萌美
「んぐぎぃいいいいいい〜!!!!」
モエミは奇声を上げながらヒカルに吹き飛ばされている
彼女の拳が突き刺さる
圧倒的すぎて、勝負にすらなっていない
ヒカルの光を纏った攻撃は当たっている
何が奴には通って、何が通らないのか?
彼女の聖寵の力か?
「いったぁ〜い!! あんた、先に手を出したらいけないんじゃなかったわけ? いいの? こんなことして!!」
そう言う割にはダメージ自体はなさそうだ ヒカルの攻撃を受けてここまで耐えるなんて、想像以上だ
だが純粋な硬さではない
別の法則が働いているのか?
「緊急特例条項をお知りにならないのですか? わたくしはこの聖都の守護者 この町への攻撃が明確に確認された場合、反撃は許されるのです」
町への攻撃はすなわちヒカルへの攻撃と同義
この縛りは本来自分の都合で聖寵を私的利用することを防ぐための枷
ただし、その脅威度認定には距離も含まれる
町への攻撃意思と自分への攻撃意思が一定以上の脅威度で確認された場合、自分への攻撃の優先度を上げないといけない
これのせいで最後の善意を打ち上げる瞬間、町から離れた時を敵に突かれる羽目になった
「知りませ〜ん そんなこと、生きるうえで必要ないしぃ〜」
クスッ
「だから、おモテにならないのではありませんか?」
ブスリ 音がするかと思った
綺麗な笑顔の毒をこぼす
さらっと毒吐くよなと冬は思った
「私はモテるわよ!」
「妄想がお上手なのですね」
「モテるもん 私、モテるもん!!」
子供の駄々のようだ
ああ、きもちわるいと俺は思いました まる
「男女の逢瀬を邪魔するやつは馬に蹴られて死ぬのよ?」
デートじゃねぇよ…
「男女の逢瀬について語れるほどのご経験があるようには見えませんが…」
ヒカルはモエミの見た目を採点するように上から下へと視線を向ける
「明らかにナツを意識したかのような見た目 けれど中身がそれに伴っておりません そこからわかるのは上っ面さえ取り繕えば相手は納得するという薄っぺらく、浅はかで、歪んだ自己解釈が見え隠れしてますね」
顔真っ赤なモエミ 歯砕けそう
「もっとも、その程度でかまってもらえる相手しか想定していないのでしょうけれど」
カッチーン
「ああ、今のでたいへん傷ついちゃった 傷つきました! わたし! もう許さないから 絶対に、もう怒ったから!」
「構いませんよ? あなたが許そうが許さなかろうが結果はかわりませんので」
余裕の笑みだ
「申し訳ありませんが、わたくしのほうが彼と先約済みなのです 後日日を改めためてください」
丁寧なようでいて、決定事項を一方的にヒカルは告げる
謝罪ではない これではただの通告だ
それが相手を本気で怒らせる
「……割り込み、してんじゃないわよ! あんた何様なわけ!」
モエミの顔がみるみる歪み、目を見開いて怒りに震えている
顔がすごいことになっていた
「普段から自分の都合で割り込んでそうなお顔をしていらっしゃるのに、贅沢を言ってはいけませんよ?」
意外そうな顔をするヒカル
え?あなたが言うのですか?って顔
まぁ、と言わんばかりにわざとらしくお口を両手で塞ぐ
でも俺は全くだな、と思った
本質を見抜いてる
「あたしはいいの! かわいいから許されるの!」
いうと思った……
「ならわたくしはもっと許されますでしょう?」
何恥じることなく言い切るヒカル
「いいですか? そもそも可愛いかどうかは主観の問題です かわいいかよりも、かわいく見える
これが大事なのですよ? お勉強になりましたね」
ヒクヒクしだすモエミ
ちょっとウケる
気を取り直して解析を続ける
フォースエッジがすり抜けた直後を思い出す
——違う
斬撃が“外れた”んじゃない。
世界が、あいつをそこに置いていない
視覚情報はあるように見える 触覚もあるように見える
だが、斬撃が届くべき「存在座標」が、どこにも噛み合わない つまり別の領域だ 人の五感では捉えきれない領域というものは存在する その感覚域を持っていなければ対応するのは難しい
だめだな やはりこいつの存在構造は俺には見えない
俺の知覚域では捉えきれない
ならば、どうするか?
