6・忍び寄る影②
優兎の記憶に残る学校内の食事所といえば、教室。机をくっつけあって、おしゃべりを楽しみながら給食を食べたものだ。
しかしこの学校の食堂というのは、教室の規模の比ではなかった。縦長のその場所はとても広く、一番奥にいる人の顔がのっぺらぼうに見えるくらいだ。テーブルは八人が着席出来る大きさのものが三つくっついて一つの塊となり、ずらーっと並んでいる。
食堂の真向かいには食事を作る場所と、カウンターがある。エプロンをつけた人達がせっせとテーブルの中心に食べ物を運んでいた。
「僕、いいのかなあ、ここにいて。夕食は部屋に運んで来てくれるって話なんだけど……」
壁際の適当な席を選んで、優兎はしぶしぶアッシュの隣りに座る。斜め前、中央の席にはミントとカルラが他の女の子達と一緒にいるのが見えた。ミントはその子らとおしゃべりして盛り上がっているが、カルラは参加せずにじっとしていた。
「いいんだよ。お前に夕食運ぶよう頼まれたのって、オレだしな」
「え!?」
「部屋に手紙が届いてたんだ。その辺の雑務を頼まれんのは、オレらかミント達だ。あと同じクラスになった縁も兼ねてるか。ははっ! 手間が減って楽チンだぜ」
「同じクラス!? それって本当?」
「嘘じゃねえよ。オレの口からついでに伝えといてくれってよ」
その言葉を聞いて、優兎は心の底からホッとした。きっとリブラが手紙で優兎の意志を伝えてくれたのだろう。心の中でそっとリブラに感謝した。
「ジールやミントに任せず、オレに回したって事は、まあ面倒見てやれってことなんだろうな。校長の考えそうな事だ」
「実際はもっと早い段階から接触することになったけどね」
「ああ、言われる前に事を終えているオレはすげーってこった。――ってなわけで、たった今からお前をオレの第二子分に任命するからな」
「ぶほっ!」
優兎は目の前に運ばれた食事にかからぬよう、手で押さえ込んで吹き出した。
「だ、第二子分?」
「第一は俺ね。同じく勝手に決めつけられたんだけど。アニキ、優兎は客人扱いでもあるって事忘れないでよね」
「おう、分かってるつもりだ」
「つもり……」
話しているうちに、食堂内は人々の声や鳴き声なんかで溢れるようになった。周りを見渡すと、誰も彼もが楽しそうに笑っている。
やがて、テーブルの中央に様々な料理が運ばれてきた。切り分けられたパンが入ったカゴに、三種の肉と魚料理、温野菜の入ったボウル、調理法の異なるじゃがいも料理に目玉焼きの山、果物の盛り合わせ、パイやケーキといったデザート類などなど。一人一人に野菜スープも配られる。
どれもこれも美味しそうで、香りだけでも心が躍るものだが、不思議なのは皿を取り巻くソース皿や瓶、小坪等がやけに多い事だった。
「皆の者、食事の前にこちらに注目してもらいたい」
校長の声だ。彼は一番前――右手側の舞台の上に立っていた。あんなに賑やかだった食堂が突如静まり返る。
校長は蓄音機のような形の拡声器の前で、コホンと咳払いをする。
「ふむ、まずは滞りなく時間内に集合してくれた事、感謝しよう。今日集まってもらったのは、終戦記念日、並びに一人の新入生を迎い入れることになったからじゃ」
ああ、これ僕の事だ。優兎は少し嬉しくなった。アッシュとジールは隣りで二ヤついている。
「では、その新入生に自己紹介をしてもらいたい。優兎君、壇上へ上がってきてくれ」
パラパラと拍手の音が降ってくる。なんだって、自己紹介?みんなの前で!?
「ほら、行けよ新入生」
アッシュは肘でつっついた。ええ……本当にやるの?
