地下迷宮
『ねぇ なんかおかしくない?』
冬真は地下に潜ってから、小一時間歩いたころに愚痴をこぼし始まる
「何?もう飽きたの? あとでおいしいお菓子あげるから、静かにしてようね~」
子供に言い聞かすように冬はそういう
『やった~!ってガキ扱いすんなヨ! 僕が言ってるのは、この下水道、なんか同じところ回ってないっすかってこと!』
同じようなところをぐるぐる回っているように感じるのは気のせい?
壁の素材が何なのかわからないけど、壁自体が妙に発光しているため、暗くは感じない 匂いなんかも不思議とくさいとは思わない ネズミなんかもいないし 新しく作られたばかりだといわれても驚かないと思う
何かしらの技術が使われているのだろうか?
ハイテク感のある作りをしている 僕らの惑星よりもずっと技術が優れてるんだなと改めて感じた
『同じような作りがずっと続いてるし、同じように作るなら、普通番号とか降って、今どこにいるのかわかるようにするもんなんじゃないの?』
「だからだよ 番号をつけてしまうと今どこにいるのか、わかってしまうからつけてないんだ」
『え? なにそれ?なぞかけか何か?』
「白銀都市、というより企業都市全体の話だけど、治安が滅茶苦茶悪いって話、したの覚えてる?」
『う、うん 覚えてるよ』
人の腕が落ちてたり、死体が落ちてたりが日常茶飯事の世紀末なやつね
「都市の内側と外側でも治安の格差は存在するんだよ 特に外側の人間にはあたりが強くて、人間扱いされてない 表向き、外には人は住んでいないってことなっている 外にいる人達を棄民、と呼んで迫害してるんだ」
『ああ、胸糞わる~い どうしてそんなことを』
前にもそんな話をしてたのをおぼろげに思い出す
「住める場所が限られてるとさ、どうしても人があぶれるんだ 人の数ってのはコントロールが難しいのはなんとなくわかるでしょ? それに、人が住む以上は犯罪だって起こるし、利益が優先される環境では汚職だってする人間は出てくる そんな時に限られた資源や土地で、人が増えたらどうする?」
『え~っと 土地を増やす、とか』
僕はあえて嫌な考えを先送りにした
「そうだね 悪くない考えだと思う」
だけどそれに対する返答は全く意外な回答だった
『そ、それでいいの? 僕、てっきり...君ってほんとうに能天気にいきてるんだね~ 毎日脳内お花畑かい~?とか言われるものと』
「君が俺のことをどう思ってるのか、よくわかるな 考えとしては至極真っ当じゃない? ただ、できるかどうかって問題が入ってくるけど」
『あ、あぁ~...』
「俺らの惑星って資源がほんとに限られるんだよね 周りは海しかないから ほかの土地を探そうにも他所の都市の支配下にある土地を奪わないといけなくなる それは必然戦争だ くださいっていって、いいよ~ってわけにはいかない」
『それは、そうだよね』
争いはいけないことだけど、でも今日明日喰う食べ物がないなら、ある場所から奪うしかない、というのは容易に想像がつく
「で、人が多い でも土地がない でも人は庇護しないといけない なら、どうするか? 人扱いしない人を増やそうって 話になったんだよ そんな風に扱われた人が、都市に対して復讐を考えるのは至極当然の帰結じゃないか?」
それは、ひどく本末転倒な話 いや、皮肉が効きすぎてる話か 理屈を通すために通らない現実を、見えないフリしようとしたってことだ この下水道の構造もそんな歪な社会構造から生まれた人の業そのものだった
「そんなんだから、都市の外にもつながっている地下道は迷路みたいに作られてるし、わかりやすい番号も振られていないんだ」
ようやく得心がいった これは都市の防衛力に関わることだったんだ
『でも、これだけ技術が発展してるなら、みんながもっと豊かにくらせるもんじゃないの?ほら、コールドスリープ的なもので増えすぎないように凍らせて、人口をコントロールするとか』
それはある種、地雷のような質問だったのだと、あとで思った
