淘汰と適応
晴はラボの一角で植物達にまるで子供に語りかけるように喋っていた
その植物達を見渡す
「このコ達は、アロマブランクを生成できるんだよ」
ぐるぐるヨダレを垂らしてずっと唸ってますがな
「……それ、ちゃんと植物としての話してる?」
「してるしてる ちゃんと“意思”あるからね、この子たちにも」
ぐるぐると唸る植物が、葉を震わせて牙のように見えるものを覗かせる
どう見ても草じゃない
「いや、噛むんだけど」
「噛むねぇ うん、元気な証拠だよ」
どこがだ
晴は一歩近づいて、唸る葉っぱの先を指でつつく
「なんなんだ これらは」
「こら そういう言い方、よくないぞ このコたちだって傷つくんだ」
「ほら、かおりちゃん機嫌なおして 昨日のサウナ汁、まだ引きずってるの?」
ぶるる、と植物が震えた
……今、絶対に感情あったよな
「なぁ、このラボ……全部こうなのか?」
「全部じゃないよ? 半分くらいはもっと素直だよ」
安心できない割合だ
晴は軽く手を叩く
「それじゃ、本題なんだけど」
空気が少しだけ軽く変わる
「これを先に渡しておくね」
「これは?」
「因散香だよ 君に纏う不吉な未来、その因果を散らすためのものだ」
「…ありがたいね」
この聖都で生活するなら、やはり未来の情報は邪魔になる
「喜んでくれて何よりだよ」
「それから…」
「さっき捕まえたシン…についてだけど、解析はまだ途中 情報構造の“仕様が異なる”からね」
そりゃそうだろうな…
「あれはこの世界由来のものじゃないからな」
「ふふっ 情報通だね 話がはやくて助かるよ」
「それじゃ、塔の話、しよっか」
晴はラボの奥に視線を向ける
「アレは、単なる塔じゃない 通路、ひいてはトンネルだね」
……
「この世界と別世界を繋ぐトンネル その先から君のいうシンとやらはやってきてる まだ被害は少ないが、私が確認しただけでも3つ、世界は確認できてる」
「……厄介だな」
界顕体め 悪あがきを
「ボクとしては、向こう側に赴いてみたいんだけどね、通れなかった たぶん、ボクの存在構造ではあちらに変換できないのかも 君の見解はどうだい?」
晴はこちらに話を振る
「その認識は正しいと思う シンの世界にしろ ほかの世界にしろ ルールが違う だから、アバターを調整する必要がある シンがここに来れたのは…」
多分、界顕体が一度無理矢理こちらとあちらの世界観を繋げたから
「ボクが向こうに行くことは可能かい?」
「やろうと思えばね、でもおすすめしない 戦闘向きじゃない奴がいきなり行く場所ではない 向こう側の都合もある 人だっているしな」
抱えてる問題も異なる世界だ
「君なら、問題ないと?」
「ほっとけはしないだろうな だが、今すぐにとは言えない 俺にも都合がある 最優先事項が片付いた以上、もう一つの問題を片付けないといけない」
麗と凛を 迎えに行く
もうなりふりかまっていられない
白銀と黒金のドンパチが始まる前に確保しないといけない 真黒のカスのこともある 一度俺は現実に戻る
暫定的ではあるけれど、シンがこちらにこれないように、俺がロックをかけておこう…… なんだよ?」
晴は興味深そうに冬を観ている
「…君は一体、何者なんだい?」
植物がまた唸る
晴を心配して冬を警戒しているかのように
「スタンスという意味でなら、俺はアニマの味方だ 少なくとも 彼らの味方でありたいと思ってる この世界に害を為すつもりはない」
「アニマの味方、か…」
晴はノルマだ
アニマとして進化を始めた種と、進化から取り残された種の狭間の時代だ
自己の種を残すこと そこから外れた思想に思うところがあるのかもしれない
