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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (後編)】
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4・頑張る③

 

 スクリーン越しからドーン! ドーン! ドーン! と連続で三度に渡る騒音が聞こえた。……ああ、お兄ちゃん達が扉を壊そうとしてるんだ。ティムはズズッと音を立てて鼻を(すす)った。

 ティムは相変わらず一歩も動けないでいた。シュリープ達も手を伸ばそうとしては断念し……を繰り返している。


 しかしティムの心は内心穏やかだった。きっとお兄ちゃん達ならやってくれる。もう自分が動かなくてもいいんだと安心していた。感情の渦に飲み込まれそうだったが、今は比較的安定している。


 もう頑張らなくていい。ここで大人しく待っていればいい。ボクは充分頑張ったんだ。


 けれどその一方で、「本当にこれでいいのか?」という迷いの種も育っていた。いらない感情だと、無理やり押し込めようとするが、どんどん種は根を下ろしていく。ティムは複雑な気持ちに見舞われた。


 今の現状に、素直に喜べない自分がいる……――ティムは穏やかな気持ちの中で、そう思っていた。


 その時、ずっと腕の中でじっとしていたベリィが、いきなりぐねぐねと形を変え始めた。横に伸びたり、一部分を縮めたり、膨らんだり。動きが収まった後、ティムは「あ!」と目を大きく見開かせた。


「じいちゃんの顔……」


 ベリィの変化(へんげ)によって、ティムの心は大きく揺れた。窮地に立たされている今、無性にフィディアの事が恋しくなったのだ。引っ込んだはずの涙が、また目の下に溜まっていく。


 そしてベリィがティムの腕から必死に体をくねらせて向け出した時だった。ティムの涙は、ただ悲しくて苦しいばかりに流すものではなくなっていた。


 ティムは何かを悟ったように笑って、泣いていた。


「……そうか、魔物さんが何でそんなにも一生懸命なのか、分かった気がするよ」


 ひっく! と一つ、ティムは小さなしゃっくりをした。


「……青目のお兄ちゃんの……みんなの為なんだね。自分に出来る事を、精一杯やろうとしてるんだ……」


 ティムはこれまでのベリィの行動を振り返ってみた。みんながなかなか先に進まないのを見て、前に出たり、ものまねで自分を励ましてくれたり……誘導もしてくれたっけ。

 あ! あと協力して扉を調べる方法も教えてくれた! ティムは指で数えているのち、こんなにも沢山ベリィに助けられていたのだと思い知った。しかも、それらの行動は誰かに命令されたわけではない。自ら進んで動いている。ベリィが行動する事によって、周りは勇気をもらっていた。


 ティムは(まぶた)を擦りながら、声を震わせて泣いた。そうだ、そうなんだ。村の人達がガッカリしていたのは、自分が出来損ないだからじゃなくて、何もしようとしなかったからなんだ。怖いから、嫌だからって理由をつけて物事を避けていたから、村の人達を不安にさせちゃってたんだ。


 嫌な時だからこそ、魔物さんやお兄ちゃん達みたいに勇気を出さなきゃいけないんだ。自分が一生懸命になる事で、周りの心は動いてくれる。認めてくれる。期待してくれる。実際に、じいちゃんはみんなの先頭に立って人一倍頑張っているから、みんなからも頼りにされているんだ。


 それなのに、ボクは、ボクは……文句ばっかりで……。


 ティムは生まれて初めて他人の心を思う涙を流した。ごめんなさいという言葉が、両手の隙間から零れていく。自分の情けなさに、胸がいっぱいになって苦しくなった。


 すると、元の姿に戻ったベリィが泣きじゃくるティムの様子を伺いに来た。心配そうな表情をしている。――ああ、またボク、誰かを不安な気持ちにさせちゃってる……。


 ティムは溢れ出る涙の粒を拭わずに、よろよろと立ち上がった。


「魔物さん……ひっく! ぼ、ボク、もうちょっと頑張ってみるよ」


 この気持ちは誰かに強制されたものではない。ティム自身が決めた事だ。

 ティムはカード探しを再開する事にした。優兎(ゆうと)はここに来ると言っていたが、自分にもやれる事が残されていると分かった以上、じっとしてはいられなかった。

 涙で覆われているが、今やティムの目はやる気に満ち溢れたものに変わっていた。


(でも、随分走り回っちゃったからなあ。青目のお兄ちゃんは扉の近くにあるかもって言ってたけど……ここがどこだか分かんないや)


