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赤の理由 青の盾  作者: 賢木 緋子
第3章・滲み出す影
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滲み出す影・11

 仄暗い地下道の奥で、ガードナーと名乗った男は一人ほくそ笑んでいた。

 ガードナーは、目的のためには手段を選ばない。そして、手段は選ばないが段取を吟味する、そういう男だった。

 彼の計画は面白いほど順調に進んでいた。

 目の前には一人の少女がいる。茶髪の、魔力を一切持たない少女。本命に対する餌の餌。

 来栖くるすくりすを操ることなど、ガードナーには朝食作りよりも容易いことだった。時空間系統の心理操作魔術。心の隙間に付け入り、対象を操り人形とする。本来、心理操作魔術は認識系統に属することがほとんどだが、ガードナーは時空間系統の才能を突出させてこの魔術を会得した。

 実のところ、心理操作は使い勝手が良いとは言えない魔術であった。成功すればこの上なく便利であることは間違いないが、操作しようとすると対象は無意識のうちに抵抗する。心の隙間を魔力で覆い、術が通らないようにガードする。それ故、対象が強力な魔力持ちであればあるほど、心理操作を弾かれてしまうリスクがあった。

 だがそれも、あの世界だったからこその障害だ。魔力持ちが少ないこの世界では、ほとんどの人間に対して心理操作魔術が有効に作用する。魔術が認知されていない世界であるため、行使する魔術の質は総じて落ちてしまうが、心理操作に関してのみ例外。これは他の魔術の弱化を補って余りあるアドバンテージだった。

 操っているくりすが手にかけているのは、本命に対する餌。

 白南風しらはえ玖凪くなぎはぐったりと弛緩していた。

 壁に押しつけられた玖凪はピクリとも動かず、目を閉じていた。くりすの手を外そうともがいていた両腕も、今やだらりと下に垂れている。

 無理もない。こんな平和な世界で安穏と暮らしていた小娘だ。友人に襲われ、さらに惨殺の映像を直接心に流し込まれたら正気を失うのは当然のことだった。

 この世界で心理操作が使えないイレギュラーだったため、ここまで回りくどいことをしなければいけなかった。だが、これで次の段階に移ることができる。

 すべては計画通り。

 ガードナーは猫背を揺らしながら、右側の口の端を醜く釣り上げた――そのとき。

 

 もう動かないはずだった玖凪の左手が素早く上に伸び、自身の首を絞めていたくりすの手首を掴んだ。


 バチッ、と鋭い音。そして閃光。

 「…………なに?」

 くりすから全身の力が抜け、地に崩れ落ちる。すぐさまガードナーは再操作しようとしたが動く気配がない。心理操作魔術を使ってこんなことになったのは初めてだった。

 状況は明らか。強制的に心理操作の接続が断ち切られている。

 「はあ……ごほっ、がっ、はあ……」

 首にかかった手から自由になった玖凪は、供給が止まっていた酸素を取り込もうとして激しくむせた。

 そして、まだ呼吸が落ち着かないこの状態で、ガードナーに向けて声を発した。

 「あな、た……あなたたち、あんな、酷、いこと、したんですか……!」

 見開かれた玖凪の目からは大粒の涙が溢れていた。ぼろぼろ零れて頬を濡らしていく。

 得体の知れないことに巻き込まれる恐怖が、混乱が、悲しみが、玖凪から完全に払拭されたわけではない。それらは確実に玖凪の心に巣食っている。

 しかし、今の玖凪の心を支配しているのは、それらを遥かに上回る激情だった。

 玖凪は涙を拭くこともせず、ガードナーに向き合うと鋭く睨みつけた。

 「あなた、また、寒凪かんなぎさんに……酷いことしようと、してるんですか」

 「……そうだと言ったら?」

 「させません」

 白南風玖凪は断言した。

 その彼女の目が、漆黒だった瞳が、みるみる別の色に変化していく。

 それと同時に、ガードナーの支配下にあるこの空間が震えた。玖凪の全身から強大な魔力が迸り、支配者に抗おうと暴れている。点灯と消灯を繰り返していた蛍光灯がパリンと音をたてて割れ、完全に沈黙した。

 玖凪は寄りかかっていた壁からゆっくりと体を離した。自らの足で凛と立ち、薄暗い中で再びガードナーを睨めつける。

 玖凪の目は、海を連想させる美しい青になっていた。

 「そんなこと、絶対にさせません」

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