1・合成ゼリィ②
月の姿がはっきりと見られる夜の事。優兎は自室の勉強机に向かっていて、一通の封筒を手にしていた。これはついさっき、小説を書いて過ごしていた最中に届いたものだ。
「一昨日送って、もう返事が来たのか。早いもんだなあ」
送り主の欄には家族三人の名前があった。優兎は手紙を取り出す。
『優兎、元気? 体の方は大丈夫??
あんまりこっちが心配しすぎると、あんたはすーぐ隠して無理しちゃうんだからね。分かってるけど、これだけ距離が離れてるとやっぱり心配せずにはいられなくって。まあ恒例事項だと思ってね。
手紙が来る前、本当は当番制で書こうって決めてたんだけど、今日は全員暇みたいだから三人で送る事にしたわ。魔法界からの手紙ってどんなふうに来るのかしら? って事も話してたんだけど、意外と普通に郵便で届いちゃうのね。考えてみればそりゃそうだって話なのだけれど、空を飛んでくるのかしら!? って期待しちゃうわよねえ?
こっちは手紙書く事くらいしか出来ないけど、無理せず頑張ってね。応援してるわ。』
『優兎元気か? 学校生活はうまくやっていけそうか?
友達が出来たと知って安心した。文面から大丈夫そうだなってのは伝わってきたよ。読んでいたら急に学生時代が懐かしくなったんで、次の同窓会には参加して来ようと思っている。
いつか別れてしまう結果になろうとも、楽しい思い出は残るもんだ。失う事を恐れずに縁はどんどん広げていきなさい。
お前がどんなふうに過ごしているのか、これからも教えて欲しい。楽しみにしている。』
『お兄ちゃんおはよう! 今日はなっちゃんとありさちゃんといっしょに学校に遊びに行くの。だからちょっと早起き。
きのうはちゅん子のためにベッドを用意してあげたんだよ。毛布をおいただけなんだけど、気に入ってくれたみたい。鳥だから同じ鳥のもようのものを用意したの。女の人も書いてあるけど、これお兄ちゃんのだっけ? お返事ください♪』
読み終わる頃には自然と微笑んでいた。早速優兎は返事を書く事に。
『母さんへ。手紙は別に時間がある時に書けばいいよ。短くてもいい。誰か一人でももらえるだけでうれしい。
あと、たぶん僕も同じ予想をすると思う。こっちでは手紙が鳥になって空を飛んでるから間違いではないよ。見せてあげたいな。おみやげに一つもらっていいか聞いてみようかな?
体調の方は今のところ何ともないよ。うまくいった事も失敗もふくめて、魔法をたくさん使っているおかげかもしれない。それでも何もなくても週に一度は先生に見てもらうつもりだよ。明日行こうと思ってる。だから心配しないで。』
『父さんへ。僕は元気。
昨日は学校の宿題で、合成ゼリィっていう接着剤やつなぎみたいなものを用意する事になったんだけど、いろいろあってその素材である魔物を友達と一緒につかまえることになったんだ。ゼリーみたいにプルプルしていて可愛い生き物。結局逃がしちゃったけど、でもクモの魔女みたいなヒトのおかげで合成ゼリィを増やしてもらったから何とかなりそう。
それから洞窟探検もした。肝が冷えるような体験もしたけど、おかげで魔法がちょっとだけ使えるようになった。
毎日じゅうじつしてるよ。ありがとう。』
『瑠奈らしいお手紙ありがとう。今さらだけど、出かける時はしつこく話しかけてくる人や車には気をつけるんだぞ。
毛布の事だけども、それ鳥じゃないからな! ミカエル(天使)だから! フェニックス柄はベッドの下の引き出しに入ってるから、そっちを使って! 何かもやっとする!