「俺らってさ、そこそこ技術は発展してるんだ 人心の成長を置き去りにして急速にね 遺跡や遺物の恩恵があるから当然と言えば当然なんだけど でもね、資源も場所も限定されてるからさ、娯楽に飢えてるって部分も多くあるんだと思う 文明は発展してるのに、文化は縮小する一方、つまり娯楽がすくないんだよ そうなると、人ができる遊びってすごく限られる 特に閉塞してる環境では人のおもちゃになりうるものって、なんだと思う?」
なんだか嫌な流れだ でも聞かずにはいられなかった
『ど、うするの?』
「この惑星にも人間以外の動物ってのはそこそこいる 海にすむ海獣は別として 移住の際に連れてきたんだろうね でも金持ちってのは飽きやすい そういうのが壁外に捨てられることってわりとある 例えばの話をしよう あるところに一匹の犬が捨てられた そいつは妙な犬でね 周りから嫌われて、敬遠されてるとある男になついてきた 男は最初は追い払おうとした 自分の近くにいると、ほかの奴らが嫌がらせをするからだ でもその犬は馬鹿、だったんだろうね 追い払われても次の日にはまた男の元にやってくる 男も根負けして、しばらくそいつをそばにおいた でも男はある日、どうしても遺跡にいって、遺物の回収をしないといけなかった 遺物収集は今日を生きるための資金源だ 長くさぼることはできない 男は犬のことを心配してしばらく隠れてろといって、遺跡に潜った 帰ってきたとき、男のいつも止まっている家にはばらばらになった犬の死体が置いてあった 次の日、いつも男にちょっかいをかけている悪ガキがこういうんだ よう、いつもの汚ねぇ犬はどうしたよと、取り巻きのガキと一緒にクスクス笑ってな」
やったやつはあきらかだった そのあと、直接そいつの体に聞いたから間違いない
『うっ』
冬真は吐くことのできる口もないのに、吐き気を抑えられなかった 吐けないことが、余計に苦しかった 人の純粋な悪意に 反吐が出る想いだった
『そ、その、あと、どうなったの?』
「知りたいのか?」
冬の声は、とても冷たかった その先を想像して僕は聞くのをやめた
「なんでこの話をしたのか、わかる?」
『...僕の覚悟が、あまいから?』
脇もあまけりゃ、口もあまい 考えなんて、砂糖菓子のようにあまったるい
「それもある けれど言っておきたかった 君は悪い奴じゃない」
『え?』
意外な返答だった
「俺は今まで多く悪さをしてきた 悪い奴なんて腐るほど見てきた だからわかる 君の妹君にしたことは許されないことだ 悪いことだよ でもね 君は反省して、償おうとしている その気持ちはとても大事なことだと思う 妹君は君を一生許さないかもしれない それは仕方ない でもだからと言って、被害にあったわけじゃない俺までが君を叩く理由にはならない 軽蔑はするけどね 世の中、死んでも反省しない奴っているんだよ 自分は悪くない、どうして自分がこんな目にって 人をさんざん苦しめた奴ほど、平気でそんなことを言う 君は悪いことをした もしかしたらもう二度と、取りかえしがつかないことかもしれない でもね、一生、そのことを抱えて生きなきゃいけないよ? 忘れることは許されない 幸福になるのはいい でもね 罪からは決して目をそらさないでくれ」
動物に手を出す奴は、最終的に人間にも手を出す 限られた環境では娯楽が少ない
自分の隣にいる動いて喋る物体は、さぞや面白いおもちゃに見えたのだろう 泣いて、叫んで、苦しむ姿を娯楽に変える奴らはこの惑星にはたくさんいるんだ 嫌気がさすほど 環境が膿むほどに、人はその状況が当然になる 感覚は麻痺していく
人を傷つけることも 人を傷つけた事実も 過去になった瞬間それは新しい罪になる
「自分の現状が、決して約束されたものだとは思わないでほしい いつその橋が崩れてしまうのかなんてわからない 君はさっきの話を聞いても、きれいな結末を求めた それ自体は悪いことじゃないんだよ でもね、世の中には人の善意を貶めすことが快感になる生き物ってのは、いるんだ そいつらに弱み(やさしさ)を見せてはいけない それはすぐに君に取り付いて、君も、君の周りにいる人も不幸にする」
