第3話:秘密組織『漆黒残響 Black Echo』 誕生~秘密の鍛冶屋~
――秘密の鍛冶屋『漆黒残響』 店内――
俺達は買い出しに出かけたガレスの帰りを待っていた。
「は~っ、なんか暇だね。」
ミレアがつぶやいた。
先程から手持無沙汰に何か縫物をしているようだ。
ワイルドベアー討伐時に俺が、短剣を錬金してから妙な騒ぎになっていた。
『謎の天才鍛冶師がディーアス王国に現れた。』
そんなデマが広まり、多くの冒険者達がミレアの自宅へ依頼に訪れたのだ。
平穏な生活を送れなくなった俺達は、兄のガレスが所属する街の警備隊長へ相談。
秘密の鍛冶屋『漆黒残響』を創設した。
場所は俺が昔、武器の貯蔵庫に使用していた小さな隠れ家。
ここへ昨日引っ越して来た。
『漆黒残響』は街の警備隊の補給部門とし、ガレスを出向の責任者とした。
メンバーは責任者のガレス。
自称、鍛冶屋の俺。備品管理担当のミレアの三人だ。
俺達を群がる冒険者達の依頼から守る見返りに警備隊の装備をワンアップした。
狂喜乱舞した隊員達は、毎晩酒場で武器の自慢をしまくり、羨望と嫉妬の嵐をまき散らした。
漆黒残響への鍛冶依頼は警備隊の紹介状がないと受けられない事とした。
そのことで、冒険者達から下に見られていた街の警備隊も一目置かれる存在となった。
店の場所は警備隊長しか知らず、ミレア達の生活も平穏を取り戻しつつあった。
つまりは、客が来なくて当たり前なのだ…誰も場所を知らないのだから。
これには勿論狙いがあった。
俺は一刻も早く王女の護衛に戻らなければならなかった。
この瞬間にも、刺客が王女暗殺へ現れるかもしれないのだから。
だが霊体の俺には以前の様に王女を護衛する力はない。
兄のガレスは筋はいいが、アサシンスレイヤーには程遠い。
それに街の警備兵ごときが王宮へ入る事など到底無理だろう。
『なら、どうやって王女を刺客から守るのか?』
そこで目を付けたのが街の警備団だ。
王宮の守護が無理なら、街自体に侵入させなければいい。
俺は、この警備団を精鋭化し街ごと要塞化するつもりだ。
その為にはガレスを英雄化し、警備団の地位と権力を極大化する必要がある。
ガレスの名を上げれば、いずれは王宮に呼ばれ王女護衛の任にもつけるだろう。
「問題はどうやって警備団を一流の組織へ育てていくのかだが…」
あまり時間がない。
暗殺者は待ってはくれないのだから。
まず、圧倒的に武器と人員が足りない。
警備団の武器を一通りワンアップしたが、それだけでは心もとない。
ワンアップ錬金は素材がなによりも大切だ。
剣をワンアップできても、ツーアップは出来ないからだ。
だから元の素材がどれだけ強いかで、その後の完成品の出来が変わる。
ワンアップとは俺の特殊スキル。
その物や事象を同系列の1ランク上に昇華する事が出来る。
剣に使えば、同系列の1ランク上の剣へ錬金。
銀貨に使えば、金貨へ変化。
攻撃魔法に使えば、同系列の1ランク上の魔法へ変化する。
銀貨を金貨へ錬金出来るので資金には苦労しない。
だが、お金で解決できるのは一定までの武器のみ。
それ以上はお金では買えない逸品となる。
同等価値のある物と交換か、ダンジョンに潜り自分で手に入れるかだ。
仮に強力な武具を揃えてもそれを使う人間がポンコツでは意味がない。
短期間で優秀な武具と人材を集めるには、圧倒的なカリスマが必要だった。
「ふ~っ、どうしたものか。」
俺はため息をついた。
そんな時、重い静寂を打ち破るようにミレアが喜びの声を上げた。
「できた~っ」
先程から熱心に縫っていた物が完成したようだ。
ミレアは嬉しそうにそれを俺へ差し出した。
見れば小さな布製のお守り。
不器用な縫い目に、素朴な祈りが込められていた。
「えへへっ、これ……兄さんが無事で帰ってくるように作ったの。」
そのお守りは微かに蒼紫色の光を放ち文字を浮かび上がらせていた。
(この文字は…“死□□霊□兵”?)
それは俺が死ぬ間際に見たルーン文字にそっくりだったが、薄くでよく見えない。
気になった俺は、その文字を確認したくてワンアップを発動させる。
ぱん、と。
世界のどこかで張られていた見えない糸が、一段階“強化”されるような感触。
次の瞬間。
「っ……?」
俺の身体が、突然“重さ”を取り戻した。
指先が地面を押し、風が肌を撫でる。
完全な実体――生前と何ら変わらぬ感覚。
ミレアが目を丸くした。
「すごい! わたしのお守り、やっぱり効くんだ!」
その直後にミレアが視線を外す。
(……おかしい。
ミレアが視界に入っていない方向でも、実体化が解けない?)
