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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (後編)】
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10・種①

 

 恐怖と哀悼(あいとう)と不可解な謎の渦巻いた出来事から、一晩経った。寝に入る当初は当番制での見張りを予定していて、朝早くから出立するつもりであったが、日が昇っても誰も起きはしなかった。肉体的にも精神的にも皆大変に疲れていたので、優兎(ゆうと)達がとろとろと起き出した頃にはもう昼近くであった。


「そろそろ出発しましょうか」


 ミントは荷物をまとめて声をかけた。優兎とジール、ニーナは反応したが、他の二人は無反応。アッシュとティムはまだ完全には目覚めていないらしく、冷めてしまった朝食の串焼きを手に、船を漕いでいた。


 二人を叩き起こした後、一行は水を補給してぞろぞろと〈置き去りの地〉を出た。強い日差しが寝起きの体に突き刺さる。一番に柵の外に出たニーナは背伸びをすると、くるりとこちらを振り返った。


「んじゃ、私はここいらで失礼します」


「一緒に行かないんだ?」とジール。


「はい。行きの時はリッテの花の事を聞こうと、〈ヘヴランカ〉に寄ったんです。実を言うと、海沿いの近くにも魔法台はあって、聖堂まで直行出来るんですよ。何しろ、〈ハルモニア密林〉には危ない方達がいますから。密かに密林外に作ったみたいですね。皆さんも行きます?」


「いや、ティムを村へ送り届けないと」今度は優兎が言った。


「そうですか。私としても、もっともーっと皆さんと一緒にいたいのですが……あんまり遅くなると、捜索願いを出されかねないので」


 ニーナは寂しそうに笑った。確かにそうだ。中学生にも満たない歳の子が一人で見知らぬ土地を歩くなんて、とんでもない事だ。ましてや連絡手段も持たずに旅をするだなんて、普通ならあってはいけない。ここが異世界だろうと、考え方にさほど変わりはないはず。

 国が子供の独り立ちを早くに許しているところなのか、それとも彼女が特別なのか。――〈ウィンベル〉と言ったっけ。優兎は(あご)に手をやって、一度行ってみたいもんだと思った。


「キリアドローのお姉ちゃん、帰っちゃうんだ」 ティムは肩を震わせた。「こういう時も、泣いていいんだよね? いいんだよね?? ううう……」


「私の為に泣いてくれるんですか? ティムさあああああんっ!」


 ティムとニーナは互いにしっかりと抱き合った。ニーナまで目に涙を浮かべている。


「そうだ、これ、ティムさんにあげます」


 ニーナはリュックサックを下ろして、中から腕輪を取り出した。金の混じった緑ひもで作られた、髪留めのように伸縮性のある腕輪で、金褐色の石が一つ付いていた。


「この石はフォー・チャートです。ティムさん、地の魔法を使えるようになりましたよね? だから力が暴走しちゃわないよう、ルーキーのティムさんにこれをプレゼントします。魔法の扱いに慣れるまで、ずっと付けていて下さいね」


 ニーナは腕輪をティムの右腕に通してあげた。フォー・チャート側はティムの事が気に入ったようで、ピカッと光った。ティムはありがとうと礼を言う。優兎はニヤニヤ笑いながら両側から肩に手を置くアッシュとジールを払った後、ニーナに目を向けた。


 やっぱり、ニーナには本当の事を伝えるべきだ。


「ニーナ、実はずっと黙っていた事があるんだけど……僕ら、ニーナの花探しの依頼を受けて、ここにやって来たんだ」


 優兎はすまなそうな顔をして言った。


「ごめん。今まで隠していて」


 アッシュとジールは仰天した。優兎は金銭絡みで黙っていた事が心苦しくて、モヤモヤしていたので言ってしまったのだ。


 ニーナは突然の告白に目を丸くして、パッと花が開いたように笑った。


「いいえ、そんな……――って事は、私の依頼の紙一枚が、皆さんと引き合わせてくれたって事ですか? うわあ、よかった! 私一人じゃあ、花なんて見つけられませんでしたよ!」


