第九話 暗闇の火【ハーラク・サモーティ】
彼方より、ソレは戦場を見物していた。彼は決して手を出さない。例え誰が戦っていようが、誰が死のうが、誰が殺されようが、全部どうでもいい。
あるのは自分、それと──
そして今、ソレは動き始めた。
災害。そのモノが。
『湖の帝王』そのモノが。
「殺したよな? ……うん、死んで……あ?」
斬利が死体に触れると、違和感に気付いた。上下に真っ二つにされたそれは、燃え尽きた火の粉を散らし、血を流して横たわっている。本来なら、いや、確実に死んでいるであろうソレが、
「ッ、コイツまだ!」
動いた。
咄嗟に地面を蹴り、距離を離す。剣を突きつけ、眉間に皺を寄せた。
「──キ、オ─エ、ナメ」
上半身が嗤う。下半身が立ち上がる。二つの肉体が触れた瞬間──
「っおおぁぁぁ!?」
爆発が起きた。
発生した煙を薙ぎ払った斬利が見たのは、散らばった 暗闇の火の肉片だった。一連の動作は、まるでポップコーンの製造過程のようだ。斬利は訳が分からず、唖然としていた。
「……はぁ?」
だが、その唖然は絶望へと変わる。
「……はぁ!?」
肉片が蠢く。手のひらサイズのそれは段々と大きく動き、巨大化し始めた。
いつしか肉片は、身体を創り出し肉を繋ぎ、増殖し始める。それら一つ一つがゆらりと立ち上がった。
(冗談だろ……!?)
その数、666。
666体の暗闇の火。一体一体の強さはあまり強くない。斬利が本調子ならば楽に勝てるであろう。しかし、それは一体だけの話。
「……ダァくそ!」
斬利を囲む暗闇の火達はギギギと笑い、少しずつ中心へと進軍し始めた。剣を構える。
「ガァっ!」
斬った。焔が燃え尽き、空へと舞い散る。「おお!」振り向きザマに二体、同時に切り伏せた。神経を尖らせる。
斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る!
斬る───────────!!
「ごふっ!」
両腕を掴まれた。腹を殴られる。一体一体の強さは大したモノないが、数の暴力と云うモノは偉大だ。人海戦術。どんな格上だろうが確実に仕留めきれる最強戦術だ。
「が──!」
剣を取られた。身体を大きく斬られる。血が滝のように溢れ出た。傷の入った臓器。切り取られた骨。朦朧とする意識の中で、痛みが全身に駆け巡る。
「ァ─────────!!」
悲鳴すらままならない。幾重にも襲いかかる死は嗤い、着実に斬利を嬲る。
迸る痛みで意識が目を覚ます。気絶はさせてくれないらしい。「グ、ア」と小さな悲鳴を漏らした。
「くそが……卑怯だ、ろ!」
目一杯叫んだ。
「そうさな。少し、減らすとしよう」
その瞬間だった。
突如として巨大な竜巻が出現し、有無を言わさず彼らを呑み込んだ。
「!」
その竜巻は斬利の周りを不自然な軌道で周回していた。まるで暗闇の火を狙っているかのようだ。
(その声……!)
その力、正しく天地転変。呑み込まれていった暗闇の火は悲鳴を上げ、死ぬ。彼らは抵抗できなかった。巨大なそれは災害とも思える。いくら数が多かろうとも、竜巻にはなす術がなかった。
「刻は未だ、だが、来たぞ」
その声は、空から響いた。まるで、天からの使者……天使のようだ。
巨大なドラゴンの翼を生やしたソレは、氷のように冷たい瞳で、戦場を見下ろす。知っている。
ソイツを、斬利は知っている!
「湖の帝王!!」