まあでもいつも通りみたいでよかった。ちゅん子にもよろしくね。』
書き終わった手紙を封筒に入れて、地球向けだという表示マークのシーリングスタンプを選んで押す。ふうっと息をついた。明日教室に向かう時にポストに入れてくるつもりだ。
パチッと机の明かりを消して、優兎はベッドに向かう。と、
『ほう。それは貴様の家族への手紙か』
男性の声。
「うわあああああッ!」
いきなり声が聞こえたものだから、優兎はビックリしてベッドに飛び乗り、枕を盾に構えた。
『何だ、人間というのは返事をする前に奇怪な動きをするものなのだな』
実に滑稽だと声はせせら笑った。
最初は幽霊だと思った。が、落ち着いてくると、その皮肉めいた声は聞き覚えのあるものだった。
「なんだ、ユニじゃないか! 焦ったなあもう」
『そうだ。まさか声を掛けただけで飛び上がるとはな。心臓一つで足りるのか甚だ疑問だ。ノミで良ければ移植してみるか?』
「大きなお世話だよ」 優兎はムスッとする。「姿が見えないけど、どこから話しかけてるの?」
『貴様と出会った場所だ。どれだけ離れていようが、ボクらは繋がっているからな。これしきの事は分け身を通さんでも容易い』
ユニの声が頭の中に響く。へえ、凄いなあ。
「あ、そうだユニ。〈シャロット〉の洞窟での件以来、僕の両目がユニみたいな青色になっちゃったんだ。アッシュとジールに聞いても知らないって言うんだけど、これももしかして繋がってるから?」
『まあそうだろうな。かつてのオラクルもそうだった。目にしたものを共有出来るが、殆ど一方的なものだ。せいぜいボクを楽しませてくれ?』
「勝手だなあ。――って、もしかして手紙の内容も見た!? 恥ずかしいからやめてほしいんだけど!」
『神にそれを言うか? クックック』
うっ確かに。これはやめてくれないやつだと悟った優兎は、ガクッと肩を落とした。
「しゃ、〈シャロット〉と言えば、例の紫の服を着た女の子はどうなったの?」
『転換を測ったな?』
「殺しては……いないよね?」
『貴様を生け捕りにしようとしていたのに、奴の身を案じるのか。第一、仕掛けてきたのは小娘の方だ』
「そうなんだけど……でもあまりに圧倒的な差だったし、あの雰囲気から、ユニは容赦しなさそうだと思って」
『いっそ偽善である方が清々しいものを。そのような甘い考えでこの世界に長居するつもりか』
「……」
『……チッ。戻ってきた頃には小娘の姿はなかった。ボクは無差別な殺しはしない。崇められる対象としての自覚はあるからな。そこらの奴らが良しとしない事はボクもしない。これで満足か』
「うん」
優兎は安心した。思い描いていた神様像とあまりにもかけ離れていて落胆したが、そういったポリシーがあるのならまだ神様として見れる気がした。
しかし次いで〈シャロット〉の〈古代遺跡〉について問うと、またしても不穏な空気に。
「洞窟内にたくさんの人骨が集中しているところがあった。あれって残骸と化した建物と関係はある? ユニはあの人達に何があったか知ってる?」
『ずっと引っかかっていたようだな? ――一口に言って、単に争いという荒波に揉まれただけのこと。奴らは神であるボクの住処であれば、救済を得られると踏んだ。しかし人体に影響が出る為に、本体のある場所までは行けず、あの場に留まった。そうして奴らは残らず死んだのだ。懇願の類いをくどくどと吐いていたが、ボクはそれらを聞き入れてやる気など毛頭なかった。教会やら賭博場やらに分け身を飛ばす事で、やっとサウンドエフェクトとして聞いてやってもいいと好意的に受け取れるようになったものだ』
「何で助けなかったの?」
『なぜ助けなければならない』
「だって、その人達はユニを頼ってきたんだよね」
『それがどうした』
「……本当に光の神様?」
『まさしくそうであると言ったはずだが』
優兎は腹が煮え立つのを感じた。
「何でだよ! さっき良しとしない事はしないって言ってたじゃないか!」
『見殺しは別だ。唆す事も吝かではない。都合のいい事に、貴様らは神託と捕えるのでな。一様に頭のイカレた気色悪い奴で納得する』
「そんな……」
『直接手を汚す事はしないというだけだ。抗う力を持てなかったが故であり、ボクに責任を問うのはナンセンスというもの。――そもそも振って湧いたような輩が何人死のうが、絶滅しようが知った事ではない。寧ろ死は暇つぶしに色を添えるエンターテイメントの一環であると考えている。人の数だけ物語があると言うではないか? 本棚に仕舞ってやる事は極めて稀だが、同じ読書好きとして、親近感が湧いてくるだろう? フフ』
クスクスと悪魔の笑い声が響く。こんな慈悲の欠片もない奴がこの世界の神様をやっているだなんて……。優兎は寒気がした。
『フン。勝手な幻想を抱いて、想像通りでなければ邪神と見なすか貴様。ボクは無限なる生に楽しみを見出しているだけだというに。名をつけるのが得意な種族のくせに『神様』などと、所詮薄っぺらな信仰心しか持たぬくせに』
「そ、それは……――そうだよ。ああそうさ、誰に対しても分け隔てなく温もりを与えて見守ってくれるような、太陽のような存在だと思ってたよ。ユニの言葉で無茶苦茶言ってるって思えてきたけど、でも有限な命を持つ僕にとって、死に行く様を見て楽しむお前は邪神だ……!」
一人しかいない静かな部屋に、優兎の怒声が響き渡る。枕カバーをぎゅっと握り締めて、ハァッ、ハァッと息を荒げた。
『フッ。まあ、ボクに対して吠える威勢のある事は結構だ。こうでなくては面白くない』
高ぶる優兎に対し、ユニは余裕の物言いだ。
『だが、そろそろ貴様の相手をするのに疲れた。話は終わりだ。落ちるがいい』
「は? ちょっまだ――へぶッ!?」
突如として優兎の真上に透き通った入れ物が現れ、頭に落下。「物理……ッ」と言い残すと、優兎はバタン! と仰向けにベッドの上に倒れた。
優兎の意識が遠のいていくのを感じ取ると、ユニは恐ろしく冷え切った声でボソリと吐き捨てた。
『ゴミ虫め』
——1・合成ゼリィ 終——




