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他の封印した記憶

 時間は飛び、今はもう午後七時。野乃花のところを出たのは十一時ごろ。

 その後、家に帰ろうかと思ったけどなんだか気分が削がれ、特にやることもなく適当にぶらついていた。そうしているうちにいつの間にか、この時間になっていた。


「はぁ……」


 ため息が出てきた。本当に俺は何をやってるんだろう。これじゃまるで……。


「昔に戻ったみたいだな……」


 昔……それは忘れた記憶のことではなく、約半年前の不良学生の部類にいたときのことだ。

 毎日を特に何をするでもなく、漠然として生きていた。生きているという意味さえよく分からなかったかもしれない。



 俺は高校には行きたくなかった。世間体のため仕方なく来たに過ぎない。最初は本当にそれだけだった。

 親にも迷惑はかけられない。そのためには高校くらいは出ないといけないか……とそれくらいでいた。


 けど高校に入学してすぐ、母さんは親の看病のため実家に帰ることとなった。仕事はやめて、家業をつぐことにもなったそうだ。

 俺は言った。俺も連れてってくれと。

 このままここに俺だけ住んでいても、電気代やら何やらで金が多くかかるし、それに俺と母さんの親を同時に養うなんて、体に負担がかかりすぎると思ったからだ。

 しかし、母さんはそれを認めてくれなかった。


「あなたはここで暮らしなさい。母さんは大丈夫だから。だから高校を卒業したらそのときは頼むから」


 そうして母さんは一人で行ってしまった。


 俺はどうしたらいい?


 よく分からなかった。それはある種、失望にも似ていた。

 こうして俺が学校に行くために、母さんは苦しんでいる。俺が苦しめている。


 本当ならすぐにでも働きたかった。高校なんてどうでもいい。母さんのためにも働いて俺がせめて少しでも負担を減らしてあげないと。

 でも、母さんは高校は卒業しろといった。しないで働き出したら、それこそ母さんには迷惑だ。

 いや、それよりまず高校中退なんて履歴をもっている人間をそうそう雇ってくれるところもない。ならバイトをするか? いや、この学校はバイトが禁止だ。それだとばれたら退学になる。


 じゃあ、やっぱりこのまま過ごしていくしかないのか?

 自分のせいだと分かっていながら。

 自分のせいで人が苦しんでいるのを知っていながら。

 見てみぬ振りしているというのか?

 ……つらい。そんなのつらいじゃないか……。何もできない自分が悔しい。


 それからは俺にとって、学校に行く気力は抜けていた。

 遅刻は多々あったし、授業をさぼったことも数え切れない。その行動も迷惑をかけるにもかかわらず、それすらも考えないで、自堕落な生活を送っていた。

 それでも進級できたのは運が良かったのかどうなのか……。


 悠里に出会えていなかったら、できなかったことだった。とはいえ、悠里のことを素直に感謝するなんて、いやなのでもう思い出さない。


 悠里のおかげもあってか、少しだけ元気を取り戻した俺は、前より遅刻やさぼりは減った。でも、根本的な解決にはなっていない。俺の心持ちが変わっただけで、状況は変わってない。それがこの微妙な立ち位置にいる『俺』だった。


 その後、再び母さんと会って気持ちが揺らいでいく。


 会うことになったのは野乃花の誕生日のため。

 隙を見て、野乃花のところに行き、お祝いをする。

 このときの野乃花は今回のように、何かを言ったりはしていない。逆に何も言わず、ただ状況に流されいる。まるで、これは自分のためのものではないかのように……。


 そんな野乃花を見ていると、何だが変な気持ちになった。

 それはまるで、今までの自分すべてを否定するかのように。そこには自分の写し身があるかのようだった。


 俺は……こんな風なのだろうか。

 こんな……絶望しているような人になっているのだろうか?

 ……駄目だ。母さんの前では弱さを見せるな。余計な心配をかけちゃいけない。


 そうしてその日は終わり、母さんも実家へと帰って行った。

 俺はもう、頭がぐちゃぐちゃとしていた。体の感覚さえよく分からない。

 そんな中でも確かに思えたことがあった。


『……俺は幸せになっていいのか?』


 俺は母さんに迷惑ばかりかけていて、何もできていない。

 何かしたくても何もできない。

 ああ……なんて理不尽なんだ。

 気持ちはあっても、それを行動にすることができないなんて……。


 それに野乃花……。俺の妹。

 妹は今、あんな状況になっている。

 それを救ってやることは、家族としては当然のことじゃないのか?

 なんで俺はここにいる?

