理想の毒/神の玩具
◇誰かの独白
「今日のテスト、何この点数?」
今日返された点数をみて、母はボクに詰問する
これは、なんだと
「ご、ごめんなさっ」
最後まで言葉は紡げなかった
その前に掌が飛んできて、頬を弾かれる
「私は、説明を求めたの 謝罪を聞きたいわけじゃないわ」
母はボクに完璧であれ、常にそう言い続けた 学校での成績はトップでないといけない 習い事も一番でないといけない 仮にトップでも、不備があったら夕食を抜かれることもある
ましてや、点数で誰かに抜かれれば、こうして説明を求められた
「ねぇ なんで? お母さんが悪いの? お母さんのせい?」
まずいと思った
「いえ!決してそのようなことは!」
「じゃあ!なんで! あなたはそうなの! お母さんに恥をかかせてそんなに楽しいの? そんなことがあなたは楽しいんでしょ!」
さらに癇癪が増す前兆
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめっ!!」
また頬を叩かれた 今度はグーで
小さなころは、ずっと謝っている記憶しかない
だかそんな日も終わりが来る
ある日から、母は僕に構わなくなった
僕以外に、自分の居場所ができたから
母は僕を捨てて、新しい人生を始めることにしたらしい
笑顔で笑っている母 見たこともない顔で 母は、自分の腹を、愛おしそうに なで…
僕は母を殺した 相手の男も殺した ●●はもっと殺した! 何度も何度も腹を刺して 母は最後まで自分の腹を守ろうとして、死んだ
それが、それ、そ、それが、僕の 僕の 僕の心 を傷つける、って わかって…やったんだよね?
きっとこのときの僕の目は真っ赤になるほど血走っていただろう あまりにも血が集まりすぎて、血の涙がたれてくるのだから でも心から流れる血はきっと、こんなものよりもずっと濃く強い 限りなく黒に近い、赤
傷をつけることはきっと愛の証しであると ほんの少しでも僕のことを知って、わかって、理解して、やったんだと 僕は信じることにした 信じるしかなかった
そうでなければ僕は 耐えられないから
それから僕は何度かいろんな女性と付き合ったけど、そのみんなに傷を残した 決して消えない傷を
深く深く僕を刻み込んで
そして僕はある日、運命に出会った 僕のナツ(ママ)に
でも、あのみすぼらしい男が僕の邪魔をする
身の程をわきまえてほしかった
座学も、戦闘技術も、大したことないくせに
昔馴染みだと言って付きまとう
ナツもナツだ
あの男になぜか構う イライラする
決戦前夜 ママとあの男が一緒の部屋に入っていく
やめろ やめろやめろやめろやめろ!!!!
また!また、またまたまたまたまたまた!
僕からママを、奪うのか!!!
あの日の映像がフラッシュバックして 2人の姿が重なる
僕のものにならないなら 全て壊れてしまえ…
だから僕はあの日、全ての情報を持ってダエワの元に向かった
あれから どれほどの時間が経ったのか
僕は捕まり、鎖に繋がれた だが それだけでは終わらなかった
アイツ(ヒデオ)はアイツ(善)の姿をして、僕の前でナツを…
体中から溢れる僕の何かがどろりと溢れ出した 僕は自分の指を食いちぎり、鎖を外し、あいつの下へと向かった
あいつを、あいつを、あいつを!!!!
刺して 刺して 刺して 刺して 刺して 刺して!!
刺した!!!!
ぐずぐすのトマトみたいになるまで何度も
僕の後ろから音がして、殴り飛ばされた
振り向くとそこには、僕と瓜二つの誰かが立っていた
わけがわからなかった
僕は何かをわめいた 何を言ったのか、自分でもわかってない
でも そのあと 目の前が暗くなって そして
僕はいつの間にか、町の、聖都の中にいた
なぜここにいるのかもわからずに
何が何かも分からずに
歩き回ると、僕はナツを見つけた ああ、ああ!
僕の女神 だから 僕は彼女に近づこうとして
そこで足を止めた
ナツは僕と話していた 意味が分からなかった
あれは、誰だ… 誰なんだ!!!
かつてないほどの怒りが湧いてきた ナツと仲良さそうに歩いているあの男!
