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第八話 兄の真意


 ティルシャの姿を見送った後、ベルセリールは何も言わずにホールを後にした。

 黒いドレスの裾が月光に揺れながら会場の外へ歩いていく。クレセルイは声をかけられず、ただその背中を見つめていた。


 「……やっぱり俺は、見る目があるな」


 その光景を離れた場所から見ていたのは、ムーンライトサーカス団の団長にしてクレセルイの兄、ゲイルムーン・クアトルム。

 彼はグラスを静かに置くと、弟のもとへと歩みを進めた。


 「クレセルイ、すまなかった。……お前に余計なことをしてしまったな」


 低く、苦い声にクレセルイが振り返る。


 「兄さん……?」


 ゲイルは肩を叩くと、夜の帳に包まれた庭園を見渡した。

 煌びやかなパーティの光が遠くで揺れている。


 「……全部、俺が仕組んだことだ。ベルセリール様をお前の元に送り出したのは俺だよ」


 クレセルイの目が揺れた。

 ゲイルはゆっくりと夜風に髪を揺らしながら語り始める。


 ──あれは半年ほど前。

 クーデリア王国に足を運んだゲイルは、侯爵家とのビジネスの打ち合わせを終え、庶民的なレストランに立ち寄った。

 アステルポリスにあるその店は地元民に愛される名店で、ゲイル自身も商談でクーデリアを訪れるたびに立ち寄っていた。


 その日、ゲイルの目を奪ったのは、一人の少女だった。

 白いウェイトレスの制服を着ていながら、背筋は凛と伸び、礼儀作法は完璧。

 笑顔は作り物ではなく心からのもので、注文を取る時には料理に使われる食材や調理方法までも丁寧に説明してくれた。


 「……まさか、王女がここで?」


 その時、同行していたクーデリア王国侯爵家の当主が笑いながら言った。


 「ゲイル殿、ご存じないのですか?彼女こそ、アステルポリスの名物。庶民として働く第四王女、通称“脱走姫ベルセリール様”です」


 驚きと同時に、ゲイルは確信した。

 あの笑顔には、どんな場にあっても人を惹きつける天性の資質があった。


 ──だがクーデリアの王宮内では、ベルセリールの行動は問題視されていた。

 王族としての自覚がないと非難する声は強く、特に保守的な公爵家たちは彼女の自由奔放さを許さなかった。


 クーデリア王国には、ベルセリール以外にも王女たちがいる。

 第一王女は幼い頃から女王候補として育てられたが、テスベリカ帝国の次期皇帝との政略結婚が決まり、すでに帝国の王宮に入っている。

 第二王女は帝国への留学中で、学問と外交の両面で評価されており、そのまま帝国の公爵家に嫁ぐことが内定していた。

 第三王女は経済界の有力者、ノザリアルドの世界的資産家へ嫁ぎ、クーデリアの経済基盤強化の要となった。


 そして残る第四王女が、ベルセリールだった。


 ──本来、彼女も貴族社会の駒として政略に使われるはずだった。

 だが彼女の奔放な性格と行動は、保守派貴族にとって頭痛の種でしかなかった。

 「庶民の真似事をする問題児」として蔑まれ、一方で国民からは「自由を知る姫」として熱狂的に支持されてしまう。

 王宮内では王位継承問題に影響する“不確定要素”として扱われ、放置できない存在となっていた。


 ──そんな時、クーデリア国王と親友のような関係を持つクアトルム家の当主アルキスに、ベルセリールの縁談が持ちかけられた。

 クーデリア貴族たちはこぞって反対したが、ゲイルは逆に考えた。


 「父上、彼女は問題児などではありません。むしろ、弟にとって最高の相手です。クレセルイを変えてくれる可能性があります!」


 だが世間体を考えたアルキスは、あえて古びた元学生寮を住居にし、使用人もつけず、支給する生活費も決められた額に制限した。

 「問題児同士の“反省生活”」と貴族社会に印象づけ、王家や貴族たちの面子を守ったのだ。


 ゲイルは、目の前の弟に向き直った。


 「……クレセルイ。あの夜、レストランで見たベルセリール様の姿を、俺は今も忘れられない。民を心から大切にするあの笑顔を見た時、彼女ならお前を救ってくれると思ったんだ」


 彼の視線は弟を通り越し、夜空へ向いていた。

 月が滲むように光を放ち、遠くの会場からは祝宴の音が微かに響いている。


 「でもな……今思うと、一番相手の気持ちを考えていなかったのは俺だ。お前にも、ベルセリール様にも、重荷を背負わせてしまった」


 ゲイルの拳がわずかに震えていた。


 「ごめんな……それでも、やっぱり俺は思うんだ。ベルセリール様はきっと、お前を未来に連れて行ってくれる。お前自身が、自分の足で歩き出すための力をくれる人だって」


挿絵(By みてみん)


 ゲイルは最後にもう一度だけ弟の肩に手を置き、夜会の光の中へと戻っていった。


 夜風に吹かれながら、クレセルイは兄の言葉を噛みしめていた。

 ベルセリール、ティルシャ、そして自分自身。

 この夜会を通して交わったそれぞれの思いは、確かにこれからの道を変えていくと感じていた。


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