ナツ
「あなたは、何者?」
「冬、といいます」
目を細めるナツさん。その表情は険しい。
冷たい視線はこちらを一切信用していなかった。
「あなたを、よく、認識できないわ」
ナツさんには俺への認知にジャミングを走らせている。
マシロと同じ顔の人間をそのまま認識してしまえば、
俺の命はないだろう。
そんな状態では話し合いもできない。
だから、これは苦肉の策だった。
直前のことを考えれば、俺が誰なのか、当たりをつける可能性がある。そうなれば、どっちにしろ――。
「…記憶が、ないの。あなたが、やった?」
「え?」
「…あなたじゃ、ないのね」
ナツさんはこちらをずっと見ていた。
凍てつくような、ゾッとする瞳でこちらを睨んでいた。
「どこまで、覚えていないのか、差し支えなければ、教えてもらっても?」
「初対面の、自分を隠す人間に?」
それは御尤も。
「俺は聖都に向かいます」
何者か、それを証明するのは難しい。
だから、俺の行動指針から判断してもらうしかないと思った。
ピクリとナツは反応する。
「…なぜ?」
「聖都を奪還するために」
「だっかん? 聖都が、落ちたの? アフは? どうなったの?」
聖都が落ちた記憶がないのか。
「結論から言います」
「アニマは敗北しました。アフは既にお亡くなりになっております」
ナツの瞳が揺れる。
「うそ」
即答だった。
否定というより、拒絶だった。
受け入れられないのだ。
「外に出れば、嫌でも分かると思います」
「……ほんとなの?」
その声はかすれていた。
「…ほんとなの? なら、ぜんちゃ…! ゼンはどうなったの?」
…気に、なるよな…。
こちらの気も重くなっていく。
「それは」
さすがの俺でもそれを口にするのは、気が引けた。
ナツはそれをみて、察したらしい。
「いいわ、言わなくて。分かった」
強く自分を抱きしめていた。そして、
「わかったから」
絞り出すように、
そう、
こぼした。
「少し」
「一人にしてほしい」
そうとだけ、呟いた。
「…わかりました。一応言っておきますが、この家は俺のものではありません。ここに住む人達は善良で、俺とは無関係の人間です。そこは、承知しておいてください」
いきなり暴れることはない、と信じたいところだが、
忠告だけして俺は部屋を出る。
すぐに部屋を離れるつもりだったが、
部屋の中からすぐに泣きじゃくる声が漏れ聞こえた。
『冬…彼女は…』
冬真が心配そうにこちらを気にしていた。
聞き耳は良くない。
席を外そう。
そう考えていた直後、
背後から衝撃が飛んでくる!
チャキリと白い刀が冬の首筋にあてがわれる。
『ふ、冬! これって! やばいやばい、やばいよ!』
冬真はテンパっていた。
「どういう、つもりです?」
「あなたが嘘を言ってないのは、わかる」
「なら」
「でもね」
そう言って彼女は背後から耳元に顔を寄せ、
「隠してる事があるのも、わかってるのよ」
ゾクリとするような声でこちらを射抜く。
彼女は質問を無視してこちらに告げる。
全く…欠片も気が休まる瞬間がないな。
この状況にはさすがに俺も表情を歪め、喉を鳴らした。
「あなたは、敵?」
虚偽は死に直結する。
「敵ではありません」
「それを、どう証明するの? 正体を隠すあなたを、記憶のない今の私が、信用できる証を、今、証明して?」
ナツさんの殺気が冬を冷たく突き刺していた。
「…さっきも言いましたが、俺は聖都へ向かい、最後の善意を解放するつもりです」
もちろん命懸けだ。
「それで、判断してくれませんか?」
俺としては、そう懇願するしかない。
「…」
彼女は一度思案し、そして…
「制約の首輪を使う」
ナツは迷わなかった。
まるで最初から決めていたみたいに。
俺の背筋が冷える。
「……本気ですか」
「本気よ」
その返答に一切の感情はなかった。
おいおい。
『ふ、冬、誓約の首輪って?』
『不義には罰をってやつ。死ねれば……』
運がいいだろうな。
『お、おう、爆弾付きの首輪…』
カチャリ。
冷たい金属が首に噛みつく。
思わず肩が強張った。
外そうと思えば外せる。
だが、その瞬間に死ぬ。
冬真はそれだけでパニックになってしまい、頭の中で狼狽えている。
ナツさんが冬の耳元で囁く。
「私を、裏切ったら…」
「殺します」
おどろおどろしいほどのぐちゃぐちゃの眼光がこちらを見下ろしていた。
ドタドタドタと下から駆けてくる音がする。
ナツさんは俺の上から立ち上がる。
「何ですか! ものすごい音がしましたけど! あ!」
「目が覚めたんですね! よかったぁ!」
ナツさんは冷たい眼をしていたが、すぐに頭を振って、
そして……
彼女は一度能面になり、そして振り向く前にまた雰囲気が変わる。
「あなたがここの家主さん? お世話になってしまったかしら? 私の名前はナツ。あなたの名前を聞いても?」
人好きのしそうな笑顔で腰を落として話しかける。
「え? あ、はい! 私はヒマワリって言います!よろしくです、ナツさん!」
「あなたの家で、騒いでしまって、ごめんなさい。彼と今後の方針で少し揉めちゃって。でも…もう大丈夫だから」
「喧嘩、ですか?いけませんよ?冬さんは倒れてるあなたをここまで担いで運んでくれたんですから!」
「ええ、そうね。でも、もう大丈夫」
「本当ですか?」
「ね? 冬君?」
彼女はこちらを意味深に見つめた。
目が笑っていなかった。
「……ああ、大丈夫だよ、ヒマワリ」
「そうですか? なら、下に来てください。食事の準備ができました。一緒に食べましょう!」
ヒマワリはまた、下のほうへと降りていった。
ナツさんは俺の横に来てから一言、
「約束、だからね。もし裏切ったら」
赦さない。
そう、眼が語っていた。
ナツさんは下へと向かう。
『こ、怖いよ。あのナツって人、喋り方も立ち居振る舞いも、まるで別人のようだし』
厄介なことになったな。
そう思いながらも、俺は身体を起こし、下へと向かおう。
そう考えていた直後、
ドカン!
襲う雷撃が、部屋を吹き飛ばした。
劈くような声が響き渡る。
衝撃と破壊感に興奮する。
「アヒャヒャヒャヒャ!ヤリィ✩」
「ナイ〜ス、メイッチュ〜!!」
聞き覚えのある狂った笑い声だった。
「お~い!ナッツちゃんや〜い!ジャクラ君とペイル君が迎えに来たよ〜♡出ておいで〜」
ダエワがやってきた。
まるで開幕ベルを告げるかのように、
新たな戦いの狼煙が上がった。




