145◆誕生◆
北辺境領で、試験的におもちゃを配る事業を行った俺は、急いで王都を経由して東の領都ユーガッズを目指した。レイレの出産予定が夏の終わり頃だと言われてたので、少しでも早く戻って傍にいたかったからだ。一切余分な宿泊もせずに進んだ結果、東の領都に戻ってこれたのは夏の30日過ぎだった。
俺は急いでレイレの元に向かう。前世と違いリアルタイムでコミュニケーションをとる手段がないため、ずっと心配だったし、とにかくもどかしかった。使用人からレイレは中庭にいると聞き、旅装も解かずに俺は急いで向かった。
「レイレ、ただい……!?いやいやいや!な、なにやってんの!?」
中庭に入った俺の目に入ってきたのは、2本の木剣を持って、ゆっくりと舞うように動くレイレの姿だった。そのお腹は想像していたのを遥かに越えて大きく膨らんでいる。
「リュード!着いたのですね!お帰りなさい!」
「ただいま…っていうか、そんな運動したら不味くない!?剣振っていいの!?」
「大丈夫ですよ。激しい運動でなければ、むしろ少し体を動かしていたほうが良いのです。ちゃんとお母様からも目安を聞いていますし。それに剣を握っていると、この子達が喜んでいるのが伝わってくるんです」
「そうなんだ、そ、それなら、いいんだけど…え?この子達?達?」
「はい、2人います」
慌てまくる俺に、剣を置いて額の汗をぬぐうレイレは笑いながら答えてくれる。
「えぇ!2人!?ここに2人いるの!?さ、触っていい?」
「はい、どうぞ」
俺がレイレの膨らんだお腹に、おっかなびっくり手を触れると、そのお腹の中で何かがモゾモゾと動いた。
「うわぁっ!?動いてる!」
「当たり前です、動きます。ひどいお父さんですねー。うわぁって……」
「ご、ごめん、でもちょっと驚いてて…っていうか手紙でも知らせてくれてなかったよね!?」
「はい、驚いてもらおうと思っていましたので」
「そうかー2人いるのかー。す、すごいなぁ……レ、レイレは大丈夫なんだよね?」
「ウフフ、大丈夫ですよ。あら?リュードに触られてから、2人がなんだか妙にそわそわしてる感じがしますね」
「そ、そうなんだ。俺にはわからないな…まぁ、とりあえずレイレも中に入って休もう」
「はい、少し汗を流してから行きますね」
前世では結婚はしていなかったし、もちろん子どももいなかった。既婚者の同僚に、子ども自慢や愚痴を聞いたりすることはあったが、相槌以外の反応を返した覚えがない。
だからなのだろうか、レイレのはちきれんばかりに大きくなったお腹を見ても、不思議さは感じても自分の子どもがそこにいると実感は湧いてこなかった。ただ2人いるってことには驚いた。名前は2人分考えなくてはいけないみたいだ。あぁ男2人とか女2人とかの場合があるから最大4人分考えなくてはいけないのか…俺はしばらく名づけで悩むことになった。
◇
「……ということで、あまりオロオロしないでください。本当に危なそうなときはきちんと言いますし、わかりますから」
「はい」
旅装を解き、温泉で軽く汗を流してから、レイレとお茶を飲む。話題はそれぞれ相手がいない間に、どんなことがあったかなどだが、時折レイレがお腹を抑えたりするのが不安でしょうがなく、何度も大丈夫と聞いてしまい最後には軽く怒られてしまった。
「この子達が生まれる予定は夏の終わりだったよね?」
「それは1人の場合で、双子だともっと早くなるようですね」
「そ、そうなんだ、よかった、早く帰ってこれて。間に合って」
「そういえば、リュードが行く前に作ってくれた、このサーキュレーターですか、これはとてもいいですね。このおかげで、冬も温かったですし、この夏の暑さにもまいらずに済んでいます。リュード、ありがとう」
「いやいや、役に立ったんならよかった。体に負担をかけないのが一番だからね」
東辺境は、前世日本ほどではないが、夏はそれなりに暑く、そして冬もかなり冷え込む。俺はレイレが快適に過ごせるようにと風の魔石を6個、リング状に組み合わせて、扇風機代わりのエアーサーキュレーターを2つ作っておいた。以前にクロナに作った魔道具コンロの応用で、開発は容易だった。直に風を受けてもいいし、部屋の空気を回したり、効率的な換気もできる。スイッチで強弱の2段階切り替えも可能だ。冬は暖炉の傍において温かい空気を回すことで部屋全体を温める。
「叔父様が何度もここにきては、『いいな、これはいいな』『レイレからも私に作ってくれるよう言ってくれないか』と言っていました」
「あんにゃろう、そんな何度もきてレイレに負担がかかったらどうすんだ…しかもレイレを通してのおねだりか…大丈夫?うざくなかった?面倒くさくなかった?」
「まぁ、叔父様も心配してくれているのですから、そう邪険にしないであげてください」
レイレはお腹をさすりながら、ちょっと苦しそうに笑う。心配ではありつつも、その顔が無性に愛おしくて、俺は体を起こしてレイレの額にキスをした。
その晩は久しぶりにレイレと一緒に寝たが、寝返りもうてず、眠りも浅いレイレの横で、俺がふげふげと寝ているのが少しイラッとしたらしい。翌朝に若干不機嫌な様子でそう言われたので謝りつつ、寝る前にマッサージをすることで許してもらうことになった。
◇
夏の60日、俺は今、レイレやマリアンヌ夫人、産婆さんが入っている部屋の前の廊下でひたすら行ったり来たりを繰り返している。落ち着かない、すごく落ち着かない、全く落ち着かない!
