013 謁見2
「ウガ王国国王バルガ様、それではこちらからご覧ください」
ヴォネラムが、王に先立って先導する。
ヴォネラムの振る舞いからは、良い商品を仕入れることができたという自信があふれ出ている。案内される王は、歩きながらも興味深そうに女たちに品定めの視線を送っている。王の後ろにはあの身分の高そうな若い男が従い、そのさらに後ろを“王の剣”ベナッジョが、少し離れてついていく。
彼らは石畳の上で姿勢を低くして控えている女奴隷たちの列の右端に移動し、
「こちらはラナシュ国の出身で、漁師の娘でした……」
と、ヴォネラムが紹介していく。
アイネは状況から、もうすぐ自分の命運が決められる、ということをさとる。彼女の少し後ろに立つカンパはやや俯ウツムきながらも、細めた目線で王の姿を追っていく。バルガ王は紹介された女が気にいらなければ何も言わず通り過ぎ、少しでも気になる女がいれば2~3個の質問を投げかけた後、
「口を開けろ」
と言って開けさせた口に指を突っ込んで歯並びを見ていく。そして女を最終的に気にいったならば高圧的に、
「買おう」
とだけ言い残す。
1人ずつしか進まないもどかしい進捗に、どうしても鳥の格好をしているコスキンが目に入ってくる。彼は王の後ろにあるスペースを最大限に利用して、
「パサー、パサー」
などと言いながら両方の羽を、正確にいうならば羽を模した両手をゆっくり上下させながら、右から左、左から右へ、そして右へ行くと見せかけて左へなどと演技をしながら移動していく。そして時には、あろうことか、両手を添えて王の肩につかまったりもしている。
鳥が肩に止まっていることでも表現しているだろうか?
これには奴隷たちも商人の護衛も、そしてある程度噂を聞いていた兵士たちも度肝を抜かれる。
しかしバルガ王は、少しも気にしている様子がない。
“王の剣”の部下たちも、この無礼にピクリとも反応しない。それはありなのか、と皆が思っているうちにコスキンは、再び羽を羽ばたかせ飛び立っていく。正確には、飛び立っていく演技をしながら去っていく。
そして王の検分に先立って奴隷たちに、軽い身のこなしで頭上を飛び越えたり袖の羽を手に持って、その先で鼻先をくすぐったりとちょっかいを出していく。
やっていることはバカバカしいことなのだが、アイネはそれを見ていると心が少し軽くなってくる気がする。そう思っていると、
「コスキンは本当に面白いなぁ!」
と言う者が。
見ればバルガ王の後ろに続く、若い男だ。若い男は心からおかしそうに笑っている。奴隷たちも思わず、つられて笑いそうになる。コスキンはこれに、
「ナルガ王子、私は愚かな鳥にございます」
と返し、クゥェー、クゥェーと鳴きながら去っていく。
カンパは、これが噂の“王の道化”かと感心した。“王の道化”は王にある程度の振る舞いが許されていると聞く。いったいどんな信頼があれば、そんな存在が許されるのだろうか。
王子は適度な距離をあけながら、王の後について行く。それに気づいたバルガ王は王子に向かって
「ナルガよ、お前も女が気になる年頃か。それなら、気に入った女がいれば申し出るがいい。世話役にしてやろう」
と言い、王子はこれに
「お心配り、ありがとうございます……」
と感謝を述べる。それは、喜びも悲しみも感じさせない声だ。ただアイネは、顔を上げたナルガ王子の横目と視線が交わる。そんな気がする。
奴隷商人ヴォネラムは、粘土板も見ずに奴隷の説明を列の半ばまで終える。
最初はそこそこ売れていた売れ行きも、後半にかかって王の素通りが何人も続く。それが奴隷に対して意味するところは、農村の農奴か鉱山の人夫か。かの奴隷商人の顔も渋い。
もう、すぐだ……
アイネはそう思うと同時に、果てしない不安が心を満たしていくのを感じる。そして考えはめぐる。
鉱山に送られたなら、死ぬまで毎日1日中穴掘りをさせられる……
そんな話をお姉さんたちに聞いた。
そんなのはイヤだ……
ボクはもっと色々なトコロに行って、
色んな人たちと出会いたいんだ……
そのように考えていると、さらに不安がのしかかってくる。その不安は、表情にもにじみ出ている。
そんなアイネの視界を、色トリドリの羽が覆う。
かと思うと、羽の下から尻が突き出てくる。突然の出来事に状況を把握できないでいると目の前で、ボフッと大きな音が鳴る。
その直後、臭気が鼻に突き刺さる。
これは?