僕の真似事をして ああ! あああああああああ!!!! あああ!あああああああああああ!!!!
あの男(冬)はまるでこの町の救世主のような扱いだった
町中を走り回り、あのクソいまいましいザインクラフトを操りながら
僕よりも理想の僕として振る舞う
僕がそうありたかった 僕がそうあればよかった あいつじゃなく ましてやこいつでもない!!!
僕が!
善が、聖寵も使えないあのグズが! それ一つでナツと一緒に戦っている姿を何度も見て!嫉妬の炎に焼かれた でも、この光景はそんな時のものが嘘だったんじゃないかと思うほど僕の心を焼いた
僕よりも僕を上手く遂行する存在が現れたら どうする? どうすればいい?
決まってる もう、殺すしか、ない…!!!
だから…
殺す 殺す ころす!!!!
知れば知るほどに、殺意は増していった
そしてボクは春(創造主)に行きあった
この世界は造り物で 僕はただの当て馬、ですらない脇役 そういうふうに創られてる、と
この世の神を呪ったこともある 神は僕らを玩具のようにしか思ってない 代替品のように より優れた人類 より自分好みの人間を作るために戦い続けて 戦いが終われば、次の人類に鞍替えする 神には神の都合があり!人には人の都合がある そして僕らは神の玩具
僕らの意思なんて関係なく、自分達の都合で僕らを振り回す 神なんて忌々しいとしか思わなかったが、その神でさえ作り物なのだという
変な笑いが出た
この気持ちは誰にもわからない わかるはずもない
僕は作者の玩具 ただ物語を飾り立てるための、端役 端から僕が努力しようがしなかろうが僕の人生は他人のおもちゃ 僕は不幸になることで笑いをとるために作られた道化だ!!! は、はは、はははは!!
神がいて、救いを求める者達よ、聞け 神は、我々を玩具としか思ってはいない 何をしてもいいと そう考えてる
許さねぇ 許さねぇ ゆるせねぇ!!!
沸々と幾度となく荒れ狂い さらなる燃料を投下してくるこの世界に 災いあれ!!!
すべての者共よ 呪いあれ!!!!
僕を作った奴を殺す
この世界を創った奴を殺す
僕の存在を奪ったあいつを殺す!
ドス黒い殺意を抱いて この世を地獄に落としてやる
◇
冬はナツさんと共に行動してた
件の事があってから冬はナツさんの身辺警護を行なっていた 敵はナツさんを狙っている 目を離すわけにはいかなかった もう失うものを増やしたくはない
「冬真くんと、まだ仲直りできないの?」
「あいつが謝ってこないかぎり、永遠にね」
自分に非があるなら謝る
ただし、今回の件に関しては違う
謝罪は、誠意の形であるべきだ
気持ちもなく、ただ口先で謝ることは誠意を踏みにじるだけだ
俺は、なぁなぁの馴れ合いには付き合わない
もっとも、俺とあいつは文字通りの一心同体だ
嫌なことがあっても離れられない
しかし今は口をきかず、背中合わせで、互いに別の方向を意図的に見ている
見えているのに見えないふりをする俺たちのこの姿は、外から見えるなら滑稽かもしれない
「はぁ 困った人達……」
ナツさんは悩ましそうにそう呟き、けれどどこか諦めにも似た微笑みを浮かべている
ナツは小さく息を吐き、冬の背中を見つめる
――本当は支えたい
――どうにかしてあげたい
でも今の冬を変えられる気はしない
理屈で固めたその姿勢は、簡単には揺らがない
無理に間を取り持とうとしても、拗らせるだけなのは目に見えていた
お互い言い過ぎたと思いつつも、引っ込みがつかないのだろう
