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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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3・ベリィ①


 ――悪夢を見た。


 優兎(ゆうと)が昔住んでいたマンションの、管理人さん()の犬が出て来る夢。大型のラブラドールで、名前はベリィ。その由来は赤みを帯びた茶色の、熟した果実のような目を持っているから。ベリィは大人しめで、誰彼構わず尻尾を振るう人懐っこい犬だ。あと食欲も旺盛。最後におばあさんに頼まれて散歩に行ったのは、もう大分昔の事。当時の自分より年下だったのにも関わらず、その体は充分大きく感じたのだから、今ではもっとたくましく成長している事だろう。


 そんなベリィを懐かしさ余ってよしよし、と撫で回していた時だった。突如、ベリィが真っ赤に染まり、ドロドロブヨブヨとした不定形の怪物に変身したのだ!


 その怪物は大きくて黄ばんだ目玉で優兎を睨み、そのまま勢い良く襲いかかる――という内容で夢は終わった。ああ恐ろしい……。


 しばらくぼんやりと天井を眺めていると、自分が布団もかけずにベッドで寝転がっている事に気付いた。布団を全部()いでしまったのだろうか? あれ? そもそもいつの間に寝たんだ??


 部屋の明るさからして、朝を迎えたらしい。くしゃみを一つして、ぶるりと体を震わせた。う~寒いっ! 優兎は背中に敷いている布団を引っ張ろうと、体を起こそうとした。その時、初めて体の異変に気付く。


 何かが自分の上に乗っかっている。


 ちょうど腹部の辺りだろうか。赤い色をした物が視界に入る。一瞬、病の影響で血でも吐いたのかと思った。だがその赤い塊はこんもりとしているし、少し触れてみてもべったりと手を濡らす事はない。


(まさか、夢が現実になったのか!?)


 赤くてドロドロブヨブヨの怪物――ピッタリ当てはまる。


 息をするのが苦しくなってきた。腹に怪物が伸し掛かっているせいだろう。そこまで重い! と感じる程でもないが、このままではいつ襲われるか分かったもんじゃない。まずはこの状況を何とかしなければいけないと思った。


 優兎は覚悟を決めると、勢いをつけて起き上がった。赤い怪物は腹からコロコロと転がって、そのままベッドの下へと落っこちていった。


 膝をついて布団の上を這いながら、恐る恐る落ちた場所へ近付く。いつでも魔法が使えるよう、心の準備もする。

 そうしてベッドから身を乗り出した優兎。途端にハッとした。この怪物、見覚えがあるぞ!


「……ゼリィ!?」


 優兎は拍子抜けた声で叫んだ。同時に肩に入っていた力がストンと落ちる。真っ赤な侵入者の正体は、〈シャロット〉へ行った時に宿題として捕まえた魔物、ラテ・ゼリィだったのだ! 洞窟探検の最中に優兎とそのゼリィは危機を乗り越え、一時だけ行動を共にしていた。


(あの後すぐに逃がしたはずなのに。それなのにどうしてここに!?)


 信じられない思いで見つめるが、ゼリィは落ちた衝撃で目を回していた。悪い事しちゃったなあと優兎は頭を掻いた。


 とりあえず、優兎はゼリィを起こす事にする。抱き上げてベッドに寝かせ、軽く頬をつっついたり、揺らしてみる。しばらくそうしていると、ゼリィは気がついた。目をぱちくりとさせて、ぷるんと体を揺らして起き上がる。視界に飛び込んでくる仕草の一つ一つがもう可愛くて可愛くて……。ゼリィに出くわした者がいるならば、女子供なら間違いなく「キャー!」と大口を開けて騒ぎ立てるだろう。大げさかもしれないが、それぐらいの魅力はある。実際優兎も再び魅了されてしまい、枕を引っ掴むと、顔を埋めて「可愛すぎるだろーーッ!!」と叫んだ。


「君はどこから入ってきたんだい?」


 洞窟の件でゼリィには言葉が通じる事を知っていたので、優兎は話しかけてみた。案の定意味を理解してくれたようだ。ゼリィはニコリと笑うと、ドアの方を指差し、自分の体から一枚の紙切れを差し出した。


(なるほど、郵便受けから入って来たって事か。――んで、この紙切れは?)


