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六話:デート



 休日の午前中、私とリコンフィグは彼女が事前に予約しておいた娯楽向けの城のエントランスに並んで立っていた。外観だけでも圧倒されるほどの建物だった。

 ガラス張りのファサードに春の空が映り込み、正面には噴水が静かに水を踊らせている。

 ドアマンが白い手袋で扉を開けると、ほのかに甘いアロマと魔法で冷たい空気が同時に流れ込んできた。


 ロビーは広大で、天井の高い吹き抜けに巨大なシャンデリアが吊られ、大理石の床に無数の光の粒を散らしている。


 遠くでピアノの生演奏が流れ、スタッフたちは全員が完璧な姿勢で、まるで演劇セットのような世界が広がっていた。


 リコンフィグは私の隣で、少しだけ背筋を伸ばして微笑んだ。金色の長い髪が照明を受けて輝き、ブルーの瞳が期待に満ちている。


「凄いね、ここ……」


 私が思わず呟くと、彼女は小さく頷いて、得意げに、でもどこか緊張した声で答えた。


「そうだろう? これほど充実した娯楽のお城は他にないはずだ。騎士ごっこも、魔法使い体験も、ボードゲームルームも、専用のティーパーティーができるスイーツラウンジも、屋内プールまで揃ってる。最初のデートだからね。思いきり楽しんでほしい」


 彼女の言葉には、明らかに「どう? 気に入った?」という問いかけが込められていた。

 リコンフィグは私の腕にそっと指を絡め、軽く寄り添うようにして歩き出す。いつも学校で見せる完璧な微笑みより、少しだけ幼い、期待に満ちた表情だった。


 私は周囲を見回しながら、ゆっくりと頷いた。


「そうだね……うん、落ち着いて一緒にやりたいことを考えようか。パンフレットみたいのあるかな? ここのお城にある娯楽一覧とか、案内みたいなもの」


 その瞬間、リコンフィグの足がぴたりと止まった。彼女は私の腕を離し、ゆっくりと振り返る。いつもは完璧にコントロールされた表情に、わずかな亀裂が入っていた。


 ブルーの瞳が、私をまっすぐに見つめている。しかしその奥に、ほんの少しの不安が揺れているのがわかった。

 唇を軽く噛み、声を小さくして、彼女は言った。


「……もしかして、期待外れだっただろうか?」

「うん?」


 私は少し驚いて、首を傾げた。

 彼女の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。リコンフィグは視線を一度床に落とし、それから再び私を見上げた。

 長い睫毛が小さく震えている。


「どうしてそう思ったの?」


 私が優しく促すと、彼女は少しだけ息を吐いて、静かに続けた。


「あまり……テンションが上がっていないように、思えたのだ」

「あー……」


 その指摘は、確かにその通りだった。私は驚いていた。こんな場所に連れてきてもらえるなんて、想像もしていなかった。


 施設の充実ぶりにも、リコンフィグの用意周到さにも、心から「凄い」とは思った。弓兵体験は設新の設備で、獲物が飛んでいる。


 騎士ごっこコートは本格的で、屋内なのに風まで感じられる仕組みらしい。


 魔法使い体験コーナーは重厚な木材で囲まれ、ボードゲームコーナーには世界中の珍しいゲームが並んでいる。


 ティールームでは、専属のパティシエが作るケーキと、数十種類の紅茶が用意されていて、屋内プールはガラスドームになっていて、晴れた空が見渡せるという。


「んー、そうだねぇ」


 どれも贅沢で、完璧で、誰もが羨むような場所だった。でも、私の心は──不思議と、静かなままだった。「わあ、楽しそう!」という気持ちが、素直に湧いてこない。


 嬉しさも、ワクワクも、どこか遠くに置いてきたような、薄い感覚しかなかった。デートに限らず、遊びのプランをサプライズで用意してもらうとき、どうしても「相手が喜んでくれそうなもの」を想像して選ぶことになる。だから、そこには必ず、考えた側の世界、価値観、状況が色濃く反映される。


