運命の日
身体が重い。
真っ黒な空間を歩きながらも、冬は体調が悪そうだ。
『冬、大丈夫なの?』
「病み上がりだぜ。当然平気じゃない…けど」
『少し休も?』
「…いいや、だめだ」
『なんで?』
「存在爆弾による事象の吹き飛ばしはまだ未完成なんだ。それに爆心地である俺の存在もまた不安定になってるはず。今のうちに戻っておかないと、世界が俺を排除した状態で進む可能性がある。そうなったら、戻れないかもしれない。世界の認知が緩んでいる間に戻らないと」
難しいことはよくわかんないけど、はやく戻らないと還れなくなる可能性があるってことはわかった。
真っ黒な空間が少しずつ変化しだす。薄く外の景色と重なりだす。建物や道が見える。
次第に人の喧騒が聞こえてくる。
いつの間にか僕らは聖都の中にいた。雑踏の声が大きくなっていく。
『うわぁ』
少し大げさに声が漏れる想いだった。でも仕方ないと思う。だってそこは、あまりにもたくさんの人が楽しそうに行き来していたのだから。
僕の知る聖都はいくつも壊れた場所があって、寂れた雰囲気と人々の暗い顔ばかりがあった。
でも、ここには活気がある。人々の笑顔がある。往来を歩く人々には、恐怖や疑心のようなものは見受けられなかった。そして、上空を見上げる僕ら。
宙に浮く複数の御神像。
半信半疑だった。けれどこれをみれば!
『冬! やったんだね! 本当に!』
存在爆弾による事象の吹き飛ばし。時間を超えて、僕らはまだ平和な時代の聖都にやってきた。アニマやダエワ、ノルマに分かれきる前の人類。オリジナルが生き残っている時代まで。
ここには夏さんのオリジナルもいる。もちろん敵側も。神達は互いの戦いによって、人類を滅ぼしてしまった。
オリジナルの壊れた存在をもとにしてレプリカを作った。別人のようにも思われるかもしれないが、存在のノード元、オリジナルノードはピラミッド型だ。
オリジナルを頂点に分岐する可能性のようなもので、全てはオリジナルに統合されている。
幾度と行われる試行により、神々はオリジナル人類の壊れた部分を修復しようと試みた。
これは補完体も根本は同じ仕様になっている。
オリジナルを上書きはできない。
同一存在は存在できない。
だがオリジナルから派生した可能性として、補完体のように枝を伸ばすことは可能だ。俺がアバターを複数操るのと似たようなものだ。
オリジナル元の存在情報処理能力の許す限り、ノードは増やせる。神々はそうやって人類を補完した。
オリジナルの人類とはいえ、善神との接触はすでに行われている。
人類の変革の始まり。
つまりアニマへの進化が行われている。
そして、それに嫉妬し、嫌悪し、迫害と軋轢の時代が始まる。いや、すでに始まっているのだ。真アニマと真ダエワに分かれて、この町は二分されている。
「まだ喜べる段階じゃないさ。問題はこれからだ」
まず夏さんを助けること。善神との接触。そして真ダエワ側の主要人物の暗殺。最後は朱禪院晴…。憑神とザインクラフトを作った天才科学者を、殺す!
朱禪院晴。人類史に名を残す偉大な科学者。地球脱出計画を実現させた英雄だが、当然この空想世界の晴とは別人だ。
有名税、というものだろう。創作には時折、晴の名が使われる。他作品によって性格はまちまちで、敵だったり味方だったりする。
あの青鉛都市でさえ、晴の名は崇敬の対象になっている。彼女の像にラクガキしたものを都市全体で探して、犯人を八つ裂きにした事があるほどだ。
この作品での晴は正直よくわからない性格だ。敵に利するようなムーブをしてたにも関わらず、ザインクラフトを主人公に残しているのだから。
あってみないことには何とも言えないが、十中八九、敵対することになるだろう。
どの程度の実力があるかは分からない。だがディラフトクラスだと、今の俺だと…、クソ!