オナラ!?
アイネが動転している内に、コスキンは嘲笑うかのように、グェ~と鳴きながら去っていく。鼻にこびりつく臭さが怒りに変わる。
あっ、あっ、あの、バカ鳥め!
真剣に悩んでいる人の顔に、オナラかけるなんて!
アイネはヒョウヒョウと舞う鳥人間に、恨みのこもった視線を放つ。アイネの頭の後ろの方から、若い兵士のつぶやきが聞こえてくる。
「なーにやってんだか……」
アイネが振り返ると、カンパが見下ろしている。その顔は心から、アキれた顔だ。
なんだかんだイキドオりつつも、アイネは顔に放屁された1件で、不安な気持ちを忘れていたことに気づく。
しかしだからといって、不幸の原因が去っていったワケではない。少しずつでも確実にバルガ王は、姿勢を低くした女たちの列を進んでくる。もうほとんど、直前に迫っている。
ただし王も、そしてそれにともなって奴隷商人も表情がカンバしくない。変な空気にアイネが気づき初めたとき、バルガ王が気持ちをもらす。
「うーむ。ヴォネラムよ、確かに今回は上玉をそろえたようだな。……だが、どうゆうことか……どうも気が進まんのだ」
ヴォネラムは
「それは良くありません。体調が悪いのですか?」
「そんなはずはないのだが……」
そのときこの広場に、男の歌声が聞こえ出す。
あらゆる生き物は 年をとる~
あらゆる人もまた 年をとる~
それは王とて同じ~
神聖な役割は その子に継がれる~
子を成すのは 若者の役目~
広場にいるあらゆる人が、歌う人物を見つめる。
歌の内容は、ヒジョウに機微だ。普通に考えれば、間違いなく不敬罪となるくらいに機微だ。
歌っているのはもちろん、鳥のような格好をした宮廷の道化師コスキンで、彼はまるで優雅に大空に舞うように羽を模した手を動かしながら歌う。
そして歌い終わると、国王に向かって恭しく膝まづく。
これにバルガ王が問う。
「……年寄りは身の程をわきまえろ、そうゆう意味か?」
コスキンは、
「誰に、何を、というわけではございません。単なる一般的に言われる道理、にございます」
とスズしい顔で返す。ただ周りの人間は、非常に気がかりな顔をしている。
王は何かを飲み下すような、深いため息を1つ吐いてから小さな声で
「……お前の忠告、受け取った……」
とだけ、静かに言う。
【アイネ】
王様とバカ鳥のやりとりは、全部聞こえてきた。
どうやらもう、王さまは買い物に乗り気ではないみたい……。
はっきり言って、こんなおじいちゃんみたいな人に買い取られて、一生を王宮で暮らすなんてイヤだ……。
でも……
それでも……
買い取られずに鉱山へ送られて、
残りの人生すべてを穴を掘って、
石を運んで過ごすなんてもっとイヤだっ!
そんな人生なんて、何のために生きているのかわからないじゃないか!
そんなんじゃ……
そんなんじゃ……
何のためにあの場所を抜け出してきたのかわからないじゃないか!
ボクはもっと、この世の中を楽しみたいんだ!
そう!
あの土蜘蛛に突っ込んでいった少年兵士みたいに、自分で自分の道を切り開くんだっ!
……だから……だからボクは、
「……ボクは……」
そう言うボクの声はかすれている。
ちがうっ!
もっとしっかり、ボクの想いを伝えないと……
「ボクはっ! 戦うことも、できる」
そう言いながら、1歩踏み出してしまう。
「止まれっ!!」
後ろの兵士たちが叫ぶ。そしてたぶん、動きだす。“王の剣”という人が剣を抜きながら、その身で王さまの前に出てくる。
【カンパ】
またこの女……
……この女が、不用意な行動をしたせいで、ひとモンチャクありそうだ……
……いったいコイツは、何でこんなことするんだよっ?
そう思いながらも、コイツがまた何かするんじゃないかと予感していたオレは、あらゆる事態に対処しようとしていた兵士たちより1歩分だけ早く動くことができる。
そしてこの女の近くにいる……
だから兵士たちが剣を抜くより早く、こいつの肩を押さえ首輪の縄を取ることができる。
でも事態はもう、
それだけでは、収まろうとしない。