ごくりと僕は唾を飲んだ
性善説なんて言葉がある でも世の中は基本、性悪説で物事は考えないといけない
したほうがいい、じゃない しなければならないんだよ 最悪の想定をして行動する 綺麗なものを思い描くのはいい でも他人に見せびらかすものじゃない 自分の胸の内で強く抱きしめて、誰にも見られないように秘しておく
喪ってからでは遅い それが大切なものなら、なおさら
『...長いね、この通路』
僕はそんな益体もない言葉を口にした
「そうだな 少しばかり長すぎる」
冬もそんな益体のない返答をした だけど、それがどこか、僕には心地よく感じた
冬は悪い奴だと思う でもやっぱりちょっとだけ、優しいのだ
さらにしばらく歩いたのちに、冬はこういった
「ここだな」
『え?でも、ここ、何もないよ 壁だけ 冬、どうしたの?歩きすぎて、幻覚でも見えてる? それとも急に黄昏た自分を演出してみたくなったの?』
「そうだと言ったら、かっこよく写真でも撮ってくれるのか?」
先ほどの暗い空気を作ってしまったから、こちらに気でも使っているのか、冗談に冗談で返してくれる
『そうなったら、絶対金取るから(笑)』
僕らは少しだけ、クスクス笑った後 冬は壁に手をかざす するとずぶずぶ壁に手が飲み込まれていくではないか
『ちょちょちょっ 何? なになに?』
体全体が飲み込まれてしばらくは暗闇が続いたが、すぐにそれも晴れる
壁の先にはまた別の通路が見えてきた
『ここって... さっきの通路と同じ?』
「いや、違うよ ここは俺が作った隠し通路」
本来白銀が作成した通路に別の疑似空間を追加してる
『え~ いくらなんでも なんでもいくらはだよ! 空間を追加? 意味不明すぎる』
「別に俺の技術ってわけじゃない 遺物の中には空間を拡張したり、縮小したりする技術が稀に含まれてる その一部をそのまま使ってる 作りがわからなくても使い方はわかるからね」
白銀で、この通路を知ってるのは俺だけ センサーもついてて万が一侵入者が出れば俺が殺しに行く もっともそんな機会はなかったけど ただでさえ、下水道ってのは毎日点検で入ったりはしない この下水道に遣われている技術はナノマシンによる修復機能もついてれば、消臭機能も完備済 下水の浄化もオートで行われる あまりにも技術が発展しすぎると、人の手が入る余地も減少する 悪意が入り込みさえしなければ、素晴らしいことだけど、そこが付け入る隙にもなる
その後も何度か、壁を潜り抜けて、目的の場所に到着した
あたり一面かなり広いフロアだ
『ここが、目的の場所?』
「ああ、ああ! ここだ! いこう 遺物があるかどうかを確認しないとな」
最も空間拡張技術の遺物が入り込んでいる時点で、残りも大丈夫だとは思うけど
さらにフロアの奥に進み、扉がある そこに冬は手を触れて、指紋を読み取ると扉が開いた
『驚いたな 指紋認証、通るんだ 僕らって今、体が違うのに』
「ちょうどいいから、アバターの性質を少しだけ話しておこう 俺らがこの世界で生きるには当然体がいる その体をアバター、というんだけど、アバターにはある程度、柔軟性やバッファを持たせないといけないところがあるんだ 例えば冬真は好きな味とかあるかい?」
『え?そうだな 苦い物が好きだな』
「...君は本当に俺とは相性最悪だな 苦党とは まあいいや じゃあ体が変わって急に甘党になったらどうする?戸惑うだろう?」
『そりゃもちろん、僕は甘いのが嫌いだからね』
「元の体に戻ったら戦争だなこりゃ まあいい 俺らは今かなり特殊な状態ではあれども同じ体を共有してる なのにそこまでの違和感は感じていないはずだ いやあるにはあるが、本来のものよりもずっと軽いものに軽減されてるんだよ それにはアバターに持たせた調整力が働いているからなんだ わかりやすい例だと、男性が女性のアバターに入った場合、だいたいは拒絶反応を示す 元の体と違いすぎるからだ 心は男なのに、胸毛の濃い男にドキドキしたら、嫌だろう?」
『それは、たしかに~!!』
僕は生涯女性が好きだと誓いたい!