特に今回冬は間違えたわけではない 冬真君が感情的に言い過ぎて、冬もまた引っ込みがつかなくなってしまった結果だ
だからといって冬真君に謝れとは言えなかった
彼もまたたくさんのものを喪ってしまったのだ
気持ちが高ぶるのは理解できてしまう
どちらかを、一方的に悪者にして解決する問題にはしたくない
しかし、だからこそ、二人ともうまく歩調を合わせられないでいた
それを理解しているだけに、そばにいることしかできない自分が、少しだけ情けなく思えた
――でも、それでも
――私はここにいる
冬は私が折れそうになった時に私を見捨てずにそばにいた
君がどうしたいのかが大事だと
もし自分で自分のことを選択することすらもしんどいならそれを俺が支えると、そう言ってくれたように
ナツは今度は私の番だ そう決め、背中越しの冬にそっと意識を向ける
「い〜ぃいご身分だねぇ〜」
背後から声がかかる その声には苛立ちと挑発が混ざっていた
振り返る そこには今の自分と瓜二つの顔をした 真っ白な男が憤怒の表情を浮かべて立っていた
「マシロ…!」
ナツさんがクロイを本名で呼ぶ その表情は強い怒りとともに、警戒心を抱いている、怒りに狂って襲いかかることもなかった いつでも戦えるように臨戦態勢を整えている
「うれしい〜よぉ ナツゥ〜♪ ボクのこと、ちゃんとそう呼んでくれるなんて」
クロイはナツに熱い視線を送る その視線があまりにも場違いなので俺は不快になった
自分がナツさんに、そして彼女の恋人であるゼンに何をしたのか、忘れたのだろうか? ムカつくな
「ようやくのおでましか ずいぶん待たせるじゃないか モンパチ君」
俺は挑発することにした
「ニセモンはてめぇだろうが!」
憤怒の表情を浮かべてこちらをみる
「我が物顔でこの町の英雄気取り? 人の体奪っといて恥ずかしくなわけ? なぁ!?」
クロイが挑発してくる 表情こそ嘲笑っているようだが、その瞳にはどす黒いまでの憎しみが煮えたぎっていた
「ボクの顔で! ボクの身体で! ずいぶん好き放題しやがってさぁ 何様のつもり?」
クロイは罵倒を浴びせてくる
「……」
「なんか、言えよ!」
「マシロ… あなたは… 冬…? 冬!?」
冬はおもむろに膝を地面につけて そして…
頭を下げた 額を地面に深々と押しつけて
「…なにやってんの?」
クロイは意味不明なものを見てるように声は無機質になっていた
「すまなかった」
クロイとあったらまず最初にすることは決めていた
クロイはブチ切れそうになった
「ふざけっ!」
だが言葉は最後まで言えなかった
「ほんとならもっとちゃんとした状況でこうしたかったんだけど こういう状況だからさ これが精一杯 今は… もう… 君を見逃すことはできない この町へ攻撃、再三に渡るナツさんへの暴挙、君は殺さないといけない 君の存在を奪ってしまったこと 君を殺さないといけないこと それら全てを含めて、謝るよ すまない そして今から君を、殺します」
本来なら復讐の権利はナツさんにあるだろう
だがこいつは地雷を踏みすぎた もう、無理だ
冬から吹き出す殺意にクロイは全身から汗が噴き出た
ナツさんも臨戦態勢へと移行する
だがクロイも引かない 引けない
あれだけ入念に準備しても冬は殺せなかった
結局のところ、あいつの言った器が違う
その言葉が脳裏を侵食し、歯を噛み締める
ナツを見る
ナツの冬を見るあの目 あれは あれが!
ボクが欲しかったもの!
ボクの望んだものをボクの顔したヤツが奪っていく!
ボクがどれだけ恋焦がれても! ボクがどれだけ追い求めても! 応えてくれなかったのに…!
