朱禪院 晴②
「は、晴! あたしは――」
「だってそいつがあたしの財布を取ったから!!」
「財布取ったから人を刺してもいいって道理なら、最初に俺の財布に手を伸ばしたお前をおれはバラバラにきりきざんでも許されると思うが?」
「うっ!」
「紅花……、今のはまずいよ〜。ボクが聞いても眉を潜める内容だ」
「そ、そんな、助けてよ!」
「助けたいのはやまやまだけど…、先に謝罪もできない子を助けることは、誰にもできないよ?」
「ご、ごめぇん、なさぁい」
半ベソかいて謝罪をする子。
「謝れば許されると思ってるのがガキらしくて鼻につくな」
そんな子どもに対して容赦のない言葉を浴びせる外道。
『ふ、冬!』
黙ってろ。
無条件の許しは内核の変心に繋がらない。つまり、意味がない。中途半端に許された子供は、同じことを繰り返す。無秩序な環境で育ったやつは尚更な。
俺の住んでた外区も無秩序な中で、ある程度の秩序が成り立っていたのは、そういう限度のないやんちゃするやつをちゃんと間引いていたから成り立っていた。ようは、ああ、このライン超えたらまずいなってのを教えないといけない。反省するときは、ちゃんと罰を与える。
「お前は、俺に何を示せるの?」
「俺の命を狙ったんだぜ。その対価に、何を差し出せるわけ?」
「逆に聞きたいな。君は何なら満足なんだい?」
晴は戸惑い、萎縮する子供のかわりにそう告げる。
「正直、特にないね。他人にやってもらうことなんて、そのガキがやれることよりも俺がやったほうがはやいし、確実だ」
冬にとって口頭での情報収集は時代遅れだ。情報が欲しければ相手の頭から直接情報を抜けばいい。他人に情報の精度もわからない重要な役割を任せるのは、心情的にできない。ましてや、信用度は閾値を下回る子供だ。ありえない。
自分の失敗で自分が死ぬ分には問題ない。だが、他人の失敗で全てがダメになったら…。他人のせいにして己を慰めるなど、惨めなものだ。冬にはそんな選択はできなかった。
第一敵に反省など求めない。命に関わるやりとりに交渉などしない。冬にとっての人生観とはそういうものだ。
「ふふっ。君は刹那的なんだねぇ」
「悪い?」
え? 悪い。おっ? 喧嘩か?
「ごめんごめん、別に嘲笑ったわけじゃないんだ」
「良いとか悪いとかじゃなく、もったいない、と思ってね」
うまい言い方だこと。
「瞬発力の求められる選択ってのはあるよ。君はきっとそういうものを常に求められてきたんだろうね」
「でも、それは損もしないけど、得もしない」
「この"子"は、役に立つよ、君にとって。生かしておいたほうが、よく"巡る"」
冬は目を細める。
「それは、あんたの感?」
「そうだね。感だ」
嘘は言っていない。それはわかる。だが、言ってる人間が彼女なら…、ハッタリか、どうか、迷うとこだな。
「……いいだろう。おい、おチビ」
「な、なんだよ」
「俺にお前を生かしておいてよかったと思わせろ」
「うぐっ」
冬の恫喝に彼女は怯む。冬の眼はやはり、無機質でこちらを信用してはいなかった。息を飲む。
「とりあえず、仕事をやる。おつかいだ。金は俺が出す。あとは町の見回りをしろ。露骨にやらなくていい。普段回るところをそれとなくいつもより耳立てて歩けばいい。こういう場所に出入りしてるんだ。危険な匂いってのは、現場のほうがわかんだろ」
情報を収集するだけなら俺一人でも問題ないが、町の空気感や噂なんかは、1日2日では嗅ぎ取れない。
「だってさ。どうするの? たぶん断ったら……」
「うけなきゃ、殺されるんだろう?」
できそうにないことをやらせるつもりはない。役に立ちさえすればそれでいい。ここあたりが落としどころだな。
「う〜ん」
晴は無遠慮にこちらへと近づき、クンクンと鼻を引くつかせながら、こちらの匂いを嗅いでいく。
「離れろ!」
「なんなんだ! お前は!」
「あぁ、ごめんねぇ。興味深い匂いがしたから」
目を細める。晴の瞳は虹色の輝きを放っている。俺と同じ、虹の瞳の持ち主。
界顕体は虹の瞳すら容易く再現してしまうらしい。
ザインクラフトを作ることによって俺はこの世界を具現した。だが、この世界でザインクラフトを作ったのは晴だ。ブートストラップパラドックスに似た、情報ループのようなものが俺と晴の間には成立している。
晴の存在科学の知識はおそらく俺と同等レベル。彼女には世界がどのように見えているのか、俺には想像もつかなかった。決して油断はしない。彼女を見つめる。
「そ、そんなに、見つめてどうしたんだい? テレちゃう」
まるで少女のようにおちゃらける赤髪の女性。
「担当直入に言う。憑神の製作をやめろ」
「うん。いいよ」
ニッコリ笑って、あまりに自然にそう返した。いいんかい…!
「…ホントか?」
「あり? 信じてもらえてない?」
「あまり、あなたのことを知らないのでね」
「参考までに、理由を聞いても?」
「君がボクの雇い主である資金提供者を殺しちゃったからかなぁ〜」
「悪い人達ではあるけど、お金は貰っていたからね。彼らのお願いっていうのもあるけど、アフちゃまが暴走した時に対峙できる兵器がないと困るってのも、理解はできるもん」
「アフちゃまが暴走したときに出る被害は、人類滅亡レベルになる可能性がある。それは悪い人達だけじゃない。それは避けたいって気持ちがあったんだ」
「でも、一番の理由は……」
「君が、ザインクラフトを作っているから、かな?」
「あん?」
「君のそれ…私の作ったザインクラフト、じゃないだろ?」
冬の首から下げているそれを指さして、彼女はそういう。
「デザインが違う。たぶん機能も違うんじゃないかな? そんな匂いがする。他所の研究所で完成したという話は聞いたことないし、君が、この時代の、あるいは、この世界の人間じゃないとボクは考えてるんだ」
あけすけに彼女は語った。
「そして、きみからは殺意の匂いがするけど、悪意の匂いはしなかった。殺人に忌避のないそうとうなワルか、あるいは、ボクに何かしらの原因がある殺意だと、判断した」
「後者だと考えた理由は?」
「ザインクラフト」
晴は俺のザインクラフトを指差す。
「それを完成させた人間に興味があった。ボクはまだ研究途中で、完成には至っていない」
「逆に言えば、完成間際のこのタイミングで、ボク以外にそれを完成させた人物が接触してきた。何か意味があると思ってね」
「ボクは歓迎するよ。ひと言で言うなら、面白そうだから」
誰かを彷彿とさせる性格だ。科学者ってのはどこか通ずるものがあるのかね?
「なにはともあれ、憑神を創らないのであれば、俺としては、あなたを殺す理由がない」
嘘をついている色ではない。変わってはいるが、悪人ではない。
「ねぇねぇ、それよりも、君のザインクラフト、観せてよ! すごく興味があるんだ!」
目をキラキラさせて、人懐っこくこちらに絡んでくる彼女に、俺は少し戸惑った。