形のないものに形を与える
ザインクラフトの十八番ってやつを思いしらせてやるよ
誘魂香を焚く
「鉄扇花:神楽」
無頼の刻紋が蠢き、鉄扇の形へと変わる
『ヒカル 時間を稼いでくれ』
冬は刻紋:和(Rings)を使って思念でモエミに聞こえないように会話をする
『わたくしだけで充分、と言いたいところですが、お手並み拝見といきましょう わたくしに無駄手を打たせないでくださいね』
『ああ』
ヒカルが突っ込んでくるモエミを正面から殴り飛ばす
さぁ、神楽を、始めよう
俺は舞を踊り始めた
するとその場にはほのかな匂いがたちこみ始めた
踊りながら、場を整えていく それが完了したらヒカルに合図を送りながら敵を誘導してもらい、俺等は移動を開始する
相手の存在がどこにあるか分からないなら、こちらに知覚できる領域へと降りてきてもらう
嗅覚情報領域に手繰り寄せる 人の無意識に引き寄せられるそいつ特有の好む匂いを あいつは業腹だが、俺の匂い(存在)を好むらしいからな
擬似的にこちらで用意した網に掛け、カタチを与える
モエミがピクリと反応する
無意識レベルだ 誘導する
モエミは俺を追ってくる
ついてこい
モエミは糸を吐いてこちらを捕らえようとしてくる
それをかわしながら町を走り回る
匂いにつられて蜘蛛は辿る
俺は神楽をモエミに向けて振り払う そうすると風?、のようなものがそよぎ、モエミを直撃する
最初はほのかな風程度 しかし場が整い始めるとどんどんその威力は増していった
モエミもさすがに何か妙なことが起きていると感じ始めた
しかしこちらに近づこうとしてもヒカルに吹き飛ばされる
誘魂香は武器とは異なる こういう人の知覚できない相手用の罠網だ
だがこんな使い方もできる
「焦げ臭くないかい?」
「…は?」
モエミは怪訝な顔をするが
そう言われると、確かに焦げ臭い匂いがする
モエミはすぐに顔を歪ませた
自分の衣服が燃えていることに気付いたから いつの間に攻撃されたのか 疑問に思う間もなく、服を脱ごうとするが全身を覆う
モエミの悲鳴が上がる
ゴロゴロと地面を転がる
肉の焼ける匂い 肺が焼ける匂い 眼球が焼ける匂い
それらが一斉に襲いかかり、モエミは喘いだ
「え?」
火はいつの間にか消えていて、でも焼けたような匂いと確かな火傷の跡が残っていた
振り返ると冬が消えている
すると後ろから冬の匂いがしてさらに振り返る 角を曲がるように消えた冬をみた気がして追いかける
角を曲がると顔に何かが降りかかった 液体だ
じゅうっと音がして顔がただれ始める
モエミは発狂する
壁を壊しながら顔を擦り付けて取ろうとする
すると先ほどまで壁だったものがヤスリに変わっていた
痛みで絶叫する
「もう終わりにするか?」
「ま、し、ろぉ〜くぅ〜ん!!!」
モエミはただれた顔で冬を見つけて飛びかかるが、すり抜けてしまう
幻影?
そう思うのもつかの間
後ろにも上にも冬が立っている
そして、周りの景色が一変した 昼間の町は突然夕刻に変わっていたのだ というよりもここはどこだ というよりもこの匂いは? 嗅いだことなんてないのに、懐かしい匂い
「場が整った」
モエミは自分達が最初の場所に戻ってきていたことにようやく気づいた
円を描くように場を整え、そしていま
「今度は、当てる」
冬は鉄線花:神楽を構える 神楽を振るうとモエミの周りに花弁が舞う 何の花か分からないのに、香り立つ匂いはこちらを掴んで離さない
「なに? これなんなの!」
モエミが慌てふためく 何が自分に起こっているのか分からないのだろう
体がどんどん重くなっていき、身動き取れず、溺れるように自壊する
唯一わかるのは、目まぐるしく匂いが変わっていること
「チェックメイト」
冬は指を鳴らす
花弁が燃え盛り、モエミを包み込み、飲まれる
最後に冬はフォースエッジを振り払う
すると先ほどまで全く当たらなかったはずのフォースエッジがモエミを捕らえた!
本来フォースエッジが触れられる存在ではないだろう だから触れられたと錯覚してもらう土俵に降りてきてもらった
錯覚でいい
彼女の中に「当たった」と本気で思い込ませられる領域に、無理やり引きずり下ろしただけだ
匂いは意識に染み込む
物理的な実態が薄いやつほどイメージから来る印象は認知に大きくフィードバックされる
肉体が物質界に存在してるやつは情報を精査してまやかしだと気づけるがこいつは今それができない
やらないのか、できないのかはわからないが
モエミの顔がひび割れ、向こう側が覗く
そこには虚空があった
ナギと同じ
「クスッ クスクスッ すご~い これでも攻撃当てられちゃうんだ〜 油断しちゃった☆」
モエミは笑い出す
致命傷のように見えるが、余裕さを感じさせる
冬は刻紋【真実の観手】を発動し、思考を読もうとするが
ちっ だめだな 見えない 弾かれてる感じじゃない
少なくとも真実の観手にとってもこいつは人の精神構造としてカウントされてないのだろう
「お前には聞きたい事がある ナギは、お前は、何者なんだ?」
「まだ教えてあ〜げぶぎゅッ!!」
モエミにとどめを刺す
「あっそ ならいいや」
どうせ答えないのはわかってた 聞いてみただけだ
モエミは、薄くなり消えていくが、最後の最後まで不気味に笑い続けた
「クスクスッ……キャハハッ!……」
そして
「また、会いに来るから♡」
モエミの体が青い粒子のように世界へと溶けるように薄くチリチリと散って消えていき、笑い声だけが風に引きずられる
そう言って消失した
本当に、不気味だった
互いに干渉するには、領域(情報のテーブル)のどこかに己の存在情報を置かなければ世界に存在が成立し得ない モエミも誘魂香を使わずともどこかの領域にはいたはず
しかし…
観測防御とも微妙に感触が異なる
あれはこの世界に存在してるものが元からある世界との繋がりを切ることで成立する モエミのものは未知の存在 とどめを刺した感覚がない 本体ではないか、もしくは……
最後の最後までその存在の中身、在核が一切見えなかった 俺がやったのはこの世界で存在を成立させるための領域に招き寄せて自分から退去してもらったようなもの
反存在も乗せたが、いまいちしっくりこなかった 虚無なら無結晶を生成して消失する
だが、モエミはそれがない
あれは本当にこの世の存在なのか? 虚無とも異なる何かを感じた
頭をふる いま考えても仕方ない いまは……
そう考えた時に冬真を観る
「冬真?」
冬真がいなくなっている……
攫われたとかじゃない あいつの存在は今も感じてる
あいつ、逃げやがったな




