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漆黒残響~死者は王女を守り続ける~  作者: キルト


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1/3

プロローグ~死と恋と未練の始まり~

 静かな夜だった。

 月は薄い雲に覆われ、光は地上へ届く前にかき消される。

 王城の塔を吹き抜ける風の音だけが、世界の存在を証明していた。


 アイン・フェルシオンは、その闇の中で静かに立っていた。

 生暖かい体温さえも暗闇に溶け込んで、気配を微塵も感じさせないでいる。

 闇と同化するのは仕事柄慣れている。

 『幻影』の二つ名は伊達ではなかった。

 だが今夜だけは、胸の奥のざわめきを抑えられない。


 ――第二王女リフィルの命が危ないっ。


 王の密命部隊【アサシンスレイヤー】に所属する俺は、

 五年間ずっと彼女を暗殺者達から守り続けてきた。

 任務だとは言え、五年も見守り続けていれば情も湧いてくる。

 それが可憐で育ちざかりの少女ならなおさらだ。

 だが彼女は俺の存在を知らない。

 声もかけられない。触れることも許されない。

 でも、彼女が笑って生きてくれれば、それでよかった。

 天真爛漫で知的好奇心に溢れた少女。

 警護する側から見れば危なっかしいが…

 時折見せる愛くるしいほほ笑みが日々の疲れを癒してくれる。

 俺は王女の警護の仕事に生きがいと喜びを感じていた。

 このまま彼女が素敵な大人になり、結婚し、子供を産んで…。

 彼女の一生を見守りながら人生を終えるのも悪くない…そう思い始めた頃。

 小さな幸せの日々が突然終わりを告げた。

 突然の部署異動…

 もうあの笑顔を見られない寂しさはあったが、命令とあれば仕方がない。

 所詮、俺は雇われの殺し屋にすぎないのだから。

 そう自分に言い聞かせて3か月。


 『第二王女リフィル様が暗殺されたらしい』


 そんな噂が同僚から流れて来た。

 騒めく城内、王はすぐに噂を否定。

 異例とも言える王女健在宣言をした。

 得も言われぬ、ざわざわと胸を駆け巡る不安と鼓動。

 様々な憶測が流れる中、俺は居ても立っても居られず持ち場を飛び出していた。


 そして今、俺はここに居る。

 五年間過ごした古巣の職場。

 勿論、命令違反であり、職務放棄、家宅侵入、逆賊として殺されても文句は言えない。

 だが、どうしても王女の安否を確かめずにはいられなかった。

 その瞬間、俺の王女への愛着は恋なのだと悟った。

 (ふっ、存在すら知られていない少女へ恋だと?

  拗らせ男の片思い? 一途を通り越してキモさすらある…)

 我ながらどうしようもない恋心に苦笑いをしながら先へ進む。

 王女邸の内部は知り尽くしていた。

 この時間なら、彼女はあそこに居るはずだった。

 王女の就寝前のルーティーン。

 いたっ!

 今日も変わらず、王女は塔の窓辺で涼しげに本を読んでいた。


「無事だったか。」


 ほっと胸を撫でおろす。

 ランタンの橙色の光が、少し火照った彼女の横顔を柔らかく照らしている。

 久しぶりに観る王女は変わらず可憐で涼し気だった。

 五年間の思い出が駆け巡り思わず見とれてしまう。

 もし一度でも姿を見せて愛の告白をしていたら、王女はどんな顔をしたのだろう?

 そんな身分不相応な妄想をしてしまう。

 付き合えなくてもいいっ、せめて俺の存在を知って貰えていたら…

 そんな感情がとめどなく湧き上がってきた。


「……綺麗だな」


 思ってしまった瞬間、アインは自分を叱った。

 (何を呆けているんだっ、俺はっ)

 感情は隙になる。

 暗殺者狩りの身で、情に溺れるのは最悪の愚行だ。


(…っ!)


 その刹那、気配が走った。


 闇の向こうから、黒衣の影が跳びかかる。

 アインは躊躇なく空気を裂き、短剣で受け止めた。

(くっ…)

 こんな接近されるまで気が付かないなど、普段ならあり得なかった。

 王女の美貌に見とれていたからなのか、実らない片思いに思いを巡らせていたからなのか?

 どちらにしても愚行以外の何物でもないっ。

 これで王女が暗殺されてしまったら…何のための命令違反の侵入なのだっ。


「お前が……王女の影かっ」


 暗殺者の目が血走る。

 その一瞬の怯みをつき、アインは喉元へ刃を滑らせた。

 勝敗は一瞬で決した………はずだった。

 死にゆく暗殺者の顔がニヤリを笑う。

 その瞬間、複数の影が王女に襲い掛かる。

 (嘘だろ?)

