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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第一章 開花】
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4・異変④

 皆が寝静まった夜。優兎ゆうとは熱に浮かされて目を開けた。顔や手、体が熱い。体内から火が()かれているようだ。熱を逃がそうとして、至る所から汗が流れている。


 優兎は寝そべった状態でペットボトルを探した。汗として流れている分、水分を補給しなくては。枕より上に転がっているペットボトルを探し当て、キャップを(ひね)ると、優兎は零さないように注意を払いながら水を飲んだ。ゆっくりと一口、続けて二口三口。


 夕食の後に計った時は微熱止まりだったのに、また高くなり出したか。優兎は溜息をついた。今度はイスのある方向に手を伸ばし、かけてあるタオルを掴む。優兎はタオルで汗を拭いた。顔や髪の生え際、首回りなどにこすりつけるように拭く。タオルをイスにかけ直すと、また寝に入った。熱のせいで苦労はしたが、()一時間経つとやっと落ち着いたようだった。




 ――白い、光――


 わずかな眩しさに気付いて瞼を開いていくと、暗黒の世界に自分と光が向かい合って浮かんでいる。


(またこの夢か……)


 数ヶ月前からたまに見るようになった夢。何の映像もない、ただ単に闇ばかりの世界に自分と、電池の切れかけみたいな小さな光がぽつんとある。同じ舞台、同じ流れの夢を見る事はそれほど珍しい事でもないが、この夢だけは飛び抜けて見る回数が多かった。


 だが、夢は夢でも、知らない世界を鳥になったように飛び回ったり、馬か何かに乗って風と共に駆け抜ける夢の方が、優兎は断然好きだった。優兎の好みは夢の中にまで反映しているのか、ファンタジー色が強い。現実味のあるものの方がまだマシだと優兎は()()()

 ……いや、どの夢がいいとか比べる前に、この夢は本当に夢であるかどうかも怪しいものだ。感覚がしっかりしていて、自分の脳で考える事の出来る夢なんてあるのだろうか。


「……今日は、出掛ける前まで小説を書いてたんだ」


 優兎はその場に座って突然語り出した。


「滑り出しは好調だったんだけどさ、ドラゴンの鳴き声でネタ切れ起こしちゃって。捻り出すの大変だったんだ。ドラレジェ(「ドラゴン・レジェンド」の通称)からヒントを得て、やっとそれっぽいのを用意出来たよ」


 この夢に当たった時は決まって、こういった独り語りをしている。光を話し相手に見立てて。することがなくて暇なのだ。


 優兎は今日一日の出来事を復習するかのように話し続けた。病院の事、念願のゲームを買ってもらえる事、ちゅん子の事も全部話した。


 しかし、夕飯の献立(こんだて)の感想を言おうとした時だった。突然光は輝きを強めた。


「わっ、まぶしっ!?」


『……』


 初めて見る反応に驚く優兎。光から何か音も漏れ出している。


『……、……』


「え、え?」


『……、ル……、ォ……』


 音と光がどんどん強くなっている。それまで親しげに語りかけていたものに、優兎はゾッとして後退った。男性の声が聞こえる。おかしいな、今まではこんなホラー的な夢ではなかったのに!


『あ……ぁ……、……ぇ……』


 怖い怖い怖い、怖いっ! 耳を塞ぐ動作をしても聞こえてくる!


「どこの誰だか存じませんが、怖いんで静かにしてもらえませんか!?」


 優兎は思い切って叫んだ。すると、ピタッと声は止み――


『うううううるさいわッ! 貴様こそ静かにせんかバカ者ッ!』


 はっきりと言い返してきた。……え? うえええええ?




「僕が怒られるのかい……」


 目を覚ました後、まず最初に発したのがこの言葉だった。夢見が悪い。


 部屋の中はまだ暗いままだった。夜は明けていないらしい。今何時だろうと目覚まし時計を手に取ると、時刻は二時半。深夜だ。


 時計を置くと、優兎は体を起こした。ここで初めて気がついたが、もう熱はすっかり引いていた。体のだるさも感じない。普通だったらおかしく思うものだが、優兎にとっては何度も体験してきた事だったので「ああ、治ったんだ」ぐらいにしか思わなかった。カラカラに干涸びたシートを額から剥がして、ゴミ箱に捨てる。


 パジャマが汗でぐっしょりと濡れている事に気持ち悪さを感じた優兎は、服を着替える事にした。替えのパジャマは勉強机の一番大きな引き出しに入っている。ボタンを外してパジャマを脱ぐと、引き出しから一枚綺麗なのをつかみ取って着替えた。脱いだ方はベッド下のスペースに置いてあるカゴの中に入れて、朝に洗濯に出す事にした。


(せっかく眠れたと思ったのに、また起きちゃったなあ)


 優兎はまいったなーと呟いて、頭をかいた。変な時間に起きてしまったものだ。たっぷりと寝てしまって、眠気はもうない。


 電気をつけて、眠気を取り戻すまで小説でも書いていようか。そう思った優兎は、台を引っ張り出そうと手を掛けた。その時、外の方から声を耳にした。


「イブ・デクリケート・アッジェリラアアッ!!」


 虚空(こくう)に向かって吠える声。優兎はビクッと心を震わせた。何だ、今のは。


 急いで窓の方へと向かう。身を隠すようにしながらそっと外を覗くと、家々を挟んだ通り道に、二つの人影を見た。一つは岩の(かたまり)のように大きく、もう一つは普通の人間サイズだ。


「デグ・ダビデリオーシュ・イディファイトッ!」


 バシッ! と人らしき影の方が、もう一人の背中を叩く。巨人は身を縮めた。言葉は分からないが、「うるさい!」みたいな事を言ったのだろうか?