「リュード、少し落ち着け。うろうろされては、うるさくてかなわん」
廊下においたソファに座った東辺境伯が、俺を見るが、その足がものすごくガタガタ貧乏ゆすりをしている。
「いや、東辺境伯こそ…っていうか、奥さま子ども二人生まれてらっしゃるから初めてじゃないじゃないですか!」
「む、妻と姪はまた別だ。ほぼ娘だからな。…しかし、長いな」
「えぇ。長いです…だ、大丈夫なんだろうかっ!?」
「長くありません、始まったばかりです、落ち着いてください」
付き添いというか、俺達を抑える役割で配置されたメイド長にため息交じりにたしなめられる。自分に何かできることがあればいいのだが、ひたすら待ちの姿勢と言うのは正直つらい。いや、一番つらいのは中にいるレイレなのだが。うろうろ、ガタガタとうるさい俺達をメイド長がたしなめること8回目、部屋に入ってから数時間経った頃、扉の向こうで「ほやぁ」と誰のものでもない、小さな声が上がった。
扉を開けるわけにはいかないので扉の前に張り付くようにして、俺は中の様子をうかがう。扉はしっかりとした作りで、音や会話がよく聞こえないが、ものすごくバタついた雰囲気がしており、気が気じゃない。俺はこのとき子どもではなくレイレの無事しか考えていなかった。
少し、間があってさっきとは違う「ふやぁ」と声が上がったと同時に、中から2人分の赤ちゃんの声が競うように響いてきた。
「あぎゃー!あぎゃー!」「ふぎゃー!ふぎゃー!」
……だが、まだ扉は開かない。生まれた!レイレは!?なぜ開かない!?ぐるぐると思考が空回りする。そしてついにガチャリと扉の開く音が鳴った…と思った瞬間、外開きの扉が、俺と東辺境伯の顔面を強打した。
「いつつ…」
「いったい、貴方達は何をやっているのです!恥ずかしい!」
顔面を抑える俺と東辺境伯を見て、チェルノ東辺境伯夫人が声を上げる。
「リュードさん、あなただけお入りなさい」
「チ、チェルノ、私は?」
「あなたは、夫婦の時間を邪魔するつもりですか?」
「いや、む、うむ、す、すまん」
◇
俺が部屋に入ると、ベッドに横たわり疲れ切った顔のレイレが俺を見て微笑む。
「リュード、私がんばりました…」
「うん、うん、ありがとう!ありがとう!…レイレ、お疲れさま!」
俺はレイレに駆け寄り、その手を掴む。
「大丈夫なの?具合は?」
「…疲れました。…でも、大丈夫ですよ」
真っ白な顔をしたレイレの顔を見ると、普段宿っている輝かんばかりの生命力が、ごっそりと抜け落ちている様に思えた。俺は思わず、傍らにいたマリアンヌ夫人を見るが「大丈夫です」と小さく言われて心からホッとする。
「…リュード2人の顔を見てあげてください。男の子と女の子、お姉ちゃんと弟です。」
赤ん坊達を洗って拭き終えた産婆ともう一人のメイドが、おくるみで包んだ2人を見せてくれた。見せてもらった赤ん坊達は、正直どっちが男の子で、どっちが女の子かも分からなくて、真っ赤な顔して、目も閉じられてて、でも元気にふぎゃふぎゃ泣いていた。
「か、かわいい…?ね!」
マリアンヌ夫人が噴き出す。
「リュードさん、実感がわいていないのでしょう?無理に言わなくていいです。ねぇ、レイレ」
「本当ですね。お母さまのおっしゃった通り」
「いや、ごめん…。でもすごいな。……生きてるんだ。生まれてきたんだ……」
「はい、生まれてきたんです。リュード、名前は考えましたか?」
「うん、お姉ちゃんがステラ、弟はジョイでどうかな?お姉ちゃんは星、弟は楽しみとか喜び。俺達のパーティ、それぞれの最初の名づけ、それを継ぎながら進んでもらいたいと思って」
「ステラ…ジョイ…いいですね。ありがとうリュード、とても素敵ないい名前です」
「よかった、さぁ、少し休んで」
「はい」
こうして俺は2児の父となったのだった。
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