相手のケタ外れの殺意も
己の中にあるドス黒い欲望がその圧を押し返す
「ナツ… わかってるぅ? そいつは、もしかしたらゼンを、殺した男かも、しれないんだぜ?」
クロイはナツを揺さぶるつもりでそうこぼした
殺ったのは紛れもなくクロイの方だが
実際にあの場に俺がいたのも事実だ
「アカ・マナフの力で記憶も戻ってるはずだ あの場に、こいつはいた そうだろう?」
そう言って憎しみの瞳で俺をみるクロイ
自分がやってないことを、証明できるものならしてみろと言わんばかりだ だから
「わかってるさ こういうことも想定はできた だから、その準備はしてたつもりだ」
俺はそう言って自分の胸に手を当て、そしてあるものを取り出した 光り輝くそれを持ち、俺はナツさんのほうへと向き直る
「これは、俺の在核だ 俺の存在証明書と言ってもいい 正確には冬真の分も混じっているが、あいつにはあとで事後承諾するからいい」
こいつは俺にとっても危険な行為だ 自分の、文字通り全てをさらけ出すようなもの どんな人生を歩んできたのか 何を考えているのか あるいはもっとずっと深い、その人物のもつ存在の設計図そのものの情報
こいつを掌握されるということは相手に完全に全てを把握されるようなもの
在核はいかな方法でも偽れない
在核の情報は唯一で、複製は不可能
ザインによる存在情報の書き換えはあくまで表層の、そして現在の情報だけ
過去の履歴を見れないようにロックをかけることはできても、なかったことにしたり、書き換えたりはできない
書き換えた情報は現在の情報として積層するだけだ
当然親しい間柄でも見せていいものではない
だが俺も、覚悟を決めた
冬真の方の情報は伏せさせて貰うが俺の情報は全て見せても構わない
その時
ぺちん
小さく、かわいた音が頬を叩いた
決して痛いほどのものではない
本当に、触るほど些細な
けれど確かな怒りと叱責を込められて
「そんなもの、なくても今さらあなたを疑ったりしないわ」
「私は、あなたを信じてる」
冬は目を見開いた 想定していない言葉だったから
思考が一瞬止まった
「ずっとあなたをみてきた どんな危機的状況でも私達の意思を尊重してくれた あなたが、悪意で私達に関わっていたのならもっと簡単に掌握できた 全部なんて知らなくても、それくらいわかる 私達はあなたが考えてる以上に、あなたを信じてる」
「あなたは上からではなく、隣で私達と共にあってくれた 支えてくれた それだけで、充分よ」
「ナツ、さん…」
俺は何を言っていいのか、迷ってしまった
物証もなく信頼される関係、ということが俺にはまだ、わからなかったから
ブチリと 本当に音がしたかのようにクロイはキレた
「ああ、ああ、いいよ、そういうの マジいらない!」
仲をかき乱してやるつもりが、いい感じだしてんじゃねえよ!
ああ、あああ!!
頭をガリガリとかき乱す
クロイの頭の中はグチャグチャで けれどその想いは一つの感情に集約された
「ナツ! ナツ! 君は、ホントに股の緩いオンナだな! コイツはボクの存在を奪ったんだ! ボクの顔で君に近づいたんだ! そのことを! なんにも! 思わないのかよ!」
狂騒のようにいかり狂うクロイ
「見た目が同じでも、中身はまるで違うわ」
「彼はずっと私達を見てくれた 私達のそばに寄り添おうとしてくれた」
「そんなもん! 邪な気持ちがあったに決まってんだろ! 分かれよ! そんくらい! 頭の悪い女だな!」
「あなたは哀れよ… 自分、自分、自分、って 自分のことをみてもらうことばかり 自分のことで手一杯の人だった 同情はするわ でも、相手の気持ちなんてどうでもいい 自分がどう思うのか、自分がどうしたいのかだけ それで他者と分かりあうのは、無理よ」
私も、自分のことで手一杯だった それを、ゼンちゃんや、彼に、支えてもらった
だから まだ 生きていける
「は、はぁ? 何つった? 今、何つった!」
「彼は口は悪いし、性格だっていいタイプじゃない」
おい…
「でも… あなたと違って、最後まで投げ出さなかったわ もういいやって全部投げ出して、逃げ出したりしなかった それが、あなたと彼の、最大の違いよ 顔の善し悪しとか、能力の高い低いは関係ないわ 何より問題をすげ替えないで あなたはゼンちゃんを殺した あなたを許さない理由は、充分よ」
「ああ… ああ! そうかよ そうですか! そりゃ〜すごいですね!!」
自分と同じ顔をして、自分よりも理想の自分をうまく演じれる奴がいたら どうする?
もう、殺すしか ないだろう?
「…ぶっ殺してやる!」
クロイは再び決意する
こいつだけは赦さない こいつだけは絶対殺す 例えボクがボクでなくなったとしてもお前だけはこの世から完全に消してやる
これは、真白/マシロという存在をかけた戦いだ
しかしその時 声がかかる
「お取り込み中、すまないね」
ディラフトシュラッケン その男が立っていた




