天国計画
この惑星はもうだめだ。
陸地のない海だけの惑星。人工的な大地によって人々は窮屈な生活を余儀なくされた。この惑星に来たばかりの頃は生き残ることに必死でまだ何とかなっていたかもしれない。
だが━━
一部に力や権力が集中すれば、やはり環境は病んでいく。
制度としてあるわけではないが、特権階級は確実に根を生やし、知識や技術は独占され、そこから溢れ落ちたものは這い上がることも出来ずにただただ企業都市という巨大な組織に、消耗されて消えていくだけ。
遺跡があるとはいえ、いつ降ってこなくなるかもわからないものを当たり前のように信じている輩達は備えることも知らなくなった。
腐り果てた人の業……
未来は見えなかった。
「空想小説っていいよね。どんなに荒唐無稽でも許される。ほんの少し、現実を忘れられる。特に私は……」
そこで目が覚めた。
続きは、聞こえない。
ただその声だけが、やけに鮮明に残る。
最近、よくあいつの夢を見る。
……やめだ。
頭を振って、思考を切り捨てる。
作業に戻ろうとした、その時。
「ねぇ、この漫画の続きないの?」
当然無視する。
「俺はこれから作業する。邪魔するなよ。フリじゃねぇから」
「OK、OK」
……邪魔したらコロソウ。
「お? なにこれ?」
黒い雪の結晶のような、小型デバイス。
「お前には関係のないもの」
「ホウホウ…で、何するモノなの?」
同じことを繰り返すカス。
「答える義理はねぇっつってんだよ」
行間を読めない奴は死罪。
近くにあったブツに手をかける。
「暴力反対!す〜ぐ人を殴ろうとするんだから」
ディラフトは即座に逃げ出す。
もっとも、ヤツは少し離れたところから興味深そうにこちらをジ〜っと見ていた。
……指咥えんな。
無視して作業を再開する。
紙を広げ、準備を進めていく。
そこに描かれているのは、複雑な紋様を持つ“剣”。
左手をかざすと、
「ザインクラフト、起動…!」
そう告げると、ソレは淡く、輝き出した。
存在エネルギーを注入する。
空想情報を展開。
三次元上に、超立方構造を形成――。
そのまま――絵の中に手を沈めた。
ずぶり、と沈む感触。
情報体でしかなかったものに、三次元状の構造体を形成していく。
そして━━
現実へ……引き抜く!
「おへっ?」
ディラフトの不可解そうな声が上がる。
手の中には非現実的に見える剣が"在った"。
ジリジリとノイズのようなものが走り、それは揺らいでいる。
俺は少し目を眇め、軽く振る。
音もなく、的は両断された。
まだまだ改善の余地はあるが……一応は成功だ。
あとは……。
その時、ガッとディラフトに手を掴まれた。
ジロジロと剣のほうをみていると、剣は実在性を保てずに構造が崩れ、情報に戻っていく。
「……なにこれ? セプテントリチウムでも使った?」
「使ってねぇよ。あんな人体に問題のある物質なんて。つか、放せや」
俺は手を振り払い、ディラフトを無視して自室へと向かう。
そして━━
目の前にはディスプレイと、少し型の古いゲーム機があった。
「う〜む、ワクワクするねぇ〜」
当然のようについてきて、当然のように連れて行ってもらえると思っているディラフトがソワソワしだす。
「……お前さ、図々しいって言われない?」
「行動派だとは言われるね」
……。
無視して始めることにする。コイツに付き合っていたら日が暮れる。
ゲームを起動。
映る画面はなんの変哲もないゲーム画面。今の時代の技術力を考えれば、古い部類に入るだろう。
その画面の前で。
「先に言っておく。飽きたらさっさと帰っていい」
どうせコイツに価値なんてないものだ。
ほっとけばすぐ飽きる。俺はそう判断した。
そう告げて、俺はそれを起動した。
「空想園 起動。コード:『天国』。マテリアル・リンケージ・リリュージョン。存在情報をコンバージョンします。アバターを生成します」
俺はそのままモニタに手を突っ込む。
身体もモニタの中に入り込んでいく。
少し歩くと、暗闇が晴れていき、町並みの輪郭が顕れ、人々の活気があふれてくる。
現代技術よりは多少古いが、悪くない。
資料にあった時代の名残を感じさせる街並み。
ディラフトが遅れてやってくる。
なにかにつまずいたのか、ずっこける。
何をやってるのやら。
「だ、大丈夫ですか? お怪我はないですか?」
近くにいた女の子が、心配そうに話しかけてくる。
「ああ、ありがっ!」
礼を言おうとして顔を上げたその直後に、固まってしまった。
「? どうかしましたか?」
ディラフトは少女の顔を見て、一瞬言葉が詰まるが、悪意は感じない。
「なんでもないよ。悪いね」
そう言って少女の手を取り、立ち上がる。
「こんなところで倒れたら大変ですよ。本当に大丈夫ですか?」
善良そうな少女は、念入りに聞いてくる。
「だ〜いじょうぶ! これでも頑丈なんだから」
「はぁ〜よかったです〜。あっ! 何かありましたらこちらに連絡ください。お怪我してたら病院に付き添いますので!」
少女はあけすけに、自分の連絡先を渡してくる。
「いいのかい?」
「? なにがです?」
少女は不思議そうに問い返す。
「いや、君がいいならいいよ」
少し、不用心だなとは感じた。
「真白、彼女達は……」
「黙ってろ。俺は忙しい」
真白はこちらの疑問をシャットアウトする。
答えたくない、というよりも、本当に忙しいから相手している暇がない、といった感じで。
彼はズンズンと歩いていく。
その目は観光というより視察に近かった。
ディラフトは真白についていく。
二人で色々な町を回った。
店を回ったり、食べ物を食べたり、住民と時々歓談したりしながら、町の様子を確認する。
ひとことで言うなら、平和な町だった。
穏やかで、親切で、平和…
別に悪いところなんて、ほぼほぼない。
だがディラフトには不満のようだ。
「う〜ん?」
後ろから声が聞こえた。その声には不満が詰まっていた。
周りを見渡す。
街を歩く人達は決して多くはないが、活気がある。
だが重要なのは、人だ。
一目見て違和感を覚える。
ここの住民には……。
周囲の人々が真白やディラフトを見て、小首をかしげるも、そのまま去っていく。
「これが君のやりたいことなの?」
天国、その名が何を意味するのか、深くは言うまい。
だが……。
「君、まだいたの?」
「来たばかりですが?」
ねぇ、そんなに私に興味がないのかい?
