015 兵士の朝1
【アイネ】
「アイネ様……アイネ様……」
安らかな、ということさえ感じることができなかったほどの眠りから、意識が浮上してくる。
ホホに感じるのは、清潔で柔らかで布の感触。その感触は、神殿教の宿舎の寝台のもの……。
「……アイネ様……」
はて?
この神殿教の宿舎に、こんなにも優しくウヤマって起こしに来てくれる人っていたっけ?
先生?
……ではない。先生は男だ。
……じゃあ、だれ?
そんな疑問が、まぶたをかろうじて薄く開けさせる。
見えるのは、天上から吊られた赤を基調としたきらびやかなレースが、緩やかな湾曲を描きながら覆う少しだけ広い世界。そしてレースの向こう側には、王都で見たレンガの家2つくらいの広さの部屋が広がる。甘い香りが、その存在を告げてくる。
どこ?
ここ?
「……アイネ様」
夢心地で聞くよりも近くで、その声は呼びかけてくる。
見ればレースの向こうに、女の人がかしこまっている。ようやく思い出した。ボクは王さまに買い取られたのだ。
「アイネ様、兵士の方がお迎えに参りました。」
そしてその時から、このカクベツのモテナシ……。
「急いで支度しなくてはなりません。兵士の勤めも果たさせる、と王からのご命令ですので……」
そうだった……
やっぱりそれも、ありなんだ。
ため息がもれる。王様に見初められたら優雅な宮殿暮らし、って誰かが言ってなかったっけ?
アイネは急いで、と言うよりも急かされて朝ごはんのパン――大麦粉を練って薄く伸ばし釜で焼いたもの――を口に詰めこみながら支度をし、案内されて宮殿の外へと向かう。
アイネは清潔で美しく保たれた通路を、侍女のフェマと共に急ぎ足で歩いて外に出る。
そこは、昨日の広場。
「おっっっせーーーーよっ!」
外に出るとほとんど同時に、ブアイソウな言葉で歓迎される。アイネは思わず首をのけ反らせながら思う。
こんな失礼な態度のヤツ、1人しか心当たりない。
見ればヤツれたチェニックに身を包んだカンパがいる。それも広場側の少し離れたところで腕を組み、偉そうに立っている。3日ぐらいもここで待たされた、といったケンマクだ。
何でコイツはいっつも怒ってんの?
アイネは思う。
【カンパ】
昨日から色々あったり、押しつけられたりして、イラついている。そのせいか、王のオキニイリ?をいきなり怒鳴ってしまった。
……何もかもが、うまくいかない。何かダイジなモノがかみ合っていない。そんな感じだ。
「ごめん。オフトンが気持ち良すぎて、起きれなかったんだよ」
と女が、許されること前提とでもいう笑顔でベンカイしてくる。昨日までの神殿教国風の白いワンピースではなく、ウガ王国風の袖口を青く縁取った白いチェニックの上に、左肩から胴と腰に巻きつけた鮮やかな水色のショールという服で、その鮮やかな水色が彼女のサンゴ色の髪を際だ立たせている。
……この女、昨日と全然かわりないようだ。……よかった。落ち込んだシンキクサいヤツを兵士としてつれ回さなきゃならないなんて、考えただけでも気がメイる。
「ったく。行くぞっ」
とりあえず、昨晩は何もなかったのか?
でもそれも時間の問題だろうな……
「行くってどこに?」
そもそもこいつは女として買われたのか?
それとも腕前を買われて、兵士としてなのか?
「行けば分かる」
「……ったく。オマエが遅いから、みんな練習を始めてるじゃねーか」
2人が訓練所までくるなり、カンパが言う。が、アイネはすでに、目の前の様子にすっかり夢中だ。
そこは周囲をレンガ造りの建物に囲まれた、縦横300歩以上はある広場で、20~30人ぐらいの男たちが各々のグループに別れて剣や槍を模した木材を素振りしたり、あるいは打ち合ったりしている。
カンパは、まあいいか、とため息を吐いて、
「あそこにいるのがハダリー隊だ」
と、手に取った木の剣で指し示す。
「ハダリー隊?」
「オレの兵隊仲間だよ。だいたい6人で1個の隊を組む」
確かにそこには、おぼろげながらアイネが見た気がする人たちがいて、同じ方向を見ながら固まって何かをしている。そして1人の男が他の人たちに、指し示しながら何かをしゃべっている。
「ほら、あの指示を出しているのがうちらの隊長、ハダリーだ。だからハダリー隊」
アイネは彼らを見ながら
「何してんの?」
と言うと、
「……集団戦の練習だな」
とカンパが返す。
「しかも猛獣対策だ。前に盾持ち2人がいるだろ。その2人で猛獣の突撃を押さえて、後ろの槍持ち2人が左右から攻撃する。多分、昨日の土蜘蛛あたりの反省会ってところだろ。それより……」
カンパはアイネの方を向く。
「オマエは自分のことを心配しろよ。オマエ、剣は使えるのか?」
そう言いながらカンパは、手に持っていた木の剣を手首のスナップで投げてひっくり返し、その柄をアイネに差し出しす。
「剣の使い方なら、習った」
と言いながら、アイネは差し出された柄を握り締める。
「盾は?」
「いらない」
「はっ? 盾があるのとないのじゃ、全然違うぞ」
「知ってる。けどいらない」
「はっ? 何だそれ」
カンパは手に取った盾を放り投げる。円形の盾は地面を少しバウンドして転がってゆき、剣立て台にぶつかって円を絵描きながら倒れていく。無意識にその様を眺めるアイネの目には、過去に見たとある石像の姿が映っている。
それは大人5人を連ねた高さの像で、両手で剣を掲げている。盾は持っていない。
「それじゃあ、ちょっと手合わせしてやるよ」
食べるためにパンを千切るぐらいの気安さで、カンパはそう言うと武具を整えながら距離を取る。そしていい感じに開けた場所で、「よしっ」と振り返り、
「いつでもかかって来ていいぞ」
と身構え、盾を剣で打ち鳴らす。
【アイネ】
手には、渡された木剣がある。
木剣を両手で握って、少し上下に振ってみる。重さ、長さ、バランスそして感触が手や腕に馴染むのを感じる。
これだ……
何回か剣を持ち上げて、そして振り下ろす。
これなんだ……
神殿を出てきて、あの街で悪い奴にダマされて、奴隷になって、と色々あったけど、結局また剣を握ることまでたどり着いた。色々遠回りしている気がしたけれど、そうでもなかった。
ボクはゼッタイに、
あの人みたいになるんだっ!




