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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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5・ミントの失敗②

 

 四時間目。鐘の音が校内中に鳴り響いた。十分前までの静けさを取り戻した廊下では、小鳥達のさえずりに紛れて、花の世話をするエルゥ族達の楽しそうで音痴(おんち)な歌声が聞こえてくるのが定番となっている。


 さて、優兎(ゆうと)達のクラス・倉庫組はというと、この時間は教室ではなく、調合室で『薬学』の授業を受けていた。この世界における薬学とは、調合に使われる植物・薬品などの正しい取り扱い方法を学び、混ぜ合わせて薬を作成したりする学問である。これを学ぶ事で、一見ただの雑草も危険な毒草として見分ける事が出来たり、魔法使いに不可欠な回復アイテムも手作りする事が出来るので、知っているととても役に立つ。ただし薬の作成に関しては、材料・使用量・手順を少しでも外れると全く別のものが出来上がり、ともすれば発火や爆発に発展してしまうパターンも有り得るので、注意は必要である。調理実習と科学を掛け合わせた授業と言えよう。


「はい、皆さん集まりましたか? 宿題は持ってきましたね? 忘れた人は素直に挙手をしてください」


 高らかな声を発しているのはサマンダ・グレイスというふくよかな女性。情熱的な赤いドレスとふんだんにフリルのあしらわれた帽子が特徴的だ。


 サマンダは室内を見渡した。挙手する者はいない。


「結構ですわ。因みに今回宿題を忘れた者への罰は、ニカラゲァの解剖(かいぼう)でした。――では授業を始めましょう」


 くるっと黒板の方に振り向くと、ドレスが優雅な花を咲かせた。ニカラゲァというのは以前、リブラの帽子から顔を覗かせていた、あのカエルの事らしい。優兎は心からアミダラに感謝した。


 サマンダはゼリィ玉の作り方を、その自慢のオペラのような声で歌うように説明していく。彼女の持論は「レシピは歌にして覚えると良いのよ!」だそう。優兎は歌声を聴きながら教科書(というより百科事典)の指定されたページをパラパラとめくった。材料は合成ゼリィ、水、ターロンの葉、粒イチゴ、ハチミツ……。合成ゼリィを作る時よりは幾分簡単そうだ。


 ミニ・ミュージカルも終わったところで、やっと優兎達はゼリィ玉(赤)作りを開始した。休憩時間の間にそれぞれ小鍋、すり鉢とすりこぎ棒、材料などは準備している。優兎は歌として覚えずに、普通にレシピを参考に従った。材料を潰して、すり鉢ですって、(はかり)にかけて……ぐつぐつと煮立った液に投入する。焦げ付かないように、時々かき回す。


 甘い匂いが室内に充満して来た頃、宿題で持ってきた合成ゼリィの瓶を取り出した。お玉杓子(たまじゃくし)の中に少量をすくい落として、味噌汁を作る要領で溶かしながら加える。甘い匂いに誘われて出て来たベリィが、その様子を間近でじっと見ていた。君も本当はこうなる運命だったんだよ、と優兎はやや切ない気持ちになった。


 鍋の液が大分煮詰まってくると、サマンダは声を張り上げた。


「はぁい、そろそろいいですわね! 鍋から取り出してみましょう。底に沈んでいるはずですわ」


 優兎は棒で探してみた。あ、本当だ! 何かあるぞ!

 高鳴る心臓を胸に、お玉を掴んだ。その時。


「おい優兎。面白い事教えてやるよ」


 アッシュが話しかけてきた。隣りにはジールもいる。


「面白い事? レシピにない事だったら、やっちゃダメだと思うんだけど」


「別に一騒ぎ起こるような事はしないっての。――いいか? ゼリィ玉を取り出す前に、ちょいと魔法をかけるんだ。今のままだとゼリィ玉は二、三個は出来るんだが、自分の魔法をかける事によって、ゼリィ玉が一時的に液状になるんだ」


 ぐいっと寄って来て、ジールが言葉を継ぐ。


「そうするとね、なんと! ゼリィ玉がその魔法のレベルによって、分裂するんだ。つまり、自分が魔法をどれだけ操れてるのか、熟練度が分かるってわけ」


「ええ!? それ本当?」


 優兎は目を輝かせた。それは気になる!


