが定期的に手入れされていて着るのには充分だ。
モルガナは珍しそうにドレスを見た。
「生地が高級なものだわ。でも胸元に大きなリボンがついているのね。小さめのが両脇にも、スカートのデザインも…最近では見ないわね。」
ノックをして兄サイラスが部屋に入ってきた。
「お菓子を用意したよ。まだドレスは決まらないかい?コーデリアなら何を着ても似合うと思うよ。」
「兄様くらいです、そんな事を言うのは。」
呆れる妹に兄とエリーが明るく笑い合う。モルガナはその様子を静かに見ていた。そしてニッコリ微笑んでリボンの大きなドレスをコーデリアにあてがった。
「このドレスが良いと思うわ。」
コーデリアはちょっと怯んだ。
「いつもシンプルなものしか着ないので、どうかしら。リボンは好きだけど、避けていたわ。私に似合うかしら。」
サイラスは微笑む。
「何を着ても似合うよ。」
「まだ言ってる。早くお菓子を食べたいのでしょ?」
兄妹でまた笑い合う。その様子を冷ややかにモルガナが見ていた事に誰も気付かなかった。




