転落
身体が明滅する。影も薄くなっている。
かなりの存在エネルギーを消耗した。
いくら空器や第四永久機関があるとはいえ、回復よりも消耗が激しければロストする。
これ以上の戦闘は命取りになるだろう。
心臓が跳ね、血が冷たく流れる。だが、俺には止まる時間はない。
赤錆と青鉛が残っているが、まぁアイツラ程度の戦力なら傷を負うことなんて万に一つもない。先に…
ノインツェンの拘束と二機の回収を行おうと近づこうとした直後、冬はその場をバク宙で後ろに飛ぶ。
空を割るように、幾何学模様の金色光柱がノインツェンに落ちる。
ノインツェンの声が歪む。
「……もう、来た、か… 空想世界にすら介入できるとは」
忌々しそうに空を睨む。
「相変わらず、だな…」
「“観ているだけ”の連中が」
光が強まる。ノインツェンが宙に浮く。
「こういう時だけ、手を出すのだから」
ノインツェンは天を見上げて吠える。
「待て!」
無駄とわかりつつも冬は静止しようとする。
「冬、時間がないので手短に言う。この子たちの名前には意味がある。その名は、地球の“傷跡”だ。それを追え。知りたくば宙に上がるのだ。このままではお前は真の意味で自由になれない。外からの侵略に耐えられない。本当に守りたいのならば、攻めなければならない時もある。中途半端は、嫌いなのだろう? なら己に纏わりつく全てを破壊してみせろ。宙で、また会おう」
金色の光が収束する。
ノインツェンの姿が消える。
静寂。
冬は拳を握る。
「……宙、だと?」
謎の金色の光は通常の光とは異なっていた。かなり複雑な構造をしていた。上を見あげるが、それの痕跡はもうなかった。
「一体、何が起こってんだよ、この宇宙は」
ご丁寧に二機の方も持ってかれた…
どうやら解析すらさせるつもりがないらしいな。
逆に言えばそれだけ重要なファクターがあったとも言える。
意識を切り替える。今できることからやる。
赤錆と青鉛をみる。
面倒な残業だが、残しておいても厄介だ。
ここで始末をつける。
今後、なんて与えない。
こんなことが起こらない様に徹底的にやる。
かつてと同じだ。
拳を握り、敵を見据える。
しかし冬の歩みは途中で止まる。
「…界顕体か。随分、やってくれたな。俺に面通しもせず今頃言い訳しに来たか?」
「…」
言葉は発しなくとも俺にはわかる。
「春や、ディラフト達を中に入れたのもお前だな」
外に完全に出ることはできないはずだ。だが、この世界の空想の根元である春や、アバターの近くにいるディラフトだから干渉できたと言えるだろう。正直こいつが敵に回ると非常に厄介だ。
「この世界は閉じる。お前を外には出さない。まったく、余計なもんを学習したな」
アヴェスターゲームなど、子供の知育に絶対良くないものを学んでる。どういう成長をするか、未知数だが、確実に良くないものになる。
「本来なら段階を踏んで、俺がちゃんと教育するつもりだったが、こんな世界じゃな。お前は一度リセットする」
ぶるりと、震える。
まるで親に叱られた子供のように。
「余計な真似はするな」
だが、世界が揺らぐ。
「やめろ!」
俺の静止は届かない。
空が、割れる。ジリジリとノイズが走り、そこから宇宙船が描出する!
「おいおい… あれは、トナティウ!」
緋色の軌跡に出てくる宇宙船をこちらの世界に持ってくるつもりか!
「やめろ! 世界観が違うものを無理矢理持ってくるな! すり合わせもせずにそんなことをすれば、定義不成立でぶっ壊れるぞ!」
しかし界顕体は止まらない。
冬が止めようと近づくと、地面が盛り上がる。
冬はとっさにその場を離れる。
地面から塔が出てくる。
界顕体はその塔の頂上に鎮座したまま登っていく。
クソ、引きこもるつもりか!
その時、悲鳴が上がる。
そこには青白く発光する狼のような獣がいた。
あれは、罪獣か!
あの野郎! 手当たり次第に顕現を始めてる。
早くなんとかしないと、大変なことになる!
さらに別の悲鳴が上がった。
今度はなんだ!
振り返るとそこには、
「なん、だ…ありゃ」
そこには膨れ上がった肉の塊があった。
「た、た、た、たしゅけ、て…」
あれは、赤錆都市のいけ好かないヒゲデブか?
肉の塊がどんどん風船みたいに膨れ上がり、ボコボコと肉が内から弾ける。
触れたものは地面も建物も侵食しながら、肉塊に変えていっている。
この無駄な意味不明さと悪質さ。
ロハネの汚物を持ち込みやがったな!
クソ野郎どもが!
