神の家
この世界には教会がない。
神様があまりにも身近にいたから。
でも、神様の住む家は存在する。
そして、今その家を管理しているのがハルナさんだった。
「お疲れ様、ハルナさん。調子はどうですか?」
「冬さん、お疲れ様です」
あまり歓迎されていないのはわかっているけど、様子は見守っておかないといけない。
彼女は春に対しての切り札――つまり人質だ。
「春は、どうでしたか?」
「いつも通りでしたよ。へらへら笑って、人を小馬鹿にしてくる」
「あまり暴力は振るわないでください」
「アハハハ、それは無理じゃない? すぐ手が出る奴と、口の悪い奴が同じ場所にいて、何も起きないわけがないよ」
乾いた笑みと、あきれたような声で答える。春と俺は水と油だ。決して相いれないと思う。
善と悪でもなければ、正と負でもない。
同族嫌悪とも違う。
少し似ていて、でも致命的に違う部分がある。
ハルナは得も言われぬ顔をする。
「冬さんは、暴力が好きですか?」
「いやな質問をするね。好きか嫌いかで言われれば、好きとしか答えられないよ」
少なくとも嫌いと答えられる人間でない。
暴力が全てを解決するわけじゃないが、対話でだって、お金でだって、全ては解決しない。
最終的に俺を救ってくれたのは、いつだって暴力だった。言葉では自分の身を守れなかった。暴力を信奉しているともいえる。
神様よりは、俺にとってずっと身近だ。
もっとも、神様を大事にしている人にそんな無神経なことは言えないけれど。
「……私をこうして生かしているのは、春のことがあるからですか?」
「もともと、あなたのことは恨んでいませんよ。殺す理由もありません」
下手に拘束はしない。こうして自由にさせているのがその証拠だ。もっとも、この町から外には出られないのだから、脅迫しているも同然だろうが。
「ですが、この町はずっと苦境の中にいます。私を生かすということ、それは……」
「あなたも死にたいわけではないでしょう。あなたがケガをした人の治療をしているのも知っています。決して働いていないわけではない。こういうと嫌な気持ちになるでしょうが、あなたは戦力としても必要な存在ですよ」
「ほんとに嫌な人。そんなふうに言われてしまうと、私は結局、今の状況を投げ出せませんから」
「嫌なら答えなくても構いませんが、春とはどういう関係なんですか?」
「……私も、よくわかりません。あの人は最初、この神様の家の前で倒れていました。私を見て、ひどく動揺していたように見えた。それからも、彼はどこか虚ろで錯乱もしていたんです。『ここは、私の世界じゃない』って。」
「錯乱ね。確かにアイツはイカれてる」
「もう!ちゃかさないでください!」
「ごめんよ。続けて」
「その後は私も心配になって、しばらくお世話をしていました。
ただ、守られていたのは私のほうですね。暴徒が出ると、彼が私を助けてくれました。
でも、ある時期から一人でうろうろと町を徘徊するようになったのです。なにかを試しているようにも見えました」
「試していた、ね」
自分の創った世界に入るのは、あいつにはさぞ罰ゲームだったろう。何しろこんな世界の創造主だ。心中を察することはできないが、良い気分ではなかったはずだ。
何ができて、何ができないのか。探っていたのかもしれない。つまるところ、創作はどこまで反映されるのか?と。
「そしてある日、彼は『神の遺骸』というものを持ってきました。そして、それを私に使うように言ってきたのです。迷いました。ですが、この町の状況がそれを許してはくれませんでした。彼はその後もいろいろ試しているようでしたが、ある日、地下に目をつけました。
いつの間にかできていた地下の存在。言われるまで気づきませんでした。迷路のような作りに、我々よりも進んだ技術で作られた地下水道。彼はこちらの制止も聞かずに突き進みました。私もついていきました。
ヒジリさん達とは、その時に出会ったんです。
ヒジリさん達も、この謎の地下を調べているところだったようです。
お互いに協力して、地下を探索することになりました。春の持つ不思議な道具によって導かれ、大きな広場に出ていろいろ調べました。そこにあったのは、我々の見知らぬ技術で作られた物の数々でした。入れない部屋もあって、しばらくここで張ると言い出したのです。そこに、あなたがたが来ました」
「そりゃさぞ驚いたろうね」
その場面で俺を見つけたとなると、この世界の住人からしたらかなり異質に見えただろう。
「ええ、とても。入れなかった部屋には入るし、のっぺらぼうの人形があなたそっくりになって妙な動きをしている。
正直、怖かったです。こんな地下にいることもそうですが、とにかく怪しかった。なにか悪だくみでもしているのかと」
なるほど。彼女は本当に春に連れられていただけの補完体で、何も知らないらしい。
だが、今の話を聞くと、春の動向がやはり気になる。
あいつの動きはどうにも妙だ。神の遺骸云々は別にいい。
だが、地下を探し当てたり、俺を問答無用で襲ったり……。明らかに原作とは関係のないところの察しが良すぎる。
もっといろいろ聞きたかったが、これ以上は何も出てこないだろう。話を切り上げる。
「ありがとうございます、話してくれて」
「いえ。あなたがたのおかげで、この町も少しだけよくなりました。まだ予断を許さない状況ですが、よろしくお願いいたします」
そこで俺は、神の家をあとにした。