 ティムは周りにいるシュリープ達にビクついて、一歩後ずさりをした。ちょうどその時、他のシュリープ達が密集しているところを無理にすり抜けたり、押しやったりしながらティムの真横まで割り込んで来たシュリープがいた。そのシュリープは首を伸ばしてティムとベリィを凝視してくる。ティムは仰天して、危うく卒倒しかけた。


 だがこのミジュウル・バイ・シュリープ、他の者とは様子が違うのだ。襲おうと手出ししようとも、寒気のする恐ろしい叫び声も上げようとはせず、ただじいっ……と見つめて来る。


 息苦しさを感じる中、しばらく経つとそのシュリープはスススッと離れていった。興味がなくなったというのか、それとも……?


 怖い顔との対面から解き放たれたティムは、肩の力を抜いた。


「はあああ……怖かった。うう、何だったんだろう、あのお化けさん」


 ティムは爪先立ちになって、そのシュリープの行く先を目で追った。ティムへ詰め寄る、攻撃的なシュリープ達とは真逆の方向を突き進んでいるので、特定するのは割と簡単だ。不思議な魅力に駆られ、いつの間にかティムの足は動き出していた。


 自分の事を覗き込んでくる顔という顔に恐れおののきながら、ティムは早々と歩を進めた。どこからかドーン! ドッドーン! 、ドドドーン! という騒音が休みなく鳴り響いているが、ティムは見失わずについて行くのに頭がいっぱいであった。

 そして追う側と追われる側との距離が一メートルにまで狭まって来た頃、シュリープは止まった。シュリープの背後に、うっすらと何かが見える。ティムはドキリとして、ベリィを掲げた。


 大きな箱が目の前にある。クローゼットのようであるが、扉はないし、奥の方も吹き抜けている。

 ティムがクローゼットと認識したのは、箱の中に服が一枚置かれていたからだった。白っぽくてボロの羽織もの。獣人(ジュール)のサイズにしては大きすぎるかもしれない。


「ここがどうかしたの?」


 ティムは尋ねる。シュリープは答えない。


 無反応の代わりに、シュリープは自ら動く事によって質問を返してくれた。クローゼットの前まで進んで立ち止まり、こちらに戻ってくると、細長い指に摘まれた()()をティムの足元にポトリと落っことす。床と接触すると、カランと透き通った音がした。


 ティムは腰を低くして、足元に落ちたものを拾い上げた。ティムの手の平ぐらいの小さなもので、よく分からない文字と模様が透明な板に描かれている。傾けると、模様は様々な色に輝いた。


 しかし、この形――長方形の板のような形には、記憶に引っ掛かるものがあった。ふと、板越しにこちらを見上げるベリィが視界に入って、ハッとする。そうだ、青目のお兄ちゃんが言っていた、「かーど」というのにそっくりじゃないか!

 興奮したティムは、もう一匹のベリィの分身と板を並べて、それはもう穴が開く程何度も見比べた。多少大きさに違いはあるが、これが「かーど」に違いない! うん、きっとそうだ!


「ありがとう! ありがとう! 君は優しいお化けさんなんだねえ!」


 息を弾ませて、ティムは探し物の在りかを教えてくれたシュリープに、心からお礼の言葉を述べた。あまりにもはしゃぎすぎて、相手の事を忘れて握手してしまいそうな勢いである。


 それからティムは、優兎達の待つ場所まで目指して――時々目の前にフッと現れるシュリープ達に肝を冷やしながら――駆けて行った。ティムに優しいと賞されたシュリープは、斜めに傾けていた顔をカクンと更に傾けた。


 ――だがこの時、ベリィの光に当てられてキラリと光る二つのものに、小さな異変が起こっている事など、今のティムには知る由もなかった。


 体内に取り込まれたものと鎖で繋ぎ止められたもの。双方は密かに(あるじ)に迫り来る危機を知らせていた。パキッピキッ、パキン。新たな恐怖の始まりであった。



——4・頑張る 終——


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