 リコンフィグにとっては、これが「最高のデート」なのだろう。

 彼女が育った環境で、彼女が「人を喜ばせる」ために選んだ、最善の選択。


「頑張ってくれた努力は、本当に嬉しいよ」


 ここまで考えてくれたこと自体、心が温かくなる。でも、私が本当に欲しかったものは、もしかしたら、少し違っていたのかもしれない。


 私は静かに微笑んで、リコンフィグの手をそっと握り直した。


「期待外れじゃない。すごく素敵なところに連れてきてくれて、ありがとう、リコンフィグ」


 リコンフィグはまだ不安そうに、私の顔を覗き込んでいる。完璧な仮面の下から、ほんの少しだけ、本当の彼女が顔を覗かせていた。その瞳に、「本当に? これで、よかった?」という、か細い問いが浮かんでいるのが、はっきりとわかった。


 長い金色の髪が、彼女の肩の動きに合わせて軽く揺れる。私はそっと微笑み、彼女の肩に手を置いた。


 制服の上からでも伝わるほど、彼女の体がわずかに強張っているのがわかった。優しく、ゆっくりと、その肩を撫でる。


「大丈夫。大丈夫。嬉しいよ。肩の力を抜いて。不安にならなくても大丈夫。私はちゃんとリコンフィグと一緒に遊びたいと思っているから。それにリコンフィグの気持ちも伝わるし、遊ぶの楽しみにしているからさ」


 私の声は、できるだけ穏やかに、安心を包み込むように響かせた。リコンフィグは一瞬、目を丸くして、それから小さく息を吐いた。

 頰がほんのり赤く染まり、長い睫毛を伏せる。


「あ、ああ……ありがとう、インフェクション。すまない、少し動揺してしまって。君の前だといつものようにはいかないんだ」


その声は、普段の優雅で完璧な調子とは違い、どこか幼く、震えていた。私は少しだけ悪戯っぽく目を細め、からかうように囁く。


「私が好き過ぎて、ドキドキしちゃう?」


リコンフィグは一瞬言葉を失い、それから小さく笑って、素直に頷いた。


「ああ、全くその通りだ」


「そっか。インフェクション冥利に尽きますなぁ」


私は軽く笑って、彼女の手をもう一度握り直した。リコンフィグの指が、私の手にぎゅっと力を込めて応える。まだ少し熱っぽく、緊張が残っているのが伝わってきた。


その瞬間、私は静かに──心の中で、リコンフィグの過去を測っていた。


彼女はこれまで、いつも「与える」側だったのだろう。


 最高の場所を用意し、最高の体験をプレゼントし、相手を驚かせ、喜ばせることが、愛情を示す唯一の方法だと信じて育ってきた。だからこそ、「一緒に作る」という発想が、ほとんどない。


 相手と肩を並べて、「何がしたい?」「これどうかな?」と相談しながらプランを練る、そんな当たり前の「対等な遊び」が、彼女の中には希薄なのだ。


 彼女の用意したものはいつも完璧で、圧倒的で、誰もが羨むものだ。でもそれは同時に、「私の考えが絶対で、それが正しいはず」という、幼い全能感の延長線上にある。それが少しでもずれていると、世界が揺らぐような不安に襲われる。


 リコンフィグの、華やかで完璧な仮面の裏側にある、脆くて、幼くて、歪んだ部分を、私ははっきりと感じ取っていた。でも、それを責める気はなかった。ただ、静かに受け止めて、少しずつ、違う形の「一緒にいる喜び」を、教えてあげたいと思った。


 私はリコンフィグの手を優しく引き、ロビーの案内カウンターの方へ歩き出す。


「さぁ、遊ぼう。楽しさは後から付いてくるからさ。今は魔法の指南書を読み始めたようなものだよ。楽しくなるのはこれから、でしょ?」


リコンフィグは少し驚いた顔をして、それから──


初めて、ほんの少しだけ、安心したような笑みを浮かべた。


「……ああ、そうだね。これから楽しもう」


その声は、まだ少しぎこちなかったけど、確かに、私に向かって開かれ始めていた。


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