「僕を、無視、してんじゃ、ねぇ〜よ!」
上から白い影、クロイが振ってくる。
歯を噛み締め、こちらを睨む。
次から次へと、町に、混沌がやってくる。
アニマ達が駆けつける。
冬は号令を出す。
「焼き払え! 決して直接触れるな! 燃えカスすらいまともに吸い込まな! 何があるか分からん、やれ!」
号令とともに火炎放射器を用いて肉塊を焼く。
「ぎゃあああああ!!! や、や、やめて、くれぇ〜!!!」
その悲鳴にアニマ達の動きが鈍る。
「怯むな! 続けろ! それを放置はできない!」
「僕を、みろ!」
クロイが襲い掛ってくる。
だが、クロイは一瞬で空転する。
いつの間にか地面に手をついている。
足を払われたのか、投げ飛ばされたのか、何をされたのかさえ、クロイにはわからなかった。
首に黒鎌がかけられており、冬の足が後頭部を踏みつけている。足を踏み抜けばクロイの首は容易く落ちるだろう。
「ちっくしょ…!」
「死ね」
ビクリと震えるクロイ。その声音には一切の情け容赦が見られなかった。次に訪れる自身の死を当たり前の事象のようにさえ感じるほどに。
しかしその瞬間、ジリリっとノイズが走る。
ちっ、虚無の力をこの弱った存在強度で使えば一気に飲み込まれる。これ以上は無理か。
冬は黒鎌を消してクロイの頭を思い切り踏み抜き、地面に顔面をめり込ませ、気絶させる。
「あとで殺してやる。おとなしくそこで埋まってろ」
罪獣にブランクバレットを撃ち込み、スタンさせて肉塊のほうへ蹴り飛ばす。
罪獣すら取り込んで肉塊に変える。
「とんでもねぇな、オーパーツの理不尽さってのは」
ズドンッ!
光の柱が肉塊を貫き、焼き始める。
悲鳴が上がる。
「なんなのです、あれは…?」
晃が帰還した。多少の怪我はしてるが、問題なくピンピンしてる。まぁ、負けるとは思ってなかったが、とにかく助かる。今は猫の手も借りたい気分だ。
時間もない、手短に。
「ヤバいなんか」
「ヤバい、ですか…」
ヒカルが冬の言葉遣いに呆れる。
「ああ、直接触れずに、町から引き離す… クソっ」
空に浮いている船、トナティウが攻撃準備を始める。
「日輪が来る!」
ふざけんな、対惑星兵器を町中で撃たれたらまずい。
冬は手を空に掲げ、
「コードを実行する。テーマ:透ける世界。日輪…! 顕召!!!!」
刻紋を起動する。
空に打ち上がる、3つの疑似太陽。
空の歪みが裂け、光が空間を引き裂く。
日輪はストック型の使い捨て。エネルギー補充したものを撃ち出すだけだから今の状態でも使える。しかし…!
敵側の日輪の光線をピンポイントで狙って撃ち落とす。
ただ日輪で無造作に撃ち出す敵よりもこちらの精密性と操作性のほうが上回っている。
だが…! 先ほどの戦闘で存在強度を削られすぎた。処理能力と出力が大きく下がってる。このままでは…!
「なるほど、だいたいわかりました」
晃はそう言い、天に手をかざす。
最後の善意の輝きが増し、攻勢に変更される。
「最後の善意、限界突破、日輪凌駕!!!」
日輪を解析して、凌駕した。
圧倒的な光量と出力で艦隊を押し返し、そのまま艦隊も熱線で細切れにする。肉の塊も晃の日輪凌駕によって大きく焼かれる。
「さすが」
「ふん、当然です。光熱系ならなおのこと。町に入り込んだ異物は私が排除します。あなたは大元をどうにかしなさい」
「了解!」
俺は塔に走り込み、そのまま駆け上がる。
足場にはフォースエッジを展開し、力場で吸着。
摩擦や抵抗を自在にコントロールし、空間を蹴るように走る。
◇
「そんな、あれは…! お父様!」
シャルロットは金色の光や突然塔が生え、肉の塊が巨大化、増殖する様をみて、混乱する。
「動かないで!」
「いかせて! お父様が、危ないの!」
「だめよ。あなたに余計なことをされて事態が悪化するのは避けたいの」
「そんな!」
「晃ちゃんが地上に戻った。あとは、時間の問題よ」
そう言った直後に、さらに悲鳴が上がる。
「あれは…!」
肉塊がさらに増殖している!
成長の速度を大幅に上げている。
ナツがそちらに気を取られている間にシャルロットは肉塊のほうへと駆ける。
「待ちなさい!」
ナツもそれを追う。
◇
「まったく、手間をかけさせやがる」
界顕体はいやいやするように後ずさるが冬は構わず前に出る。
振り上げた手を界顕体に向け、そして、
お父様…!
界顕体の声にならない声に冬の指がかすかに震えた。
パシりと弾け、界顕体は小さなキューブ状に変化する。
冬はそれを握りしめ、顔をしかめる。
「ようやく隙を見せたね」
その時、背後から声がする。
冬が振り向き、フォースエッジを振るうがこちらの迎撃をすり抜け、逆にあちらの攻撃だけがこちらを斬り裂いた。
冬は真っ二つになる。
冬真との繋がりを断たれた!?
こちらの存在強度には全く干渉せず、冬真との繋がりだけを絶たれた。
どろりと冬の存在構造が崩れる。
「存在維持!」
斬られる直前に、存在維持を展開することで即死を避ける。
だが、時間の問題だ。
ずっと張り続けることはできない。
「お前、誰だ…!」
目の前には見覚えのない白い男がいる。
だが、そのそばにはナギがいた。
まるで存在を感じなかった。
感知能力まで大幅に下がっているのか。
「な、ぎ」
「冬さん… ごめんなさい、ごめん、なさい」
「これでようやく邪魔者が消えた。麗も、そしてこの世界も、僕がもらう」
聞き捨てならないセリフを耳にし、けれど抗うこともできず、白い男に蹴り飛ばされ、塔から投げ出され、そして肉の塊の下へ落ちる。