「君にかまっている暇はない」
「真白のことは嫌いじゃないけどさ、これは……」
評価できそうにない。
「君の色が、見えないんだよねぇ〜」
「なぜ……わざわざこんなものを?」
真白はうんざりするように振り向き、少し考えてから口を開く。
「……ディラフト、君は目の前で子供が轢かれそうになったらどうする?」
「急に語りだすね。う〜ん、状況にもよるけど、助けるんじゃないかな?」
「それは、自分の命を懸けても?」
「とっさの判断でそこまで計算できるかはわからないけれど、考える余裕があるなら、普通躊躇するよ。自分の命だもの。ただやっぱり、その時になってみないとわかんないかな」
「俺は、助けなかった」
「……」
ディラフトは押し黙り、沈黙で次を促す。
「ある日、俺の眼の前で車に引かれそうになったガキがいた。そいつと目があったが、俺は動かなかった」
動けなかったんじゃない。
動くほどの価値を感じなかった。
動揺も、高揚も、侮蔑もない。
とどのつまり、どうでもよかった。
俺はその子供を助ける理由を見つけられなかった……。
「そいつは近所によくいるクソガキで、自分よりも小さくて気の弱い奴をイジめて楽しむクソ野郎だった。俺は自分に価値を見出せない人間だったけど」
真白はうんざりするように一拍おいてから続ける。
「自分以外の人間には、それ以上に価値を見いだせなかった。自分が代わりに死んでも生き残るのが、これだぜ?って……」
この惑星は終わりに向かっている。残るものがないのなら、最後に過ごす場所を考える。
「その子供、死んじゃったの?」
「いいや、俺の隣にいた男が飛び込んで行って、子供は助かった。代わりにその男が死んだけど」
「なんだか忍びないね」
「その後、助かったガキはなんのこともないように別の子供をいじめていましたとさ。めでたくなし、めでたくなし」
「……救われないね」
ほんと世の中、くそったれだと思いました、まる。
「その後、その代わりに死んだ男がどうしても気になって調べた。愛されてたんだろうな。いつも誰かのために頑張って、葬儀では多くの人が彼のために涙を流してた。恋人もいて、その日は初デートだったそうだ。とんだ最後さ」
ディラフトは黙って続きを待っていた。
「俺はこの時思った。こんな死に方だけはしたくないなって」
「うわぁ」
至った結論がそれなんだと、ドン引きするディラフト。
「死ぬのはいい。だがあの結末は、俺に最後に残るものとは何か? そんなことを考えさせる顛末だった」
まぁ、こんなのは一部に過ぎない。ほかにもいろいろあった。
空を見上げる。そこには現実と変わらぬ空があった。
「ある奴に言われたことがある。君はまだ真の意味で生きていないんだ、と。もし君の人生、自分以外に価値を見いだした時、君の本当の人生が始まるんじゃないかって」
そのセリフの意味を今も考えてる。
「欲が出た。見てみたくなったんだ。俺の本当に欲しいものがどんなものなのか、俺の本当の人生ってなんなのかって。だから俺は、俺が愛せそうなものを創ることにしたんだ」
この世にはとんと俺の愛せそうなものがなかったから、自分で創るしかないって。
「……はぁ、言いたいことはわかんなくもないけど、それでやることがこれってのはね」
「それにしても、天国、ね……」
「言ったろ、この世界は君にとって無価値だと。君だけじゃない、俺以外にはね」
真白は身を振り返して歩き出す。
街の人々を見て、ディラフトは一人ごちる。
「かわいそうにね」
だれが、とは言わなかった。
なぜなら、この町の住人には顔がなかった。
真白は言った。
欲が出たと。
それは本当なのだろうか?
彼は他者を知ろうとしている。
だがその隣人には顔がない。
私にはとてもそれが虚ろに感じた。
「天国、か」
真白の心の闇に、想いを馳せる。
天国計画、私には最初から破綻しているようにしか思えなかった。