 王城内で、この数の暗殺者が侵入するなどあり得ないっ。

 (内部に手引きをした奴がいるっ)

 裏切者の協力者がいるとなると、警護の難易度は数段に跳ね上がる。

 なぜならこちらの動きや宅内の間取り等の全てが筒抜けなのだから。

 それでいて相手は増員し放題…そういえば王女の警護人が一人も居ないのはなぜなんだ?

 俺の背筋に冷や汗が滴り落ちる…現状、彼女を救えるのは俺だけ。

 この数と距離、捌くにはギリギリだった。

(いけるのか?…行くしかないっ)

 必死に王女に近づこうとする俺を尻目に王女は読んでいた本を閉じると立ち上がる。

 そして何故か突然に、ベランダへ走り出した。

(えっ、噓だろ?)

 ベランダに居た暗殺者がニヤリと笑い、王女の胸へ刃を突き立てる。

 ベランダ中に鮮血の薔薇がパッと咲いた。

 絶命…バタッと王女がその場に倒れた。


「……っ!間に合えっ…ジジッ」


 俺は左手の魔短剣を発動させる。

 ブゥゥン

 その瞬間、短剣に埋め込まれた蒼い魔鉱石が揺らめく。

 一瞬の眩暈と共に時間が数秒、巻き戻る。

 見ると王女は読んでいた本を閉じると立ち上がる。

 リキャスト時間があるから、もう時間は巻き戻せないっ。


「リフィルっ」

 俺は無我夢中で叫んだっ。

 驚いた王女は、こちらに振り返り俺を見ると嬉しそうにほほ笑んだ。

 俺は防御も捨てて暗殺者と王女の間に自分の体をねじ込んだ。


「くっ、」


 腹に灼けるような痛みが走る。

 最後の暗殺者を討ち取る事には成功したが…

 相手も“相打ち覚悟”の刺突を繰り出していた。

 ベランダ中を俺の血しぶきが染めていく。


 膝が落ち、視界が揺れる。

 王女の部屋の光が滲む。

 視界の隅で、口元に両手を当てて震える王女の姿が見える。

 これが最初で最後の王女との対面だった。

(守れた?……それでいい…)


「初めまして王女様…もう安全です。」

 俺は無理やりほほ笑み、リフィルを安心させた。

 そして隠し時空ポケットを開くと魔双剣を放り込み封印術を施す。

 あれだけの暗殺者の人数…手引きした人間。又は、回収役がいるはずだ。

 この秘宝を敵の手に渡してならない。

 これが見つかれば俺の正体がばれるに違いない。

 彼女を守る伝説のアサシンスレイヤーは生きていた方が牽制になる。

 それにこの魔道具を敵が使いこなせるとは思わないが、くれてやるには惜しすぎる。

 俺は笑みを浮かべると傷口に手を当てた。

 一瞬でも気を抜くと意識が飛びそうだった。

 半ば無意識に密偵としての所作が続く。

 最後の力でポーチから小瓶を取り出しグビっと一口飲む。

 “ワンアップ”――命の格を1つ上げる、不思議な薬。


 本来は王女がケガをした時に使うつもりだった特別な回復薬だ。

 この傷は致命傷…回復薬如きで完治などしないだろう。

 だがこれで王女へお別れ位は伝えられるはず。


「王女様、近衛兵が来ましたらこう言って下さい。

 幻影に助けられた。彼はまだ生きている…と

 それでしばらくは刺客の侵入を防げるでしょう。」


 そう言うと、アインは迷わず残りを口に含み、飲み下した。

 自己スキルで錬成した秘薬だ。

 治癒力は多少は向上しているはず。

 これで数秒、リフィル王女を眺めて死んで逝ける。

 夢にまで見た対面の為の最後のあがき………いや、未練だった。


 リフィルは信じられない表情で呟いた。

「妖精さん? あなたは妖精さんなの?」


(……!?)

 妖精さん。それは俺が王女を刺客から守る度に言っていた言葉だった。

「妖精さん、いつもありがとう。」

 彼女は周りのささやかな騒めきを感じ取るといつも胸に手を当ててそう言っていた。

 (知っていてくれていた。俺の存在を感じていてくれていたのか?)

 俺は今までの苦労が報われた思いだった。

 長い孤独と一途な片思いからの開放。

 振られたっていい。最後に想いだけでも伝えられれば…俺の人生に悔いはないっ。

 瞬間、胸が裂けるような痛みと共に、

 自身の輪郭がほどけていく感覚に襲われた。

 これが死というものなのかっ。


「待ってくれっ……俺は……まだ……」


 王女の窓辺に、橙の光が揺れる。

 リフィルは驚いた顔で何かを必死に言っていた。


(あぁぁ、せめて……あなたが生きる未来を)


 その願いだけを抱き、アインは闇へ沈んだ――。

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