 なんで野乃花と離れて暮らしている?

 ……そうだ。それも母さんだ。母さんにかかる負担を減らすためだ。そのためには仕方が無かった。


 ……いや、だからなんだ。そうだとして、俺が野乃花を救わない理由にはならない。


 母さんは幸せじゃない。

 野乃花も幸せじゃない。

 その中で俺は幸せ。


 俺は家族を見捨て、それで自分だけが幸せになれというのか?

 馬鹿げている……。こんな考えがすでに馬鹿げている。


 けど、俺は探していた。

 自分を一番正当化できる理由を。

 それがこれだった。自分の無力さを認め『今』という現状から目をそらす。二人が不幸なら俺も不幸であるべきだ。


 でも、たとえどんなに俺が不幸だと思っても所詮、今の俺は幸せな人だ。

 なら、どうすればいい?


 ……忘れよう。

 幸せだった記憶を。

 そうすれば、俺に残るのは不幸だと思う感情だけ。

 それだけが残っていれば、俺は不幸な人間そのものだ。

 忘れよう……。全部……全部。



 これは今日、帰っている途中、ふと思い出したことだ。こんな風に、俺は記憶を封印することが多々あったのだろう。

 こんなものを思い出したせいで、俺はなんとなくまっすぐに家に帰る気が失せた。


 しかし、やはり気がかりに思うことがある。忘れていた内容だ。

 俺が忘れていたのは幸せだった記憶ではない。この考えそのもの。つまり『俺は不幸でなきゃいけない』ということなのだ。


 いったいどういうことだ?

 忘れたくないことを忘れ、忘れていなきゃいけないことを忘れていない。

 人間の記憶にはそういった、忘れてはいけないという思い込み自体が、忘れる要因になることがあるのは確かだと思うが、ここまで張り詰めていた人間にそんなことがあるのだろうか?

 とはいえ、この記憶を思いだしたところで、今の俺の気持ちに揺らぎない。それはこの時とは確かに変わったからだ。


 後ろ向きに考えていたこのころと違って、今はもう母さんとわかちあうことができた。互いが互いを必要とする関係になれたと思っている。

 だから後は野乃花を……救いたい。



 今まで俺が学校に遅刻していっていたのは、なぜか起きるのが遅かったからだ。

 これは理由の一つでしかないが、これが一番の要因である。なぜかは自分でもよく分からない。ちゃんと目覚ましをセットしても全然効果はないし、早寝をしても……いや早寝はしてなかったか……。


 とにかく起きれなかったのだ。

 考えてみると、起きれなくなり始めたのはこの記憶のころからだ。

 たぶん、幸せになっちゃいけないという思いが少しだけ残っていて、その情報の処理に時間がかかり、その分だけ寝ることに時間がとられたのだろう。

 ……よく分からないかもしれないけど。簡単に言えば寝ている間に。


・幸せになっちゃいけないという残留思念。

・忘れろとする頭の中での処理

・これを毎日行う。


 で、睡眠時間が増えていたんだろう。

 うん。言っておいてなんだが、凄い理論だ。


 このなぜか起きれないということを、悠里に理解するのは無理だろうと思っていた。けど、今になって思うことはあいつの言った言葉


『それじゃまた……前と同じことになるだけじゃないの……!?』


 これは俺が悠里に俺は幸せじゃいけないと、昔言っていたからだったのだろう。今なら思い出したから、言っていたのは覚えている。だから、遅刻の原因はまたこのことを悩み始めているとそう思ったのだろう。

 悠里に怒鳴ってしまっていたが、これは寝坊の原因がまるで意味がわからないせいでイライラとしてしまっていたからだ。

 遅刻している理由がそのまま話題だったので、あいつに結果的には八つ当たりみたいになっていた。さすがに反省だな。俺、最悪すぎる。


 けど、今にして思えば、俺はやはりどこかで、この記憶を覚えていたのかもしれない。だから俺は……。


『なぁ、なんで俺はここにいるんだろう?』


 なんて言ったのだろう。




「さてと……着いたか」

 色々とあったがやっと家に着いた。帰ってくるまでで少し気持ちの整理はできたと思う。この後は晩飯を食べて~と普段どおりの生活をすればいいだけだが、さすがに疲れてしまった。


 一日で、ここまでのことがあったのも久しぶりな気がする。このまま家に入ったら速攻寝てしまおう。明日は土曜日だし、別にどうとでもなるだろう。


 そうして俺はその言葉通り、ベッドに倒れるようにして寝て、一瞬にして眠りの世界へと入っていった。

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