 赤い汁――血……ではなさそうだ――が滴る紙切れをじっと見ていると、それが小さく折り畳まれている事に気付いた。親指と人差し指でつまんで広げてみると、なんとそれはこの学校内の地図だったのだ! 教室や移動の際によく使っていたので、間違いない。一体これをどこで手に入れたのだろう。


「もしかしてこれ、僕の?」


 ゼリィに尋ねてみる。するとコクリと頷いた。やっぱりそうかと優兎は()に落ちた。アミダラの家で合成ゼリィを作ってもらった時、ないと気付いていたのだ。後でコピーを貰おうとしていたのだが、それが変わり果てた姿で戻って来るとは……。恐らくは〈シャロット〉の洞窟でゼリィをポケットに入れた際に取られてしまったのだろう。


 優兎が地図を見て苦笑いしていると、ゼリィは「お返しします」とでも言いたげに、両手を生やして上げ下げした。返すって言われてもなあ……。優兎は地図とゼリィを交互に見た。紙はふやけているし、間取りの線や文字は滲んでしまってよく分からない。このままでは使い物にならないだろう。

 しかしいらないと言って返すのも何なので、そのままありがたく貰っておく事にした。乾かせば何とかなるだろうかという期待を胸に。





 只今の時刻、五時三十二分。授業が始まるまで、まだかなり時間がある。優兎は時計から再びゼリィへと目線を移した。


(どうしたもんかなあ、ゼリィ。一匹で、しかも短期間でここに辿り着くには難関が多すぎるし、多分くっついて来たんだろうなーとは思うんだけど……それにしたって、何で僕のところに来たんだろう? 仲間の居場所が分からないから、顔見知りの僕を頼ってきたとか? でもまた〈シャロット(あそこ)〉に行くのもなあ。アッシュ達もきっとこりごりだろうし……だからといって、学校(ここ)に置いておくのもまずいよなあ。可愛いけど、一応野生の魔物だし……)


 考えれば考える程、自分がどうするべきなのか分からなくなってくる。頭の中がごちゃごちゃしてきた。ゼリィもいろいろと頭を悩ませている優兎を見て、不安になっているようだった。


 このまま頭の中で思考を巡らせても収拾がつかない。優兎は机へ向かい、そのまま立った状態で、まずこの後どう行動するかを紙に書いた。



 ①一旦ほりゅー。言い訳を残してひとまずこの場を去る。

 ②学校を休んでシャロットへ。

 ③そうだ、ペットにしよう。



 いやいやいや……。③はダメだろう。何の解決にもなっていない。②も却下だ。自分からねだってここの生徒になったのに、勝手な理由で休んで不真面目だと思われてしまったら、通えなくなるかもしれない。因みに某神様の手を借りる事は論外だ。


(ん、待てよ? ってことは①しか選択肢がないじゃないか! 他に案を考えるんだ僕の頭ぁっ!)


 ちょっと考えたが、やはり①の案しか思い付かない。頭を抱える優兎を、ゼリィは心配そうな表情をして近付いてきた。慌てた優兎は、とっさに思い付いた言い訳を言い放つ。


「あ、えっと……。ちょ、ちょっと外の空気を吸ってくる! 大人しくこの部屋で待っててね!」


 片手を前に突き出して背を向けると、優兎はゼリィを置いて部屋の外へ飛び出していった。


 バタンッ!


(ハァーーー……)


 優兎は部屋のドアを背にして、がっくりと肩を落とす。とりあえず部屋からは出られた。今日という日はこれからだというのに、どっと疲れが出たような気がする。

 廊下には誰もいない。まだ早いので、みんな寝ているに違いない。常駐や寮生活なら尚の事だ。


(さて、これからどうするか……。人気のない所でじっくり考えてみようか)


 こうして優兎はなるべく音を立てぬよう、静かに部屋を離れた。そして魔法台に乗る。目指すは一階。危険なので、一人で学校の外へふらふら出歩くなんて事はしない。けれども校内の中央部に位置する中庭なら、外と直接通じている。彼は本当に外の空気を吸いに行こうか、なんて考えていた。小説の内容が行き詰まった時、散歩で気分転換する事もあったのだ。心を落ち着かせれば何かいいアイデアでも思い付くだろう。


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