朱禪院 晴③
「君にお願い事があるんだ」
「……それは、取引ってこと?」
「う〜ん、別にそんな大仰なことじゃないけど、君にとって飲み込みやすいなら、それでもいいよ」
「お願いって?」
「ここ最近、変な連中に狙われててね。それらの調査の手伝いをお願いしたいんだ」
「変なの?」
俺以外にも狙われていたのか? いったいそれは…。
その時、背後で気配がする。
「はぁ、噂をすれば、だね」
振り返るとそこにいたのは――。
「罪獣だと? おいおい……」
界顕体め…、妙な置き土産を。
「もしかして、アレに見覚えが?」
「ああ、あれは罪の獣。人から生まれる罪業だ」
俺は構える。今の俺でどこまでできるか、人を相手にするのとはわけが違うからな。
ブランクバレットを生成するが…。ちっ、舌打ちがでる。生成に時間がかかりすぎだ。全盛期なら秒もかからずに数万発は生成できた。だが今は…。
「空器の匂いがするね」
匂う、ね。少し笑ってしまった。馬鹿にするつもりで、ではない。俺はブランクの匂いなんてわからない。無臭だとすら思っていたくらいだ。
「できれば、生け捕りにしてほしい。調べたいんだ」
「それは無理だ。アレは倒すと消える」
「そっか…、なら、ボクも加勢しよう」
「生け捕りにできると?」
「君が手伝ってくれればね」
そう言って、彼女は懐から煙管のようなものを取り出す。
ナノ粒子クラウド! “情報を運ぶ媒体”。カートリッジ型ではなく、調合型のカプセルをキセルにセットしていく。
キセルから煙、いや気化した蒸発香が出てくる。これではキセルというよりシーシャだろうか。匂いが湧き立つ。
「匂型空器」
ノインツェンの使っていたタバコ型のやつに似てるが、あれは使い切り型。彼女のは都度細かい調整・調合ができる。どっちが優れているというよりも、好みや使い勝手の問題だろう。
煙が罪獣に迫り、絡まるが、凶暴な獣はこちらにそのまま襲い掛かってくる。
「殺さないように捌いてくれる? 直に、動けなくなるから」
「まかせろ」
俺はシンに向かって駆け、フォースエッジで切り払う。真正面からではなく、飛びかかってくるシンの懐に踏み込んで、腹をなぞるように刃を通す。
ブルブル、ゾワゾワと妙な波動が返ってくる。そして、グニャリと空間が歪み、シンに直撃せずに透過する。超能力の精神波動に触れた時の感覚に似ている。
精神波動のフィルター効果により、マジックミラーのような原理が働く。こちらからの物理的な干渉を防ぎ、あちらから一方的に攻撃できる。
潰すには、波動を合わせるか、逆位相で打ち消すか、もしくは存在強度を高めて力技で叩き潰すしかない。
それにしても……。以前より、完成度が上がっている?
数体のシンを相手取るが、いつもより手こずる。踏ん張りが効かない。押し込まれ、吹き飛ばされる!
ぐっ!
シンが冬の視界から消えた! 観測網を広げるが、観測の網にかかるたびに次元の角度を変えてこちらに襲いかかる!
まずい! シンの爪がこちらに襲いかからんとしたとき、
「"想起”せよ、過去の轍を」
晴はそう呟く。
シンの爪が俺をすり抜ける。いや、違う。今のは…。シンは確かに爪を俺に触れたはずだった。
シンの位置が、まるで時間でも巻き戻したかのように元の位置へ移動した。
「想起せよ、古傷を」
そう言うと、シンは引っ掻き傷や剣で斬られたような傷が体中に浮かび上がる。古傷が開いて絶叫する。
「……やるな」
時間を巻き戻してるわけじゃない。思い出してる、過去の座標や、傷の痛みを。
「とはいえ、時間かかっちゃうから無防備では使えないけどね」
「充分だ!」
ならば! 俺は無頼を変形させる。
「それは?」
晴は不可思議にみやる。
「多重次面球盾」
シンは先ほどと同じように、こちらの観測を振り切るように次元を屈折し続けるが、バコンと進路途中で球盾に突き当たり、はたき落とされる。
こちらの観測網から逃げるだけの速さがあるのなら、そもそも逃げられるような角度を与えない。相手の動きを予測して、先に移動先へ盾を"置く"。
「いいね。素晴らしい」
晴は恍惚とするように、笑顔で拍手する。
複数のシンを相手取りながら、球盾で叩き落とし続けた。
だが、相手の数も強度も今の俺には厳しい。
ビシリと数度の攻撃で盾に亀裂が入る。クソ! 強度が足りない! 処理能力が追いつかない!
「ぐっ!」
シンの体当たりが直撃する。
『冬!』
冬真が心配そうに声をかける。
「平気、だ!」
致命傷はない。だが、存在情報の処理能力が遅い。身体能力の低下発生。判断にいちいち"ラグ"ができる。いつもほど、身体が思う通りに動かない!
立ち上がろうとするが、足が崩れる。ぐらりと揺れた体勢を、シンは見逃さずに飛び込んでくる。
なんてな。冬はほくそ笑む。
対処が追いつかなくなるよりも前に、わざと隙を作り、飛び込んできた相手に球盾をぶち込む。
「ギュピ!」
変な悲鳴を上げて吹き飛ぶシン。
無駄に大きく展開しても的がデカくなるだけで意味がない。なので、球盾を小さく圧縮することで存在強度を担保し、複数の球盾を相手の脛、首、腰の3点にぶつけ、相手の突進力を制限する。
こちらを警戒し、ならばと晴を狙うが、晴の直前でまたも球盾に弾かれ、ピギャと悲鳴をあげる。
「OK、もう充分だよ」
晴がそう言うと、シンの動きが鈍る。
シンの攻撃が空振る。避けた訳じゃない。いない敵でもいるかのように空に爪を放る。互いに傷つけあい、そして……フリーズした!
まるで酸欠にでもなったかのようにガクガクと震え、ジリジリと存在の処理フレームが圧迫されて固まっている。しかも…!
「持続してるな」
煙がブランクを自動で取り込みながら、半継続的に相手の存在処理能力を圧迫している。俺のブランクバレットよりも継続時間も長ければ、扱える情報量も遥かに上だ。変な笑みが出る。色々と、学びが多いな。
「ありがと〜。君のおかげで彼らを捕らえることができたよ〜。ボク一人だと、直接の戦闘ができなくてね〜。ぼくの能力は補助よりだからさ」
そう言って、晴はふぅ〜と息を吐く。本当にあまり戦闘は得意ではないのだろう。緊張している空気が伝わってくる。
「これについては、あとで色々聞くとして〜。とりあえず、もう一個の問題について話そうか」
「もう一個?」
今度は何があるんだよ。
「つい先日、急に出現した塔のこと、話そうか」
塔…、嫌なことを思い出す。
「これを」
晴は懐から出した香水を冬に渡す。
「塔が突然出現したことでいっとき騒ぎになったけど、そのときは謎の霧がでてたし、私が即座に存在を隠蔽したから、みんな幻だと思ってすぐに忘れた。でもね、塔は存在してる。その香水をつければ、感じられるようになるよ」
冬は受け取った香水を己に振りかける。
そして、
「マジかよ…」
隠れていたものが姿を現す。それは界顕体の作った塔だった。とんだ置き土産だ…。
俺は次の波乱を予感して、人心地つくことさえできなかった。