その時、冬はよろけ、地面に手をつく。
クソ、まだ本調子じゃない。
存在の規格が縮んでしまっているせいで、身体の制御すら覚束ない。無理すれば短時間ならどうってことないが、その後がしばらく動けなくなるだろう。
真アニマ達の町で弱っている子供なんかがいれば、大騒ぎになる。すぐに捕まってみんなで病院に運び込まれるだろう。もっとも存在の劣化をこの町の技術力ではどうにもならないし、今は病院なんて言ってる暇はない。
今は人通りを避けつつ移動してるのと、存在を薄めているので気づかれにくいのが功を奏してる。
立てと自分に言い聞かせるのに、中々言うことを聞かない身体に歯噛みする。
こんなんで大丈夫なのかと思わずにはいられなかった。身体に激を入れて無理矢理動かそうとした。その時に。
「あの…、大丈夫ですか?」
そう、話しかけてくる小さい女の子の声がした。
まったく、見えづらくなってるだろうに、それでも見つけちまうやつはいるもんだな…。
顔を上げる。アニマの女の子だ。
どこかで、会った、ような、気がする。
頭にノイズが走る。
「ああ、大丈夫だよ…。寝不足気味でね。少しふらついてただけなんだ」
そう言うと彼女は、
「そうですか…。なら私も少しここで休みます!」
そう言ってにっこり笑い、隣に腰掛ける。
優しく、心配そうで、それでいて、ひまわりのような、人を元気にしてくれそうな声で。
「迷惑をかけるのは望まないな」
「大丈夫です! お母さんも妹も、こっちに向かってるので。近くに来たら分かりますから!」
チリチリと頭が痛い。
何か、大切なことを忘れているような気がする。何だったのか、今の俺には思い出せなかった。
「あの! これ使ってください!」
小さな女の子は小さな手をつきだして、ハンカチと水を差し出す。
「…受け取れないよ。それは君のものだろう?」
自分よりもさらに歳下に見える子からもらえるものではない。
「いいんです! こういうときのために使わないと! だからあげます!」
「いや、でも…」
「もう! これ以上、わがままいうと、家まで連れて行ってご飯を食べさせますよ!」
それは、何の脅しなのだろうか? 少し、あきれて、大きく、感心した。
「それでね! うちの妹もね! すっごくかわいいんだよ! 毎日毎日おねえちゃ!って、私の後ろトコトコついてきて、守ってあげなくちゃって!」
「それでねそれでね! 一緒にお歌うたったり、踊ったりするの!」
その女の子はその後もよく喋り、よく笑い、よく踊った。
「あ! おねえちゃ! おかあちゃ! おねえちゃ! いた!」
「あ、妹が来たみたい! お母さんも一緒だ! ねぇお兄さん、大丈夫? 一人で立てる?」
彼女は俺の前に来る。心配そうにこちらが立ち上がるのを待っていた。
「ああ、大丈夫だよ。少し休めた。ハンカチと水をありがとう。助かったよ」
チリチリとまだ頭が痛む。
思い出さないといけない。何かを。俺は…。
ああ、そうだ。
「マフラーを、ありがとう」
小さな声で俺はそういった。
「え?何か言いましたか?」
冬は少しだけ笑って、
「いいや。もういきな、君を待つ人達の下へ」
「? うん! じゃあねお兄さん!」
俺は彼女達の後ろ姿を見送った。楽しそうに、幸せそうに歩く、三人の親子の姿を。
俺は結局、会わせてあげられなかった。幻想を見るように、目に焼き付けた。
もう会うことはないだろう。そしてそれでいいと思った。その後ろ姿を俺は忘れないように心に刻んで、二度と彼女達が、悪意の魔手に囚われないように、俺はそっとその場を離れた。
「やっと、一つ」
やることを、やるために、俺は歩き出す。
「冬、これからどこに向かうの?」
「2つ、やることがある。そのためにはまず正確な日付を知りたい。だから、日付をみられるものを…、あれは」
近くの店の中にあるカレンダーの日付をみる!
マジか! クソ! 今日じゃねぇか!
急がないと!
「ふ、冬? 何? そんなに急いで」
「今日は、夏さんと善が醜男と会う最初の日なんだよ! だから!」
「え、えええ!」
俺は急いで公園に向かった! 間に合ってくれ!
