第九話 姫の輝く刃
ベルセリールを追って会場を出たクレセルイは、月明かりに照らされた裏庭で、肩を震わせて涙を流す彼女を見つけた。
黒いドレスの裾が夜露で濡れ、風に揺れる長いピンクの髪が寂しげに見えた。
「……ごめんね、クーちゃん……余計なことして……」
ベルセリールは声を震わせながらも、自分を守ろうとしてくれた兄や父の想い、そして彼女自身がクレセルイを大切に想う気持ちが胸を締め付けていた。
その時だった——。
街に響き渡る甲高い警報音が、夜の静寂を破った。
鐘の音が重なり合い、空気が張り詰めていく。
「緊急報告!このエリア上空に超巨大な怪物蝙蝠を確認!推定十体以上!加えて小型群体、千匹を超える!」
ルジエール軍の兵士が駆け込んできて、息を切らしながら報告する声が夜気を震わせた。
会場内のパーティの音楽は止まり、貴族たちの間に恐怖のざわめきが広がる。
「……ついに来たか」
クレセルイは歯を食いしばった。
水質汚染に端を発した異変が、ついに最悪の形で現れたことを理解した。
外は危険です!と軍兵たちが必死に呼びかけるが、パニックに陥った貴族たちは「ここはもう危ない!安全な場所へ!」と叫びながら扉へ殺到する。
止めようとする兵士の手を振り払って開かれた扉から、夜風と共に黒い影が吹き込んできた。
ギャアアアアッ!
会場の天井付近で羽ばたく巨大な蝙蝠3体。続いて、数えきれないほどの小型蝙蝠が黒い塊となって雪崩れ込んでくる。
「くそっ、武器がない……!」
クレセルイは腰を探るが、礼服姿の彼に武装はなかった。
軍や戦える貴族たちが魔石魔法を駆使して応戦するものの、数が圧倒的に多すぎた。
舞台上ではゲイルが、仲間を守るように大剣を振るっていたが、次々に群がる蝙蝠に押し倒されそうになっていた。
「ゲイル兄さん!」
クレセルイが叫んだその瞬間、会場の中央で黒く光る影が踊った。
ベルセリールが壁に飾られていたサーベルを抜き、両手に構えて黒い翼の群れに飛び込んでいったのだ。
「ベールちゃん、危ない!」
思わず声を上げたクレセルイ。しかし、次に目に映ったのは息を呑むほど美しい光景だった。
両手に持ったサーベルを、踊るような身のこなしで自在に振るい、蝙蝠を次々に切り伏せていくベルセリール。
光を受けた刃が月明かりに瞬き、黒い群れを裂くたびに鮮血が舞った。
彼女の動きはまるで舞踏のようにしなやかで、誰もがその姿に目を奪われた。
「……本当に姫なのか……」「あの動きは……軍のエリートですら……!」
周囲の貴族たちも一瞬見惚れていたが、ベルセリールの勇気に触発されるように次々と武器を構え、魔法を放ち、戦線に加わっていった。
貴族の中には軍人系のエリートもおり、彼らは巨大蝙蝠2体と渡り合っていた。
残る1体はゲイルとベルセリール、そして武器を持たないクレセルイへと迫る。
「クレセルイ!」
ゲイルは腕を負傷しながらも魔石をクレセルイに投げ渡した。
「お前ならそれで十分戦えるだろ!姫様に遅れを取るなよ!」
クレセルイは頷き、受け取った魔石を手で握りしめる!
ベルセリールは必死に蝙蝠の攻撃を受け流しながらも、規格外の巨大な体に押され、次第に息が荒くなっていく。
そして蝙蝠が翼で強烈なタックルを仕掛けてきた。
ベルセリールは避けきれずに壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「ベールちゃん!」
ベルセリールは壁際に崩れ落ち、息も絶え絶えに座り込んだ。
蝙蝠が大きく羽を広げ、ベルセリールに止めを刺そうとする。
「絶対に……させない!」
クレセルイは彼女がつけた傷を瞬時に見つけ、魔石を翳す。
「ファリアよ集まれ、魔石の中で形となれ、そして放てヒカリを!ファリア合成魔法……ライトビーム!」
眩い光線が一直線に放たれ、蝙蝠の胸を貫く。
蝙蝠は断末魔の叫びを上げて力なく崩れ落ちた。
その場に残った他の軍兵や貴族たちも、力を合わせて巨大蝙蝠を撃破していた。
次第に蝙蝠たちの羽音が止み、会場に静寂が戻った。
「ベールちゃん!」
クレセルイは急いでベルセリールの元へ駆け寄った。
彼女は気を失っていたが、胸の動きが弱々しくも続いているのを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
倒れた蝙蝠の血と破片が床を染め、割れたシャンデリアが火花を散らす中、クレセルイは静かに彼女の手を握った。
こうして、夜会を覆った恐怖と戦いは、激しい余韻を残しながら終わりを告げた。
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