海上都市の凋落
「殺せ!」
白銀都市の誇る精鋭が、たった一人の人間に蹂躙されていた。
絶叫と怒号が飛び交うが、それらは次の瞬間、暴力的な轟音に飲み込まれて霧散する。
爆ぜた衝撃が強固な都市の強化装甲を紙細工のように削り取り、防衛線を担っていた精鋭部隊の一角が、悲鳴を上げる暇もなく消し飛んだ。
「こんなことが……あってたまるか!」
たった一人だ。
たった一人の人間に、我々は追い詰められている。
この星で二大都市の一角に数えらる白銀都市が。
超人部隊、超能力部隊――。
弱小都市の国家予算を軽く凌駕するコストを投じ、磨き上げられた「切り札」たちが、戦闘開始からわずか数分で瓦解していく。
理解が追いつかない。常識が拒絶する。
個人の身に宿る出力が、文明の総意を超えていいはずがない。
「どれだけの遺物を隠し持っていたのだ……!」
否、そんな次元ではない。
あれは、既存の技術の延長線上にいる存在ではない。
――怪物。
その言葉が、戦場にいた生存者すべての脳裏をよぎる。
我々に落ち度はなかった。布陣は万全、装備は十全。
敗北の予兆など微塵もなかった。
なのに。
「……滅ぶのか? 我々が!」
喉がひどく乾く。
せめて一矢。報いることなど叶わずとも、その存在の「端」に触れることさえできれば。
「クソ、クソ、クソ! 悪魔め――」
震える声で吐き捨てた。
同僚も続く
「なんで、お前が… 死ね… 死ね、死ね! 死ねよ!」
「お前みたいな底辺のクズが! 家畜以下のゴミが!」
そうだ… そうだ!
クズが! ゴミが!
「真白… お前は許されない存在なんだよ!」
こんなことが、許されるはずがない!
己の心を奮い立て、歪に歪んだ都市の選民的価値観を持って己の存在価値を正当化する都市の兵士達は
グチャリ!
隣にいた同僚が、何の前触れもなく弾けたその瞬間に、寝ぼけた思想も容易く吹き飛んだ。
舞う血と肉片。
それは、あまりに呆気ない幕引きだった。
その光景を見て、ようやく理解した。
我々は虫だ。対等な敵ですらなく、ただそこにあるから踏み潰されるだけの羽虫に過ぎない。
「……ああ」
視界の端に、ゆっくりと歩を進める「それ」が映る。
人の形を模した、決定的な何か。
「殺す」
ゴクリと喉を鳴らす
「一匹残らず…」
「皆殺しにしてやる…!」
憎悪に燃える虹色の瞳があまりにも現実と乖離し、幻想的で、そして己の死を絶対的なものとしていた。
理解を拒絶するように、私の世界は永遠の闇へと転落するよりも先に、思考を放棄した。
◇
夢を見た。
「あんたみたいな醜い子供、値が付いただけ、大助かりよ、これで薬が買えるわ!」
女は顔を醜悪に歪ませ、はやくはやくとせがむように男の腕にしがみつく。
禁断症状が出ているのか、瞳は濁った溝のようだった。
場面が変わる。
「なんで触るの! もうそれいらない!」
泣き出す少女。
その泣いている少女をかばう回りの人間たち。
これは幼少期の記憶。
皆口々に俺への罵詈雑言を浴びせる。
まるで自分達にこそ、正義があるとでも言わんばかりに。
「■■君、謝りなさい」
新任の女養育官も俺に反省を促した。
「あんたさ、口はついてんでしょ!謝りなさいよ もえみちゃん、かわいそう!」
だが俺は謝らなかった。
ただ落ちた消しゴムを拾ったことを、謝らなければならない理由が、俺には理解できなかったから。
またも暗転
「この都市も終わりか。不思議と心は穏やかじゃがの おぬしはどうじゃ?■■」
白夜さんは俺の名前を呼ぶ。
「さぁ なぜでしょうね...」
滅ぶべくして滅んだものに、たいした感慨などわかなかった。
あれだけの虐殺を行ったというのに欠片も罪悪感はわかない。
喧噪も怒号も悲鳴も絶叫も等しく、ただの音の羅列にしか聞こえなかった。聞こえなくなった。
何が楽しいのか、その人は喉を鳴らすように笑っていた。
いまでも彼の気持ちは理解できない。
「さようなら、白銀白夜さん あなたには感謝してます。 恨みはありません だから…」
次々と変わるツギハギのシーンをただ、ぼーっと何の感慨もなく、眺めていた。
記憶の整理をしているのだろう。
全て覚えている。
その時の光景はもちろん
色も匂いも、感情も。
いいことも、いやなことも 一つ残らず。
特に語るべくもない。
そろそろ目が覚める。
そんな予感がした。
その時
『君にも見つかるといいね。自分以外の大切なものが、■君』
ゆっくりと目を開ける。
意識の底に澱のように残る、彼女の言葉。
額に手を当て、這い上がるような吐き気と共に体を起こした。
「麗……」
喉の奥でその名を転がす。
消えない悔恨が、朝の光を鉛色に染める。
気分は最悪だった。
だが、現実はさらにその上をいく。
「まっしっろっく〜ん!!! 朝ですよ〜!」
鼓膜を突き抜ける、能天気な悪夢の声。
無視一択。
ベッドから滑り降りて気配を消そうとしたが、無駄だった。
「おはよ〜♪ あっ、朝食はもう済ませたから気を使わなくていいよ」
すでにリビングに上がり込み、人の食材を勝手に使い、あろうことか先に完食している男。
ディラフト・シュラッケン。
その思考回路は、彼がやってきたという宇宙の果てよりも理解不能だ。
「……尻から引き裂かれるのと、口から引き裂かれるの、どっちがいい?」
「え? もしかして私、今……怒られてる?」
本気で心外だという顔をされた。
この男には、他人の感情という概念が致命的に欠落している。
そのくせ無駄に人懐っこいのが、タチの悪い猛毒のようだった。
「人の家に不法侵入して、あまつさえ、人の飯を勝手に食って――怒られないと思ったのか?」
「そっかぁ」
神妙な顔をして、ディラフトは事もなげに言った。
「それで、今日は何しよっか?」
予告通り、ディラフトを尻から引き裂いて海へ投げ捨てた。
相互理解などという甘っちょろい幻想を、異星人に求めてはいけない。実力行使。それだけが、この男に対する唯一の回答だ。
「いてて、ひどいじゃないか。真白」
数分後、何事もなかったかのように戻ってきた男がこぼす。
『ディメンション・フィールド』。
宙の技術。次元科学の結晶。
素粒子レベルで展開された空間跳躍技術の応用は我々の理解を超えていた。
この惑星の技術でディラフトを殺すのは、不可能だろう。
「……海底遺跡の探索に行く。」
「えぇ、またぁ? 潜るのが好きだねぇ、真白は」
この惑星には、空から「遺物」が降ってくる。
宙の事情など知る由もないが、我々にとってはそれが唯一の生存圏を繋ぐ糧だ。
文明を維持し、明日を生きるためには、その理不尽な天恵を拾い集めるしかない。
「さっさと帰ればいいのに」
はっきりと口に出したが、彼は聞こえないふりをして鼻歌を歌っている。
相手にするだけ無駄だ。
私は意識を切り替えた。
この惑星は、もう長くはない。
急速に、そして静かに終わりへと向かっている。
だが、沈みゆく泥舟と共に果てるつもりは毛頭ない。
もうすぐ、アレが完成する。そうすれば…
【天国計画】。
俺の目的が、ようやく始められる。




