地下迷宮③ アバター
『なんだ、アバターの訓練か』
「なんだと思ってたんだよ。まぁいいや、少し説明をするよ。こいつは初期型のアバターだから、少し調整がいる」
『???』
「俺たちの抱える問題の一つについて話そう。お互いの命綱に関わることだから」
『こ、怖いこというな~。それって?』
「今後、俺は自己の存在を強化していく。強くなればなるほど、処理できる情報も強度も増大する。使える武器も増える。でもね、俺だけ鍛えた場合、その存在の比重は傾く可能性がある」
『かた、むく?』
「片方の筋肉だけ鍛えてもバランス崩すでしょ? それと似たようなもんだよ 問題はその比重、あまりにも傾きすぎれば、俺の存在強度が君を押し潰すことになる。そうなれば、俺も自己の存在を維持できないだろう」
その瞬間を想像してぞっとした。そしてその先どうなるのかを、僕は知っていた。
「だから、お互いのバランスをとるために、俺だけ鍛えても意味がない。君も、ある程度強くなってもらわないと。だからこれ」
そういって冬はアバターを指さす。
「アバターに君の存在IDを登録することで君専用の回線を作る。簡単に言うと、ゲームのコントローラーでキャラを操作するようなものと考えればいい」
俺達は同じ箱(部屋)の中にいて、同じテレビ画面を見ながら、ひとりがコントローラーを握ってゲームをしているイメージだ。
『僕が、これを動かすの?』
「そっ」
冬は肯定する。
「登録は先ほど済ませた。君の存在IDに反応して、こいつは動く。最初は苦労するだろうけど、慣れていけば手足みたいに動かせるようになるから。まずは、『起動』って言ってみて。君の声紋で起動するよ」
『起動』
すると、さきほどまではのっぺらぼうだったアバターは、冬と同じ顔に変わる。ただし、髪と瞳の色が異なる。冬は漆黒な艶のある黒髪に青色の瞳だが、こちらのアバターは灰銀色の瞳と髪色になった。
「まずは右手を挙げてみて」
冬に促されて、僕は手を挙げてみる。なかなかうまくいかない。10秒ほどかけて、右腕が重そうに持ち上がる。
『くはぁ! これ、結構難しいね』
手足を上げたり下げたり、しゃがんでみたり、指を握ったり開いたり。外から見ると間抜けな行動にも見えるかもしれないけれど、これが結構難しい。
「本来存在しない回路をつないでいるからね。最初は大変だよ。君の存在をアバター側も理解してる段階だ。君の思考、癖、動かしていけば、どんどん君専用の形に形成されていくよ」
小一時間練習したが、精神的に疲れるだけで、ほとんど進歩は見られなかった。せいぜい歩ける程度だ。
『ごめん、全然うまくできなくて……』
体を動かしてるわけじゃないのに、精神的な疲労が襲ってくる。今まで感じたことのない疲労だ。
まるで新しい神経を形成しているような感覚。
「謝る必要はないよ。一週間もあればそこそこ普通の動作はできると思う。そのうち、ナギ君だって守れるようになるさ。できることを一つ一つ増やしていこう」
冬は不甲斐ない僕を責めることもなく、なんてことはないようにふるまった。
それが気恥ずかしくも、少しだけうれしかった。
「今日はこのくらいにしよう。まずはこの遺物を……」
突然言葉を切り、冬の気配が殺気だっていく。
『冬、なに? どうし……』
しっ、と静かにするよう促す冬。
「でてこい。俺に用があるんだろう」
冬は突然、虚空にそんなことを言った。しかし、虚空からの返事は何もなかった。
なのに僕にも、その空間には何者かの存在がほのかに感じられる気がした。
そんな緊張感が高まった次の瞬間、冬が動いた。
正面に向かって前転する。
すると、先ほどまで冬のいた場所に、ぶわりっと風を切るような音が響く。
冬はそれをかわし、敵の方を観る。
そこには透明な何かが、揺らめいていた。