 サマンダが「そこの三人、何をしているの?」と注意してきたので、アッシュとジールは苦い顔をして戻っていった。しかしその気にさせる思惑は完了済み。優兎はよし、と鍋に手をかざした。一応本来の授業内容とは別の行動を取るので、サマンダが見ていない隙をついて、魔法を発動させた。


 液が光をポッと灯した時、サマンダがくるりと向きを変え、優兎の方を見た。まずい、気付かれただろうか?


「――ミントさん!?」


 サマンダはあんぐりと口を開けた。信じられないものを目にしたかのような驚きっぷりだ。僕じゃないのか? 優兎は後ろの、ミントのいる席を見た。


 すると、何やら白く、丸いものが視界に入って来た。それはまさに、"お(もち)"であるかのようにどんどん膨らんでいく。数分と経たないうちに二倍、三倍……と膨らみ、そんなものが行き着く先は当然、


 バーーーンッ!!


 大きな音と共に破裂。辺りに白くベトベトしたものを撒き散らした。


「み、みみ、ミントさん!? これは一体何事です!」


 うまく舌が回らないサマンダが、ベトベトを踏まないようにしながら、ミントに近付いていった。しかし当の本人も、何が起きたのか分からないようだった。しきりに瞬きを繰り返している。


「あ、えっと……すみません」


 らしくない弱々しい声。サマンダは床に落ちていた、合成ゼリィが溶け切れずにへばりついたお玉を手に取り、目を細めた。


「あなた、材料の分量を間違えたわね? お玉(これ)を見れば一目瞭然だわ」


「……」


「どうしてこんな事を? 正直に話してご覧なさい」


「にゃ……すみません、ちょっと……」


 優しい口調でサマンダは問うが、ミントは答えようとしない。口を固く結び、(うつむ)いてしまった。


「はあ、いいわ。ミントさんいらっしゃいな。二人だけで話しましょう。他の皆さんはここで待っていて」


 そう言うと、サマンダはミントを連れて出て行ってしまった。室内がしいんと静かになる。


「どうしたんだ? あいつ」


 アッシュの疑問に、ジールはさあ? と首を傾げる。優兎はミントの事が心配になった。一緒にいた期間はごく僅かで浅いが、彼女の様子がいつもと違うことぐらいは分かる。


 それにしても……と、優兎は周囲を見渡す。窓、長テーブル、黒板、教卓、床なんかにはベトベトが付着しているのに対して、自分や他のクラスメンバー、道具にはベトベトがついていない。全くの無傷で済んだ。どうしてだろうか?


「ああそうだ。優兎、ゼリィ玉はどうなった?」


 ジールが言ってきた。そうだった、忘れていた! ミントの事はサマンダに任せるとして、優兎は急いで鍋の火を止め、お玉を掴んだ。液の中からゼリィ玉を探す。


 鍋の周りから中心まで探していると、お玉に何かが当たった感触が。さっきまではこんな手応えはなかったはず。これだろうか、と優兎はドキドキしながら物体をすくいあげる。しかし。


「あれ? これだけ??」


 彼の深皿に落とされたのは、ゼリィ玉(と思われるもの)のおよそ半分。そんなバカなともう一度探してみたものの、結局見つかったのはそれっきり。原形を留めていない。アイテムとして使えるんだか使えないんだか分からない量だなとガックリきた。


「あー、これはまだまだ基本のラインに到達してねえって証拠だな」


 様子を見に来たアッシュが言った。アッシュの皿にはゼリィ玉が六個、ジールの皿には四個乗っかっていた。優兎と違って倍は得したわけだ。まったく、0以下の小数点のつくレベル値なんて聞いた事がないぞ。優兎は肩を落とした。


「まあでも、初めの頃だったら鍋に魔法をかける時点で吹っ飛ばしてたかもしれないし、ちょっとは成長してるんじゃない? 指輪ありきだとしても、気を落とす事ないって」


 ジールは増えてしまったゼリィ玉を優兎の皿に移しながら言う。優兎は力なく(うなず)いた。そして半分のゼリィ玉を口へと放り込んだ。それはすぐにふわっと溶けてなくなってしまったが、初めて作ったゼリィ玉はほんのりと甘く、心を慰めてくれるような味がした。



——5・ミントの失敗 終——



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