閑話
あれから15年の時が経った。
あの日、ディラフトは真白とのゲームを終え、ゲームのエンディングが流れている場面で、一区切りついたと思い、席を外した。
そして真白のザインクラフトのことを思い出して、自分の研究室にこもった。
どうしてもあの技術に興味があった。
自分の見てきた技術体系とは根本から異なるものだった。
数と式とは異なる表現法で挑む科学の技術。
そこに新しい扉があるような気がした。
私は夢中であの技術を思い出し、自分でも試しに作ってみた。たった一度見ただけで、ディラフト・シュラッケンは真白の作るザインクラフトと呼ばれる技術をほぼほぼ再現した。
気づいたら陽が上っていた。夢中になりすぎて時間を忘れる。自分の悪い癖だな。
真白はもう起きてるだろうか。疲れていたから休ませてやりたいとも思うが、様子だけでも見に行こうと部屋を訪れて、絶句した。
見るも無残な部屋の形相。空間ごと消滅したかのように見える船の損壊部。
この惑星の技術レベルでこの船を傷つけることはできないはず。傷口からどのように削れたのか、調べることすらできなかった。
誰が? 真白? なんで?
いや、明らかに個人でやったとは思えない傷あとだ。
複数の敵の痕跡が見えた。
ゲーム画面だけがほのかに光っていたが、突然「世界のアップデートを開始します」、その言葉と共にゲーム画面は消えた。
それからこの惑星中で、ヴォイドと呼称される存在を喰らう敵が出没するようになった。
そいつらとの戦いが始まった。
おそらく真白はこいつらに襲われて、たぶん、死んだのだ。
ヴォイドは都市を襲う。人を襲う。
喰らわれるとロストする。
存在が消滅し、誰の記憶からも消えてなくなる。
でも消えたという事実だけは覚えているという、ちぐはぐな状況。それに気づいたときに私は思った。
もしかしたら、真白は、生きてるんじゃないか?
私はまだ彼の記憶を覚えていたから。
なのに、彼の顔が思い出せない矛盾。
時間が経ちすぎた。
仮に生きていたとしても、五体満足とは思えなかった。
私は、この惑星の住人にザインクラフトの技術を提供した。都市の頭領とコンタクトを取り、自分の身を守るための手段を提供した。
最初は疑われた。ヴォイドが発生した直後に、それに対処可能なザインクラフトの提供をしたわけだから当然だったろう。
時間はかかったが、なんとか協力体制を築けている。
ただし、別の問題も出てきた。
真白に所縁のある、あの都市の存在。
そして、ヴォイドは一時的に退けることはできても、完全に倒すことはできないということ。
ザインクラフトにはブラックボックスが多すぎた。まだ未解明の技術が多く、すべての力を引き出せていない。
15年かけて、できたのは元のザインクラフトの劣化品。
完全再現はできなかった。
真白、こんなときこそ、君にいてほしかったな。
「ディラフト、準備ができた。いいか?」
「ええ、かまいませんよ。黒金社長」
「ああ、今日はオフだ。気安くでかまわないよ」
「なら、極夜さん。ほんとうによろしいんですね?」
「ああ、私も直接見てみたいと思っていたのだ。ドラゴンの遺骸とやらを」
我々はこれから白銀都市に向かう。かつて真白と呼ばれた少年が残した遺産。
異世界に繋がる現存する唯一の可能性を求めて。
この惑星はもうだめかもしれない。
だからといって宇宙船を打ち上げるだけの資材を集めきるには時間が足りなすぎる。
黒金は唯一、宇宙へ行き、かつて我々が旅立った星へと帰る理念を捨てていなかった。
だがそれも今となっては無理筋というもの。可能性があるもの、それは突拍子もないが、オカルトの存在。異世界への脱出だ。
プランは宇宙船の調達と異世界への脱出。二つを同時進行で進めているが、厄介なことに復活した白銀都市の住人達が邪魔だった。
白銀都市の住人は真白が消失した以後、突然復活を遂げた。
意味不明だろうが、そのままの意味だ。真白が皆殺しにした都市の住人が急に蘇生した。
何事もなかったかのように。
それ以来、15年の間、他都市との交流を断っている。平静を装っているが、真白区の廃止に彼らの真白への恐怖が現れているようだ。
かつて白銀都市と怪物真白の戦争、いわゆる真白事変は各都市に多大な衝撃を与えた。
たった一人の少年を相手に都市が全勢力を上げて、滅ぼそうとしたこと。そして返り討ちにあったこと。
あまりにも突然の出来事であり、突如上がった真白某の名前は寝耳に水だった。
当然各都市はその真白某の存在を調べたが、ほとんどの情報が出てこなかったのだ。まるで、白銀都市そのものが隠蔽したかのように。