 今度は優兎が驚く番だった。本当にニーナは素直ないい子だ。


「お互い様だよ」


 優兎は手を差し出した。ニーナはニッコリとそれに応じて、握手を交わした。アッシュとジールはまあいいか、という気になって、顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「……けど、せっかくリッテの花を手に入れたのに、このまま捨てるのも勿体無いよね。うーん……よし、俺は親にこの花を贈るとするかな」 ジールは花を眺めながら言った。「アニキと優兎は?」


「僕も、妹にプレゼントって事になるかな。アクセサリーに加工してもらうのも手だよね」


「オレは花には興味ねえからなあ。食ったってうまくねえだろうし、部屋に飾ったところで癒やされるわけねえし……」


 アッシュはちょっと考えて、一番手っ取り早い方法を思い付いた。


「そうだ。ミント、お前にやるよ」


 ――瞬間、優兎とジールの二人は心臓をわしづかみにされたような気分を味わった。ななな、なんてことだ! 火に油を注ぐような事を、この男はさらっとやりよった!


 いきなりの事に、ミント自身も花を見たままポカーンとしていたが、自我を取り戻すと、目付きを鋭くさせて怒鳴った。


「バカアッシュ! 花の意味も知らないで!」


 ミントはそれこそ本当に火がついたように顔を真っ赤に染め上げて、アッシュの花を乱暴に奪い取ると、どこかへ走り去ってしまった。優兎とジール、加えてアッシュも、何が起こったのかさっぱり分からず、呆然としていた。


 ただ一人、ニーナだけはクスクスと笑っていた。


「優兎さん、ジールさん、リッテの花の()()()って知ってます?」


 ニーナは二人だけにしか聞こえない声で囁いた。優兎とジールは首を横に振る。


「花言葉って言うのは、花にそれぞれ意味を持たせたものです。バラなら愛情、クローバーなら幸運といった具合に。同じ種類でも、違う色のものや、枯れたもの・折れたものなど、状態によって意味が変化したり、恐ろしいメッセージになったりするんで、こっそり相手に想いを届ける手段としても都合がいいんですよ」


 ニーナは続ける。


「リッテの花の場合は、三つの条件が揃わないと咲かない事は知っていますよね? この花は、たとえ条件が揃っていても、いずれかが一つでも欠けてしまうとすぐに枯れてしまう、とても弱い花なんです。なので、プレゼントとして誰かに贈るというのは、『こんなふうに綺麗な花を咲かせたい』という意味合いから、こんな言葉が当てられています」


 あなたを

 守りたい。


 優兎とジールがこの後、息が苦しくなるまで大笑いしたのは、言うまでもなかった。





「それじゃあ私、行きますね」


「ニーナちゃん気を付けてね」


「はい、ミントさん。――今度は〈ウィンベル〉にも遊びに来て下さいね! 勇敢なあなた方なら、いつでも大歓迎ですから!」


 ニーナは駆け出して行って、またくるりと後ろを振り返った。


「ジールさん、ティムさん、お元気で! アッシュさん、ミントさん、お幸せに!」


 アッシュとミントは何でこんな奴と! といった抗議の声を上げた。優兎とジールはやっぱり(こら)えきれずに吹き出す。


「それから、シュリープさん――」


 ニーナは言葉を切って叫んだ。


()()()()()()()()()()()()()


