3・虫のいい話③
「いやに難易度の高い依頼だな。てか季節関係なく、五センチ以上の虫なんてそうそう見つかんねえっつうの」
「本当に虫が好きなら、自力で捕まえてるって。それがコレクションの醍醐味でもあるんだから」
「ひょ、ひょっとしたら、依頼主は病気か何かで外に出られない子供なのかも。それなら虫の事を知らないのも、ギルドを頼るのも納得出来ない?」
収穫不良の不満が漏れ出してきたアッシュとジールに、優兎がフォローを入れる場面が出てくるようになった。優兎自身も土汚れを恐れず懸命に探してはいるが、特に依頼主について不信感を抱いているわけではないらしい。どちらかといえば、付き合ってくれている二人に対して申し訳なく思っているようで、「まいったなー」とぼやくのだった。
と、その時、この中で一番の欲張りが閃いた。
「虫だったら、いっそ虫の魔物でもいいんじゃね?」
「虫の魔物? 普通の虫とどう違うの?」優兎は尋ねる。
「魔力の影響でどうかしちまった奴。それなら大抵は巨大化してるから、五センチ以上は見込めるぜ。どうよジール?」
「お金欲しさに、どうかしちまったって評するものを渡すのは問題があるでしょ」
「ダメか。まあ駆除対象をウッキウキで欲しがる奴がいるわけ――」
「なるほど! それは名案だね!」
いた。だが優兎は依頼を引き受けた側であって、書状を出した本人ではないはずなのだが。
アッシュとジールは揃って疑いの目を向ける。何気ない賛同であれば、若干怯む程度に留まるだろうが、「大きいのが好きみたいだし、依頼主も喜ぶと思って……!」と弁明する優兎の慌てふためきぶりは、これまでの経験からいって、その場を切り抜けようとする類いだった。
本来、アッシュの思いつきはただのつぶやきで終わるはずだった。しかし依頼を受けた本人が食いついた事で、彼らは魔物化した虫が出没すると噂になっているスポットーー〈ガルセリオン王国〉の北側に位置する花畑へと足を運ぶ事に。魔法界ではたびたび魔力が泡のように大地から噴き出す『群青バブル』が発生する事があるらしく、それが虫達を魅入らせてしまったらしい。膨大な魔力欲しさに人間がまじないインクに手を出して、魔族に堕ちるのと似ている。
注意喚起の立札をスルーして現場へ赴くと、彩り豊かなコスモス畑の奥地に、枯れて変色した一帯があった。中心地では液状化した地面からプクプクと細かなシャボン玉が舞っていて、周辺には魔力を吸収して二回りほど大きくなった虫達が集まっていた。蝶やトンボは一様に酔っぱらったみたいな無軌道な飛び方をしているし、地表ではアリやバッタなどがシャボン玉をくっつけて駆け回っている。噂通りの異質な光景だ。
「濃度は……問題ねえな」 アッシュは肌に青痕が現れていないかチェックした。「バブルが出てから大分経ってるみたいだな。ここら辺の花畑も、ほっとけばそのうち戻るだろ」
「魔物化した虫も正常に戻る?」と優兎。
「体の表面がボコボコ膨れ上がってやがる。ありゃあもう駆除対象だ。魔法使いみたく、溜め込んだ魔力を発散出来りゃあいいが、普通の虫にはそういう能がねえからな。スモッグが晴れたら、仲間同士で食い合ったり、魔力のある人間を襲ったりするぜ。――おっと、言ったそばからだ」
テリトリーに踏み込んでしまったらしい。フラフラしていた虫達が一斉にエイリアンじみた面構えで凝視し、カチカチギリギリブブブブブ言わせながら特攻して来た折りには、優兎はけたたましい悲鳴を上げた。
とはいえ、多少凶暴化しているといっても、元はただの虫。パニック映画から飛び出してきたかのようなビジュアルに様変わりしていたものの、見た目ほどの脅威はない。石つぶてや軽く魔法でダメージを与えるだけで気絶するので、虫に強いコンビは周辺の清掃でもするような感覚で、目についた虫を片っ端からジール手製の大きなケージに放り込んでいった。
一方で、虫にめっぽう耐性のない優兎はというと。
「ベリィ!コオロギに体当たりだ! 行けえっ!」
「おおっと、切り裂き攻撃か!? ふふっ、そんなの自慢のプルプルボディには効かないぞ! 汁でっぽうをお見舞いだっ!」
優兎の掛け声に合わせて、ベリィが虫の魔物の相手をしていた。最初はケージ片手にうろちょろしていたのだが、ぎょろっとした目玉、うねうね動く細足、乾いた音の羽ばたきにブクブク膨れ上がった胴体、何を考えているのか、どういった動きをするのか底知れない未知さが倍増した対象に精神が削られるわ、いざ捕まえても四苦八苦するわで、非常に効率が悪すぎる。まだベリィの方が地道に一匹ずつ捕まえてくるので、気付いた時にはタッグを組んでいた。
ベリィの攻撃力は、相手を軽く捻るのにうってつけであった。体当たり、圧し掛かり、分身、赤い汁の噴射に加えて、意外と回避にもこなれている。いつも優兎の修行を間近で見ていたおかげだろうか? それとも、俊敏に飛び回るキャロルと遊んでいるからだろうか? 本来のスピード力はないとはいえ、トンボ相手に優兎の体をつたって肩口から飛び掛かった際は、いつの間にこんなに成長したのだと、優兎すらも圧倒されてしまった。