ぎこちない動作で優兎は席から立ち上がった。拍手が体をカッカと熱くさせる。
送り出した後、ジールはアッシュに耳打ちする。
「きっと優兎をここへ連れてくるだろうって読んでたんだろうね、アニキ?」
「ったく、いい気分に浸らせときゃあいいものを」
アッシュは口元をひん曲げた。
「恒例儀式じゃ。名前と、少しの挨拶だけで良い。なるべく大きな声で頼むぞい」
「は、は、はい」
こちらの方でも囁きが交わされていた。校長は後ろへ退き、優兎は前に立つ。
目の前には顔、顔、顔。生徒達の顔がこちらに向いている。食事前なせいもあり、尚更だ。思い出の中の全校生徒数よりは少ないが、大勢の注目の的になったのは、優兎にとって初めての経験だった。
「え、ええっと、てる……あ、ちがっ、ユウト・テルアキです!」
次に挨拶……。まとめるより先に口が動いた。
「ぼ、僕、魔法界に来るのは初めてなんです。だから、いろいろとお世話になります。よろしくお願いします!」
礼をする。カタコトだったが、精一杯を出し切った。空っぽになった後に注ぎ込んでくる拍手の雨は、少し気持ちよかった。
「良い挨拶だったの、ご苦労じゃった。彼の部屋は六階じゃ。こちらの不手際で客室を貸しておる。是非とも仲良くしてあげて欲しい」
もう戻っていいぞという手振りを受けて、優兎は席に戻った。
食事開始の合図が出ると、食堂は一気に賑やかになった。喋り声と食器に手を付ける音で満たされる。
優兎はとりあえずと食パンに手を伸ばす。すると横でもう別のパンがなくなり、職員のおばさんが空のカゴを取りにきた。そして同じパンが焼きたての状態で提供される。
「みんな、結構食欲が旺盛なんだなあ」
今度は厚切り肉の皿が空になり、驚く。早く食べなきゃいけないのかと思ったが、どんどん同じものが追加されていくので心配はなさそうである。
「そう? まあ魔力の回復って意味では、食事は重要視されてるとこはあるかもね。手っ取り早く回復する方法が食べ物の摂取なわけだから」 ジールは温野菜を小皿に盛りながら言う。
「あ、魔力が染み込んでるから?」
「そういうこと。魔力を吸い込んだ畑から取れた野菜や穀物には、そのまま魔力の一部が移る。魔力を含んだ空気や牧草を食べた家畜にも、魔力が溜め込まれるってわけ。密度が高かったり、体積の大きいものがメイン料理になるのは筋が通ってるわけだ。――どう? 優兎。他にも地球の食事と何か変わったとこある?」
「そうだなあ、見た事ない野菜や果物も勿論あるけど……」
優兎は料理の周りに置かれているものに注目した。
「用意されてる調味料やソースの種類が多いかな。ずっと気になってた」
「ふーん。そっちがどうかは知らないけど、調味料の消費量は多いかもしれないね。調味料だけを取り扱ったお店もあるくらいだよ」
「基本、何にでも?」
「個人によるね。ドバドバぶっかけるのが好きだったり、ちょっと足すのが好きだったり。専用の調味料を持ち歩く人もいる。お気に入りのものさえあれば、知らない土地のものでも匂いがキツいものでも、食べやすくなるしね」
「こっちに通ずるものはあるけど……なるほど、魔力回復に重きを置いてるからこその考え方だね」
「優兎も好きな味とか見つけた方がいいよ。これなんか比較的好き嫌い別れない方なんだけど、どう?」
ジールは目の前にあった瓶を勧めた。クリーム状のもので、ほのかな黄色に濃いオレンジが混ざっている。
パンにでも料理にでも何でも合うらしい。優兎はパンにべったり塗り付けて食べてみた。
「うん、美味しい!」
ホワイトソースベースにバターの香りを引き立たせたような味がした。多分、目玉焼きと合わせてもいけるはず。早速両面の焼かれた目玉焼きをパンに乗せて食べると、より美味しさが増した。白身や端のカリカリ部分ともマッチしている!
目の前の生徒や隣りを見ると、サンドイッチ風に仕立てたり、スープに調味料を加えたり、ひたすら魚のパイばかり選んで、そのまま頬張っている生徒もいるので、あまりお行儀の良い悪いというのはなさそうだ。
ということで、別のソースにも手を付けてみる。無難にケチャップっぽいのを端っこにちょんと。……うわっ! 結構辛い~~――けどいける! すぐに引っ込む辛さだ。先ほどのソースと合わせると、更に味のバリエーションが広がる事だろう。
「優兎、肉とかはどうなんだ? 肉! 何か違うとこあるか?」
アッシュはチキンレッグを咥えながら言った。ジールは「飲み込んでからしゃべりなよ」と呆れる。
「うーん、形のハッキリとしたものが多いような? あとは……野菜でも魚でも、レアや生のものが少ない?」
「生の魚? おいおい勘弁してくれよ」
「ははは、この世界でもそういう認識かあ~」
「いや待て? 確か海に近い町なんかは生魚も食ってたよーな……。オレには理解出来ないがな」
「へえ! 興味あるなあ」
この後も、故郷との違いに目を向けたり、先入観に裏切られながらも食事を楽しむ。普段はご飯一杯とメインだけでも足りるのに、今日はするすると入ってしまったらしい。大きくカットされた果物やクリームたっぷりのケーキにも手を付けた。
やがて、優兎はお腹がいっぱいになった。辺りを見ると、席を立って帰り始めている人もいる。どうやら食事終了の号令はないみたいだ。
アッシュとジールはまだおかわりをするつもりらしい。優兎は二人を待たずに部屋へ戻ることにして、皿を片付け始めた。
「優兎、戻る気なら、七階の『郵便屋』で明日の授業連絡の予定表貰ってこい。九時にはそこへ届くようになってる」
「予定表を?」
「ああ。お前が生徒になったのは急に決まった事だからな。郵便屋も今日は追加を飛ばしてる暇がないらしい。だから郵便屋で直接貰ってこいと」
「それもアニキの仕事? いろんな手間省き過ぎじゃない?」
「ははっ、自分の事は自分でやれってな。――んじゃ、明日な」
「うん、行ってみる。二人共、今日はいろいろありがとう!」
優兎は手を振って、皿をカウンターへ返してから食堂を出た。