「ええ?」


 優兎はキョトンとした。ニーナは構わずにみんなに手を振ると、そのまま行ってしまった。


「気付いてない? どういう事?」


 優兎はジールに助け舟を求めた。ジールはちょっと笑って、逆に尋ねる。


「優兎、覚えてないの? 俺は聞いた時、あれ? って思ったんだけどなあ。――ニーナ、さっき優兎のこと、ちゃんと()()()()って呼んでたんだよ」


 少しの間、ポカンとする優兎。しかし、段々意味が分かってきたようで、「あーーっ!」と声に出した。


「そ、そう言えば、ジールが植物の化身(けしん)だとか聞いてきた時も腕触ってきたし、さっきも普通に握手してきた……!」


「俺が植物の化身? ――まあ、最初は本当に勘違いしてたのかもしれないけど、その様子だと、どうもシュリープじゃないって気付いてたみたいだね」


「勘違いをそのまま信じ通すふりをしてたってことか。ははは! 優兎、してやられたな!」


 アッシュの言葉に、優兎は肩を落とす。優兎の頭の中でも、くっくっくとあざけり笑う声が響いていた。


 五人となった一行は、一夜明かした場所を離れて獣道を進んだ。太陽はさんさんと輝き、辺りには熱気が漂っている。

 一度は通ったはずの道なのに、あまり覚えがなかった。そりゃあそうだ。当てになる看板や建物がないのだから、帰りがラクだなんて事は断じてない。(みき)につけた目印の傷跡も途中で見失い、コンパスの針だけを目安にこっちじゃないか、あっちじゃないかと言い合いながら優兎達は歩いた。


 休憩を挟みつつ歩き回り、茂みをかき分けると、優兎達はようやく見覚えのある風景に出会った。――キリアドローの花畑だった。花畑へと出た場所は行きの時とまるで違っていたが、そんな事はどうでもいい。五人はホッと息をついた。


「ここまで来たら、〈ヘヴランカ〉も近いわね。頑張りましょう」


 ミントは勇気付けた。キリアドローを含める花畑の美しさは昨日たっぷりと堪能したので、長居せずに進む事にした。皆早く帰りたいのだ。


 だが、優兎は見つけてしまった。ドキッと肝を冷やす。……こんなにも疲れている時に、出会いたくなかった。


 花畑に訪れた際に優兎とティムに襲いかかって来た、あの怪物がいたのだ。


 怪物は、木々の間からこちらをじっと見つめていた。優兎以外の者は、誰一人気付いていない様子。怪物はこちらに向かって歩いてきて、日の光を浴びる。優兎はゴクリと(つば)を飲み込み、向こうが攻撃してきた時に対処出来るよう、身構えた。


 しかし驚いた事に、怪物は歩を止めると、牙も向けずにじっと佇んでいた。鋭さのない眼差しと雰囲気から読み取るに、襲いかかる気はないらしい。怪物は左に顔を逸らして、そのままのそのそ歩いて行くと、花の中に頭を突っ込んでもっしゃもっしゃとキリアドローの花を食べ始めた。


 肉食動物のような姿を持つ怪物が花を口に含みながら食事する様は、金の毛髪を持つ人間を食べているかのように見えた。


『貴様らアホ共は人間を食していると勘違いしたようだが、実際はああいう事だったのだ』


(あ、ユニ)


『奴はああ見えて草食だ。歯の作りからしても特徴が見受けられるだろう。――ただ、図体の大きさから肉食の生物によく狙われてな。今では大分数が減った。そうした対策から威嚇の牙骨を生やし、あのような殺戮の好みそうな相貌へと進化したのだ。苔生(こけむ)した(いわお)のように安らかに、まあどこぞの能無しの力無しの、名前の頭に「ゆ」のつくマヌケみたく下手に刺激しなければ、奴は何もしてこないのだ』


(ぐう、うう……)


 知っていたなら、最初から言って欲しいものだ。


『……だが。どうやらそこの()()()()()だけは、食しているのは人間ではないと悟ったようだな』


(出来損ない? ……誰の事言ってるのか知らないけど、みんなの事そうやって見下して呼ぶの、やめてくれないかな)


『無理な相談だな。総じて劣っている者共を見下すのは、頂点に君臨する者に許される特権だ。名前で呼んでやる程の接点もなければ興味もない。――何なら優兎、貴様も出来損ないと呼んでも構わんのだぞ? 仲間と同等の扱いであれば、文句はないだろう? うん?』


(ぐぬぬ……)


 病で死ぬ以前にストレスで死んだらどうしよう、と優兎は思った。嫌だなこんな死因、シャレにならないぞ。


(――あれ?)


 そう言えば、僕の事は「優兎」と普通に呼んでくれるんだな。


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