そう思い、走り出そうとすると後ろから呼びかけられる。
「真白、こんなところで何してるの?」
後ろから聞き慣れない声がして振り返る。
ああ、そういえばいたな、こんなやつも。復活してるのは当然と言えば当然か。そこにはこの世界のクロイ、もといマシロの実母がいた。
「人違いです」
「は? 何をふざけているの? 私、そういうおふざけ好きじゃないって、知ってるよね?」
「ふざけてませんが…」
「そういう態度がふざけてるっていうのよ! お母さんをあまり怒らせないで!」
「シランガナ。お前が勝手にキレ散らかしてるだけだし…」
「こんなところで油を売って…、お勉強はどうしたの? お母さんにそんなに恥をかかせたいの?」
「悪いけど、今あんたに構ってる暇ないんだ」
「…なんですって! お母さんに対して、なんて口の利き方するの!」
キッと眼を吊り上げる。
『ちょ、ちょっと!冬!?』
「私はあなたのためを思って言ってるのよ? それを、あんた? かまってる暇はない? 何様のつもり!」
はぁ、うんざり…。
「うるせぇよババア」
「なん、ですって…?」
「恥ずかしいのはお前自身の問題だ。興味ねぇ。恥をかきたくなければ自分を磨け。俺はお前の装飾品ではない」
「なっ!なっ!なっ! なんてことを! 親に対してなんて口を聞くの!」
「親なんて思ってねぇよ」
「!!! あなたなんて…産むんじゃなかったわ!」
「おお、光栄だね。ならいっそこのまま親子の縁も切ってくれ。いやぁ、くだらねぇ縁が切れてむしろせいせいしたよ」
もとからねぇけどな。
「なんですって!」
「それじゃ」
「まちなさい! 学園はどうするつもり!」
「さぁ? 退学でいいんじゃない?」
「そんなことできますか! そんな、みっともない」
「お前の意見なんて聞いてねぇよ。俺が行く気ないんだから、行くわけないだろ」
「そんな態度で、どうやって立派な大人になるの! どうやってお金を稼ぐつもり! ヤクザにでもなるつもり? お母さん、許しませんよ!」
「ご心配どうも。そこは気にしなくていいよ。食い扶持は自分で稼ぐ。あんたもコブ付きじゃなくなったんだ。新しく男でも探せ。まぁ、あんたみたいなのに捕まる男がかわいそうだけどな」
ギリギリと顔を赤くする女。今にも茹で上がり噴火しそうだ。
「あ〜、あと、今後俺を町で見かけても話しかけるな。お前に構ってるほど暇じゃない。俺は忙しいんだ。無駄な時間を使わせるな」
そう言って俺はその場をあとにする。バカの相手などしてる暇はない。
後ろから人とは思えない金切り声が上げ、追いかけてくるが、冬の心には波風一つ立たなかった。
『冬…、君って…、はぁ』
「なんだそのため息は」
『お母さんは大切にしなさい!』
「うるせぇマザコンが」
『カカカッ!』
歯を鳴らすかのように威嚇する冬真。どうやら怒ったらしい。
はぁ、うるさ。世の中マザコンが多くて困るねほんと。
俺は無駄な時間を使ったことを悔い、走る速度を上げる。少しずつ、身体の調子も戻ってきた。
◇
怖い夢をみた、気がする。
内容は覚えていないのに、すごく怖い夢。みんないなくなって、私だけが残る。死んでしまいたい、そんな時に現れて、私を助けてれた。そんな人が、いたような気がする、そんな、夢を。
「う〜ん、変な夢」
「なっちゃ〜ん、朝よ〜、起きて〜」
下からお母さんの声が聞こえる。優しく柔和な声が心地よく響く。
「うん! 今行く〜!」
寝ぼけ眼をこすって、私は身体を起こし、階下に向かう。
今日は善ちゃんと公園で待ち合わせをしてるんだ。支度をしたら向かわないと、そう考えてベッドから降りた。
今日も、いい一日になりますように。善神アフに感謝を捧げて、お母さんのおはようをいい、朝食を食べて、出掛ける準備をし、私は家を出た。
「う〜ん! いい天気」
今日もお日様が優しく私達を照らしてくれている。
最近は町の人々が分裂を始めて諍いが絶えなくなった、あまりいいニュースを聞かない。それでもこうして平和な日常を送れるのは、隣境付近で警備をしてくれている人達がいるから。
戦争…ならないといいな。みんな明るく振る舞っているけど、どことなく憂えているのがわかる。
善神アフがこの地に降り立ち、もう結構経つらしい。私が小さな頃から町にいて、よく遊ぶのであまり偉い人だって印象はない。アフの存在を快く思わない人達が増え始めてる。それが、私は嫌だった。
嫌いなら、関わらなければいいだけなのに。嫌がらせをしてまで、突っかかってくるのは関心の裏返しだと思う。アフを利用したいのだろう。
それでも今日はえらい人達が集まって、相手方とお話をするんだそう。なので反対側の町の人達がこの町に来ている。私達は邪魔にならないように、反対側で遊んでなさいと言われていた。
「おっせぇよ!夏!」
声が聞こえた。いつも聞いている幼馴染の男の子。黒いツンツンとした髪が特徴的。元気で、みんなの中心にいて、でもホントはちょっと臆病な、どこにでもいる男の子だった。
まだ、公園までは少しある。
「善ちゃん! 迎えに来てくれたの! やっさしぃ〜んだ!」
ぽかりと頭をはたかれた。
「いったぁ〜い! なんで叩くの?」
善ちゃんはいつも暴力的だ。怒る場面でなくても、恥ずかしがると人を叩く癖がある。良くないと思う。
「うるせぇ! うるせぇやつの刑だ、バカたれ!」
「もう! そんなんじゃ、女の子にモテないんだから!」
「へっ! 女なんてやかましいやつに好かれたくないね! 俺は女が嫌いなんだ! 母ちゃんも妹も、うるさくて仕方ねぇや!」
そう言って小石を蹴飛ばした。
もう、いつもそうやって強がっていろんな人と喧嘩するんだから。
そうこうしてる間に公園に着いた。けれどいつもと違い、公園では剣呑な空気が漂っていた。
そう、私たちの、運命の日が知れず近づいていた。