俺はゆっくりと後ろを見た。
そこには――入口に立っているガレスの姿。
ガレスが近づけば近づくほど、
俺の輪郭は安定し、霊気が濃く、重力がはっきりする。
(まさか……)
「兄さん、おかえり!」
ミレアが駆け寄る。
ガレスは軽く手を振り返しただけだが――その半径に入った瞬間。
俺の身体は、生者と同等の完全実体へと“固定”された。
俺は確信に変わった理を口にする。
「……実体化の条件が変わった。
ミレアの視界じゃない。
“ガレスの半径100メートル以内”――これが新しい制約だ」
「えっ……わたしじゃなくて、兄さん……?」
ミレアは信じられないという顔をした。
ガレス自身も呆然とし、俺を見つめる。
「俺に……そんな力、あるのか?」
「自覚はないだろう。
でも確かだ。
お守りをワンアップしたことで、隠れていた“核”が露わになったんだ。」
俺は拳を握る。
その力は、死者のものではなかった。
生前以上の力と、完全な質量を持った“戦士の腕”だった。
「……ガレス。
君の近くにいる限り、俺は死を超えて“戦える”。
以前も話したが、俺は王女を守りたい。
手伝ってくれないか?
これは、二度目の人生だ。」
ガレスは理解できないながらも、真剣に頷いた。
「必要なら、俺を使え。
守りたい人が居る気持ちは同じだ。
俺は、妹も……この国も守りたいっ。」
その一言で、決まった。
表の英雄はガレス。
裏の刃は“死者”の俺。
二人は強く頷き合い、ここに、ディーアス王国史上もっとも奇妙で恐るべき影組織が生まれた。
『漆黒残響』
その誕生の瞬間であった。
「でっ、まず俺はどうしたらいい?」
ガレスが訪ねた。
「ガレスちょっといいか。」
俺は奥の部屋の隠し扉を開けると地下へと案内する。
壁側の棚には整然と様々な武器が並び、訓練を行える程の広い空間が存在していた。
俺は、棚にある一振りの魔道具をガレスへ手渡した。
「見たこともない逸品だな。魔剣…か?
物凄く切れそうだが。」
ガレスは興味津々な瞳で剣を見つめた。
「いや、残念ながら全く切れない。
剣ではないから…どちらかと言えば弓に近いかな。
柄をギュッと握って魔力を通してみろ。」
ギュインッ…ガシャ
頷き、ガレスが魔力を入れると刀身が二つに分かれた。
バチバチッ
分割した刀身の間に稲妻が帯電していく。
「こっ、これは?」
驚くガレスへ俺は笑みを浮かべた。
「魔剣 雷帝の剣だ。
突けば遠距離の敵を貫き、薙ぎ払えば中距離で範囲攻撃。
刀身に帯電した稲妻が飛んでいく。
やるよ、これ手に入れるのに結構苦労したんだぜ。」
「いいのか?
こんなすごい剣。」
戸惑いながらも顔が欲しいと言っていた。
魔剣は男のロマン。
剣術を嗜む者なら心惹かれるのも無理はなかった。
普段はいかつい顔のガレスも少年の様な顔となり、ブンブンと振るしっぽが見えるようだった。
「ああ、攻撃が派手過ぎて暗殺には向かない武器だからな。
ふふっ、ちゃんと使いこなせよ、雷帝使い。
まずは今日から100メートル先の的を雷撃で射貫けるまで特訓だ。
それが出来たら、次は、浮遊盾もくれてやる。」
「浮遊盾?」
ガレスの顔が更に輝いた。
「ふふっ、良い表情するじゃないかっ。
これから楽しい訓練になりそうだ。」
ド派手な雷撃で名前を売ってドンドン有名になって貰おう。
ガレスの攻撃が目立つほど俺の暗殺がしやすくなる。
そうだな通り名は『雷帝のガレス』とでも嘯いておくか。
差し詰め俺は『幻影』と言った所か…。
漆黒残響が誕生して数か月後…国内に雷帝ガレスの名前は轟き、
ディーアス王国は暗殺事案が激減。
「なぜか暗殺が一切成功しない国」として他国から恐れられ始める。
一見、俺の街防衛計画は成功したかに見えた。
事件が起こったのは、ガレスの訓練を兼ねた暗殺組織を壊滅させた時だった。
俺達は、倒した刺客の一人から巻物を回収した。
封蝋はディーアス王国王家の紋章。
だが紙質、書式、符術まですべて本物。偽造の余地がない。
俺はガレスとミレアの前で、それを広げた。
「……これは、第2王女暗殺指令書……?」