「好みはもちろん、味覚や、ほかにも利き腕だったり、筋量、血液型、DNA情報、その人物の持つクオリア、その人が考える自分の形、自己の存在の在り方というものを元の体の情報と整合性を取りながらインプットしていく 先日に言った補完体の一環だね 目につかない部分なんかは大体元の情報を使うよ 逆に言えば、顔や瞳の色なんかはアバター先でいろいろ弄れたりする 弄ろうと思えばDNAなんかも弄れるけど、専門的な知識のないやつがやらないほうがいい」
アバターは意外と高度な技術を使っている 自分でいうのもなんだけど
『なら、さ 冬の瞳の色がたまに虹色になるのって、それもアバターの特性、なの?』
ぴくりと冬の表情が止まる
「...どうして知りたい?」
『いいたくないなら、いいんだけどさ...』
多分、聞く機会が今回逃したらなさそうだったから
「...そうだな、あまり郊外しないと誓えるなら話す できる?」
『命に代えても!、とはいえないけど、最善は尽くすよ』
「いい言葉だ 絶対って言わないとこがポイント高い ただ、この瞳については俺自身もすべてがわかっているわけじゃない 一種の病気、後遺症の類だとおもってくれ」
『え?それ、病気なの?』
「曰く付きのね、本来体が移れば病気なんかの持病がある場合は、除去されるようにアバターは設計されてる 先天性の病気なんかでもアバターなら引き継ぐことはない、はずだった」
『それは、すごいね、っていおうと思ったけど、うまくいかなかったんだ...』
もし本当なのならば、冬の技術は肉体的な問題を抱えている人たち全ての人への希望になるだろう 冬自身に人を救う意思があるかは疑問だけど
「こいつがどのような条件で光るのか、その原理さえ現代技術ではわかっていない というより、調べること自体が危険だ」
『それは、どうして?』
「曰く付きだといったろ? この瞳はこの惑星では信仰の対象になっているんだよ 一部の人間にとってはね まぁ、知る人ぞ、知るってレベルだけど 人体収集家や教団と呼ばれるイカれた集団がこいつを狙って人為的に作り出せないかって実験を行い、その犠牲になった人間は数多い」
アルビノ信仰や奇形信仰のようなものが存在するように、世の中には特殊なものをことさらにありがたがる輩がいるのだ
『うぇ...』
想像以上の厄ネタだった 冬って、もしかして呪われてる? 前世でどんな悪さをしたらそんなヤバイ奴らに付け狙われるんだよ 冬の性格が捻じ曲がるその一端を見た気がした
「この瞳が発症した奴は長生きしない というより、まともに生活できないといわれてる 変な数字を延々吐き続ける蓄音機と化した人間やガリガリと地面に奇怪な絵を描き始めたり、壁に頭をガンガンぶつけてるだけの人間になったりね 少なくともまともな意思疎通ができない状態になる」
『お、おぉ...』
「それにも関わらず俺のように話したり、聞いたりできるような奴がいたら そいつらにとっては格好の獲物だとは思わないか?」
『...』
二の句が紡げなかった 確かにこんなの普通、人には話せない
「君は、これから俺としばらく行動を共にする この世界にこの眼を狙う輩はいないだろうが、それも今の話にすぎない 今後この瞳に取り付かれた輩がでないとは限らないんだから」
人体収集家はこの世界にもいる 虹色に輝く瞳なんて、のどから手が出るほど欲しがるだろう
「もっともこの瞳は人体から離れれば発光しないけどね」
『え?そうなの?』
「この瞳がどうやって発光してるのかはわからないって言ったろ? 少なくとも持ち主の体から分離された時点で光は消え、元の瞳の色に戻る」
「だから、この話は今後しないことだ もし仮に人に聞かれてもアバターの性能でたまに光らせてるだけだといえばいい 原理は冬しか知らないとね」
『わ、わかったよ でもなんで僕にはほんとのこと話したの?』
もしかして、心を開いてくれたとか? かわいいとこあんじゃん
「え?だって、かわいそうじゃん」
『え?何が?』
ほんとに何がかわいそうなのか、わからないんですけど かわいいじゃなくてかわいそうってなんか似てて、昔、かわいそうっていわれたのをかわいいって言われたって勘違いして女の子にアプローチしたら、侮蔑の眼を向けられたことを思い出して泣きたくなった
「君は言ってしまえば、俺と体を共有してる この状況が長引けば、君にもその体質が移る可能性がそこそこあるってこと 何が何やらわからないうちに変態に付け狙われて眼球くりぬかれるなんて、かわいそうだろ? それどころか急に壁に頭打ちつけ始めるかもしれないし」
『なっなっなっ!!! なんてことを話してくれてんだああああああ!!!』
衝撃の告白だった 知りたくなかったそんなこと
『はやく、はやく! 元の体に戻らないと!』
「そうだね」
それでこの話は幕引きになった けれど冬はもっと大事な話をしなかった
冬真が懸念しているほど、その可能性は高くなかったからというのもあるが
それは虹色の瞳を巡る問題の一端でしかなかったからだ セプテントリチウムとその瞳に関わる重大な秘密を