『いい線いっているな。奴は「黙れ! 大人しくしないと肉骨粉(にくこっぷん)にしてその辺にバラまいてやるぞ!」と言っておったのだ』


「!」


 自分の疑問に答える声が頭の中から響いてきたので、優兎はまたもや心臓を飛び上がらせる事になった。


「だ、誰……?」


 優兎は(おび)えながら言った。辺りを見渡すが、自分以外の人のいる気配は感じられない。


『幾ら探しても無駄だぞ。ボクは別の場所にいる。いないものは()()()()


「え? いるって?」 姿を現さない相手に、優兎は眉間にしわを寄せる。


『ん? 間違えたか。――チッ、貴様の国は似たかよったかの言葉が多くていけないな』


 声は面倒くさそうに言った。そして何か言おうとした息づかいが聞こえた後、ぷつんと会話は途切れてしまった。妙な静けさが空間を支配する。


(何だったんだ、さっきのは)


 幽霊か、それとも妖精か。後者は冗談だが、霊にしたって鼻につく喋り方の男性に、恨まれる事をした覚えはないのだが。


 そういえば、夢の中で逆ギレされた声と、似ていたような気がする。


 いもしない存在について頭を働かせる。と、夜の静けさを打ち破る騒音で、ハッと我に返った。ワンワンキャンキャン吠える声。ここら一帯の野外で飼われている犬達が、一斉に吠え出したのだ。


 こんなことは初めてだ。優兎は再び窓の外を盗み見た。道に沿うように建てられた外灯が、夜の色に紛れていた人影の姿を捉える。二人組は揃って、すっぽりと身を隠してしまえるだけの、黒いフード付きマントを(まと)っている。犬達は彼らに対して攻撃的な声を放っているらしかった。犬に嫌われる特異を持っているのか、あるいは動物にしか分からない、危険な香りを漂わせているのか。巨人の方はイラついたように、足を踏み鳴らした。


 ドンッ!


「ラ・テペストジェェェェェガッ!」


 一歩一歩に重みを感じさせる足取りで、巨人は一軒の家に近付いた。その家には大型犬がいて、他の犬達の例に漏れず、力いっぱい吠えかけ回ったり、鉄柵をひっかいたりしていた。巨人は体躯(たいく)にそぐわない脚力で地面を蹴ると、高い鉄柵の上に降り立って飛び降り、犬の尻尾を引っ掴んで、また柵の上に戻った。


 空を掻くようにして巨人の手から逃れようとする犬。巨人は暴れる犬の様子が周りにも見えるように掲げた。瞬間、耳に痛い合唱がピタリと収まる。緊迫した空気、浮かんでくる悪い予感に、優兎の心臓は早まった。これ以上見てはいけない、見てはいけない! と脳が危険信号を送る。


 巨人が更に腕を上げた時、優兎は耐えきれなくなって身を(かが)めた。吊るされた犬は、最後の最後まで吠え続けた。


 次の瞬間、巨人は犬の腹を食いちぎった。


 骨を噛み潰す音と唾液の織りなす音が窓の外の世界を満たしている最中、優兎は縮こまって震えていた。怖い、怖い! あの人達は何者なんだ!? 殺人鬼? 通り魔? 怖い、怖い、怖いッ! 車内から見る過ぎ去りし景色のように、様々な憶測が駆け巡っては消えた。


 恐いもの見たさで顔を覗かせると、もうすでに巨人の手に魂の失せた亡骸はなく、元の場所へ投げ捨てた後だった。仲間があんな目にあって尚、吠える勇気のあるものはいない。どの犬も優兎と同じく萎縮(いしゅく)してしまって、すっかり怯えていた。巨人は別に飢えていてあんなに酷い事をしたのではない。黙らないとこいつと同じ目にあわせてやる、という見せしめの意味合いがあったのだと、優兎は悟った。


 巨人の足元に血だまりが広がっている。黒装束(くろしょうぞく)の二人組は、血だまりなんてありはしないかのように歩き始めた。地面に足形の赤いはんが押されていく。……まずいな、このまま彼らを放っておくわけにはいかない。優兎は焦った。気付けばチラホラと家に明かりがつき始めている。一連の騒ぎで、住人達が目を覚ましたのだろう。大変だ。もし窓の外を見て彼らに気付かれでもしたら、また新たな犠牲者が出るかもしれない!


 警察に通報するべきかと本気で考えていると、二人組はまたごにょごにょとわけの分からない言葉で話し始めた。優兎は会話に耳を傾けたが、途中で到底無理だろうと理解を諦めた。


 だが、例の声の主はしっかりと聞き取っていた。


『「どうす……、人間共が……したぞ」、「いいわ、……の場所……分かってる。……、ぶち壊し……」』


 途切れ途切れだ。さっきより声量も小さい。


『「あそこでい……な?」、「そう。終わった……ねの上をとん……」』


「ちょっと! 通訳してくれる気があるなら、もうちょっとはっきり言ってくれませんか!?」


 優兎は頼んだ。すると月の光が遮断されて、辺りが暗くなった。窓を覆い尽くす人影。優兎は目を見開いた。


『「見つけた」』


 声ははっきりと、イラ立った様子で言った。


『逃げぬのか? 捕まるぞ貴様』


 ガッシャーンッ! というガラスの盛大に割れる音。頬を上げて笑う巨人。


 美しく(きら)めくガラスの破片を被った後、()いで脳天に激しい衝撃を食らった。優兎は自分が殴られたとも気付かずに、意識を失って倒れた。



——4・異変 終——


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