真白姓のものを当たったが、戸籍が見つからない。
一度戸籍が存在したものはその後、棄民になったとしても戸籍は破棄されない。
その逆の可能性も考えたが、白銀都市の性質を考えれば、棄民を市民に迎え入れるような、己の根底意識を覆す可能性のあるものを行うとも思えなかった。
彼はまさしく突然この世に現れた謎の存在Fだった。
真白という姓は、白銀都市における下級市民に与えられるナンバーだ。
下級市民はすべからく、真白という姓を与えられる。
都市の悪い癖。
市民を管理しやすくするために下級層、中級層、上級層、特級層で区分されていた。
特級層とはすなわち白銀姓。
長く都市の中枢を独占し続けた白銀の責任はやがて特権に変わった。
下のものが這い上がる構造が難しくなったのだ。
上のものは自分達の既得権益を守るために教育を独占化し始めた。
だれも自分の子孫に貧しい暮らしをさせたくないと考えるのも無理はなかったが、いかんせんやりすぎた。
閉じた環境は腐る。
白銀都市は結果主義に走りすぎた。
結果ばかりを優先するために過程をおろそかにし、新しいことに挑戦するより、今できること、わかっていることを誰よりもうまくやろうという方向にシフトしてしまった。
それでは今よりの発展は見込めず、既存の知識だけで先に発展しないという欠点につながり、白銀は悪循環に嵌まってしまった。
だがある時期から白銀の経済が回復の見込みを見せだした時期があった。
それが真白コーポレーションという子会社ができ始めたころだ。
白銀白夜の始めた小遣い稼ぎのビジネス、あるいは子供達の箔つけと最初は言われていた。
なにせ、白銀銀と白銀白という彼の子供達をその子会社の社員として入れ込んでいたからだ。
しかし実際は、ここ数年では見られない画期的な技術の開発が行われ、マテリアル加工技術は特に、我々黒金都市としてもぜひ技術研究に一枚噛ませていただきたいくらいだった。
しかし、白銀はこれを断固拒否した。それどころか、真白コーポの実研究者の名前が一切表に出てこなかった。
出てくるのは銀と白の名前のみ。
彼らが決して無能とは言わないが、とてもマテリアル加工技術を開発できるほどに優秀だったかと言われれば、疑問が残った。
それほどマテリアル加工技術は既存の技術体系からは離れた理論が必要だったのだ。
彼らの都市内部で一体何が起こっていたのかはわからないが、一時期、耳を疑うような話が出回った。
それが「四季」と呼ばれる謎の存在。
なんでも四季とやらは、もし実在するのなら人類史を根底から書き換える可能性がある、とさえ嘯かれた。
風の噂程度でしかないが、白銀都市と真白はそれを巡って戦争を始めたと。
その後、真白は各都市から危険人物としてテロリスト認定をされ、都市への介入、交渉、接触の一切を禁止するとの旨が通達された。
それに唯一乗らなかったのは黒金都市のみだった。
ディラフトはそれゆえに、黒金都市と友好を築いた。
さすがに真白と険悪な都市にザインクラフトの提供はできなかったのだ。
「これから向かうのは白銀都市の地下にある下水道だ。ここなら外区からでも侵入はできるが、迷路のようになっている。識別番号も当然ない。道は、大丈夫なのかね?」
「ええ。真白から地図をいただいておりますので」
15年、15年かかった。白銀の警戒網が強すぎて、今まで近寄れなかったというのもあるが、それだけディラフトがこの惑星の住人に尽くしていたという話でもある。
ヴォイド達との戦争は緩やかだった。
敵側があまり攻める気がないように感じるのは気のせいだろうか。
彼らのスペックならもっと容易くこの惑星を平らげることができるだろうに。
なぜそうしない? なぜ? 何かを、待っているのか?
真白の姿がちらつく。
だめだな。自分は。どうにも彼のことが忘れられない。
彼は否定するだろうが、私は何度でも言おう。
私の一番の親友だ。
いろんな星を渡った。
いろんな人に出会った。
だが自分の言っていることをこんなに理解してくれる人は今までいなかった。私の理論を聞いてもらう。
彼の理論を聞く。
その考えに痺れ、その生き方に憧れた。
でも、もう彼はいない。
私が、私の力でどうにかしなければならないのだ。
異世界へ行くこと。それは私にとって悲願だったけど、それがこんな形で陽の目を見ることになるとは。
人生、わからないものだな。
「ドラゴンの遺骸を、手に入れましょう」
私と黒金極夜は、白銀都市の地下に潜るのだった。
現実と空想の邂逅は、近い。




