真白病
とある遺跡の中腹
そこは、激しい光熱と地響きで馴らされた地獄だった。
空を覆う円盤から放たれる高出力の光学兵器が、大気を震わせ、視界を白く塗り潰す
「止めろォ!」
叫声とともに、防衛部隊の最前列がフォースフィールドを展開した。
白銀都市が誇る盾が、物理法則を拒絶するように前方を固める。
しかし、その絶対防衛は容易く貫かれた。
白銀鉱製の盾を飴細工のように融解させ、レーザー砲の雨が部隊を蹂躙する。
肉の焦げる臭いと絶望の悲鳴が混じるなか、主力部隊を死守した盾兵たちが地に伏す。
「……よくやった。撃てッ!」
後ろに控えた援護部隊が、不規則な軌道で宙を舞う円盤を光学兵器で迎撃する。
だが、敵のシールドは、こちらの火力など嘲笑うかのように硬い。
そこに、一条の閃光が飛び込んだ。
空を足場にして跳躍し、鋼鉄の円盤へと肉薄する大男。
「うららララァ!」
野獣の雄叫びとともに放たれたのは、ただの拳。
だがそれは、超高硬度の装甲を、未知の素材ごと粉砕した。
超人。
白銀都市の強化施術により、筋繊維から骨格、内臓に至るまでを再設計された【デザインソルジャー】の暴力が、次々と円盤を叩き落としていく。
「もういっちょ――ッ」
叫ぼうとした男の死角から、新手が飛び出す。
一瞬の硬直。
それは光学兵器が飛び交う戦場において「死」と同義だ。
だが。
――ドカン!
不可視の圧力が、敵機を一瞬で鉄屑へと圧縮した。
「シロートみたいなことしてんじゃねえよ、デカブツ」
冷ややかな声が響く。
超能力によるサイコキネシスだ。
「ウッシャッシャ! お前がいるって、わかってたからよぉ!」
軽口を叩き合っているが、余裕があるわけではない。
戦場には、銃器や刀剣では対処不可能な「虫型モンスター」の群れが殺到していた。
面で制圧できる超能力者達の支援がなければ、この我々は数分で全滅するだろう。
それほどの強敵。
だが。
彼らの目的はロハネの遺跡、そして――真白の討伐。
この過酷な演習すら、本番前の「調整」に過ぎない。
「ああ、はやく出てきやがれ、真白! 生きてんのはわかってんだよ!」
「うるさい、筋肉ゴリラ。傷なんて残ってないでしょ」
「待ちきれねえんだよ……。あいつを殺るのは、俺だ」
「寝言をおっしゃいまする。アレを粉砕するのは、小生にございます」
もちろん、ここに真白はいない。
口々に強がりを吐き出す彼らだが、その声はどこか、震える指先を隠すための怒号に似ていた。
「やれやれ、またですか? 皆さん、そんなに怯えて……。たかが一人の人間に、ビビリすぎですよ」
ふと、新人のおかっぱメガネが、場違いに冷めた声を漏らした。
「都市内部で負けたと言っても、あれは防衛設備が制限された状況下での話。都市側が全力を出せなかっただけで、冷静に分析すれば、やりようによっては……」
瞬間、空気が凍りついた。
眼帯の女が、射殺さんばかりの視線を新人に突き刺す。
「なら、あんたはやれるわけ?」
「……え?」
「戦力を把握してれば、私たちを全員相手取って、あんたは勝てるって言いたいわけ?」
「それは……理屈で言えば……」
新人は口を噤んだ。
理屈。
そんなものは、あの怪物には通用しなかった。
かつて白銀都市を蹂躙した、不合理を体現する存在。
当時を知らぬ若者は「理解不能なもの」を「理屈」で片付けようとする。
だが、地獄を見た者たちにとって、真白が死んだなどという考えは、万に一つも存在しない。
根拠などない。
ただ、「あいつが死ぬはずがない」という、盲信にも似た確信がある。
「あんた、死ぬわね」
女が吐き捨てるように告げた。
「真白は舐められることを嫌うわ。」
ビクリと新人は震える
「あいつは無礼者や学習能力のないものを特にね。あんた、普通には死ねないわよ」
「ヒュ〜、経験者は言うことが違うねぇ〜」
ひょうきんなギザ歯の男が茶化すが、その隣に立つ男の表情は、もはや人のそれではない。
「真白……殺す……ッ!」
その瞳には殺意と愉悦。
そして狂信的な情愛が混濁していた。
憎悪が極まり、一種の信仰へと昇華した感情。
その狂気に当てられ、新人は息を呑む。
「ひっ……」
我々は皆、等しく病んでいた。
嫉妬、嫌悪、恐怖、絶望、
あるいは…崇拝。
あの白い背中に刻み込まれた、拭い去れない敗北感。
「……これが、真白病ってやつか」
新人が震える声でこぼした。
それはこの部隊の、いや、都市全ての生存者が抱える不治のトラウマだった。
「ずいぶんと、いつも通りじゃな」
凛烈な声が響き、隊列が割れる。
「白夜様!」
白銀都市の統主が、そこに立っていた。
「どうじゃ? 酒の一杯でも振る舞おうか?」
「ですが、統主。我らは……」
「いつも通りのパフォーマンスを発揮するためには、いつも通りにこなすしかない。そう言いたいのであろう?」
白夜は静かに、だが全員の魂に響く声で続けた。
「じゃがな。いつも通りにやって勝てるなら、我らはなぜあの日、負けたのだ?」
全兵士が息を呑んだ。
「あの日、あやつは限界を超えていた。ならば我らも、限界を超えねばならぬ。いつもと違うことをするのじゃ。我らはあの日とは異なる。敗北を知り、学んだのだ」
白夜の瞳に、鋭い意志の光が宿る。
「あやつにあって、我らになかったもの――それを知り、恐れ、超えるために今日まで準備してきた。今の我々は、あの日よりも強い!」
「はっ!」
一斉にかしずく兵士たち。
震えは止まった。
だが、それは恐怖が消えたからではない。恐怖を「燃料」へと変える覚悟が決まったのだ。
真白を殺らなければ、この病から解放されることはない。
「いきやよし、ってやつなのかな? 君等の言葉で言うのなら」
不意に、場違いなほど穏やかな声が混じった。
「誰じゃ!」
白夜の鋭い視線の先。
いつからそこにいたのか、一人の男が立っていた。
軍装でもなければ、強化服でもない。
どこにでもいるような、それでいて、背景に溶け込みすぎて認識を滑り落ちるような、不気味な男。
「私はあなたがたの言う『真白』を知る者ですよ。あなたがたの想像通り、彼は生きています」
「何者じゃ!」
白夜が剣を抜き放つ。
「彼の友人です」
「とぼけたことを。あやつに友人などおらん。あれの隣に立てるものなど、この世のどこにもな」
会話は成立している。
だが、違和感が消えない。
男が存在する空間だけが、まるで古い映像のようにノイズ混じりに、ズレて見える。
「ふふっ……そうですね。今まではそうだった。だが、これからは違いますよ」
男が、ゆっくりと微笑む。
「誰なんじゃ、お主は」
存在が、認識できない。
目の前にいるのに、記憶からこぼれ落ちていく。
その不可視の深淵のなかで、男は、ただ一言、己の名を告げた。
その名は――。