「先に言っとく 俺はノルマとアニマは住む世界を分けるべきだと思っている 今の世論はアニマに対する攻勢に傾いている 戦争になられたら面倒なんだよ 俺もノルマを皆殺しにようとまでは思っていない だが戦端が開かれれば、やらざるおえなくなる 俺にそんなことをさせるな あんたが余計なことをすれば可能性が高くなる」
「……そっか 君は、未来を知っているんだね」
「……協力はする 多少時間はかかるがな」
「具体的には?」
「向こうに行って、繋がっている原因を解消してくる」
「簡単に言うね」
「対処法がそれしかないからな」
晴はにこっと笑う
なのに内容だけが重い
晴は最後に、少しだけ真顔になる
「ボクらは淘汰、されていくのかな?」
ポツリとそうこぼす
「言葉尻を突っついて申し訳ないけれど、種の形ってのは大きな流れの中で絶えず変化するものだ これは淘汰なんて話じゃない 新しい領域に進むための適応だ」
変化しない種というのも中にはいる
それを取り残された、変化のない種と見ることもできるが、逆に言えば種として完成したとも言える
俺等はその段階じゃないのだ
「淘汰なんてのはな、静かに起こる ノルマという種のなかでさえ子孫を残せない奴はいるんだ それこそ選別であり、淘汰の結果だ 浸るなよ 時代の変革の痛みはこれからだぜ」
残すことと、残るものでは意味が違う
惰性で続けるものに価値などない
「君はアニマにこだわるんだね」
「好きだからな 彼らが」
「それはなぜ?」
「好きなものに理由を求める口か? 無意味な行為だ そういう形を好むのは心がそういう構造をしてるからだ」
「…君は、アニマがなぜ生まれたのか、知ってるかい?」
「知らないな 別に興味もない」
「君は科学者らしくはないね」
原因の遡及を望まないのに、結果だけを受け入れるなんて
「好きな相手のすべてをつまびらかにすることが敬意だと思ってないだけさ 知る必要があるのならその時に知ればいいことだ」
「……強いんだね 君は なんというか…自然体だ 誰に対しても物怖じしなさそうだね」
「そっくりそのまま返すわ」
マジで、鏡みろや
怖いものなんて辞書に載ってなさそうな女なのに
「神… アフがこの世に降りてきて、ボクらの生活は一変した 果たしてそれは、ボクらと地続きの存在といえるのか」
「ミトコンドリアがなければ俺等は今もサルだったかもしれない 今の俺等は本当の姿じゃない だから、サルに戻ろう なんて思うか?」
「彼女がどんな存在なのか、ボクらは知っておいたほうがいいと思わないのかい?」
「あれは子供だ どうしょうもなく純粋な、ね ヘタにつっ突きさえしなけりゃ良好な関係を築けるさ」
「ボクには、そうは思えないけれどね そんな簡単に割り切れない」
「そうだろうな、だから、割り切るんじゃない きり分けるんだよ」
「…というと?」
「お前には教えん だが、悪いようにはしない お互いにとってな」
「それでも」
「今ある人の形が残すべきものだと思うのなら、俺も止めやしない 種の存続をかけた戦いを始めるというのなら、俺も、全力で相手になるさ」
晴は目を細めた
ラボの植物が一斉に唸った
それが同意なのか、警告なのかはわからなかった
俺はそのままラボをあとに、歩き出す
その時、背中から声が聞こえる
「ボクはね、変化することが、怖いんじゃないよ」
「おいてかれることが、怖いんだ」
「君なら、どうなんだい?」
「……」
「その時、君は、君で、いられるのかな?」
俺は、何も答えなかった
答えられなかった
俺自身は、置いていかれることを苦に思わない
だが、ほかの人間に対して、我慢しろとまでは言えない
自分にとって平気なことが他者にとって平気とは限らない
それを押し付けることは強さではない
己の守りたいものと他者の守りたいものは違うのだから
益体のない思考を振り切る
…現実に、戻らなければ




