プロローグ
新しく作品の連載を始めることにしました。
前作のあとがきで、別の作品を書いているかもしれないと書きましたが……本当にそうなっちゃいました。
今回も異世界を舞台にした物語ですが、前作とは少し毛色の違うお話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
「……いや、分からん。なんでみんな、これで分かるんだよ」
環都尊は、そう呟いて椅子の背もたれに体を預けた。
目の前のモニターに映っているのは、読みかけの推理小説。画面の中では、つい先ほど密室で死体が発見されたところだった。
扉には鍵が掛かり、窓も内側から施錠されている。凶器らしいものは見当たらないうえ、容疑者にはそれぞれアリバイまである。いかにも推理小説らしい状況である。
二十歳の大学生で、医学部の二年生。
――と言っても、白衣を着て颯爽と患者を診察するわけでもなければ、倒れている人を一目見て病名を言い当てられるわけでもない。講義を受け、試験に追われ、空いた時間には好きな小説を読む。そんな、ごく普通の大学生である。
机の上には飲みかけのコップと、講義で使ったまま閉じられていないノート。勉強の続きは明日の自分に任せ、今は推理小説の謎と格闘していた。
こういう話は好きなのだが、謎を解くのが得意かというと、それはまったく別の話だった。
「これ絶対、もう手掛かり出てるんだろうな……。後から見たら『ここに書いてあるじゃん』ってなるやつ」
ぼやきながらマウスホイールを回し、少し前まで戻ってみる。
怪しそうな台詞や妙に細かく描写されている小物、わざわざ書かれている時刻。気になるところを拾っては考えてみるものの、どれも一本につながってくれない。
「……駄目だ。分からん。俺にはまだ早かった」
数分前まで戻していた画面を、元の位置までスクロールする。
「まあいいか。続きを読めば名探偵が教えてくれる」
やがて探偵役が関係者を集め、事件について語り始めた。どうやらここから解答編らしい。
「やっぱこいつか? いや、でもこいつだと……ああ、もう読むか」
予想と諦めを半々に呟きながら画面をスクロールし、次の文章を読もうとしたところで、指が止まった。
本文の最後に、それまでの文章とはまるでつながらない文字が表示されていた。
アラタナナゾガテイジサレマシタ
トキマスカ
YES/NO
「……何だこれ」
思わず画面へ顔を寄せる。
小説の続きには見えない。それどころか「YES」と「NO」の部分だけが、リンクのように表示されていた。
「演出……? いや、解答編の途中で?」
最近の投稿サイトなら、こういう仕掛けもできるのかもしれない。だとしても、入れる場所がおかしい。
試しにカーソルを動かしてみると、YESとNOのどちらにも反応がある。
「押せるのかよ……」
「いやいや、こんな怪しいの押すわけないでしょ」
カーソルをNOへ動かそうとした、そのときだった。
机の上のコップに肘が当たった。
「おっと――」
倒れかけたコップへ反射的に腕を伸ばす。その拍子にマウスを持つ手がぶれる。
カチッ。
「…………」
どうにかコップを押さえ、画面を見る。
カーソルは、YESの上にあった。
「……え?」
だが、何も起こらない。
「いや、何もないんか……うわー!?」
その声を最後に、都尊の姿が部屋から消えた。
音も、光もなかった。
誰もいなくなった部屋では、机の上のモニターだけが変わらず明かりを放っている。
そこに表示されているのは、途中まで読んでいた推理小説だった。
先ほどの奇妙な問いかけだけが、最初から存在しなかったかのように消えていた。




