餌付けしたら美味しく食べられました
わたし、葉鳥ことりが美少年勇者・クロヴィス君と導きの大魔法使い・アルヴァルティカの食のお世話をするようになり、早いもので3年が経った。
アルヴァルティカの錬金術さながらな株投資により十分な食費という名の軍資金を得たわたしは、生活に大変ゆとりが出た。
嫌な上司に、一言多い同期、難癖の多い客や同業者と無理に関わり、心身をすり減らしながら働く必要がなくなった。そうつまり、給料は大幅に減るが、短時間で、定時退社もなく、職場の雰囲気のよい会社に転職して悠々自適な生活を送れるようになった。
スーパーの夕方のセールに合わせて帰宅し、3人分の食事を作って、クロヴィス君とアルヴァルティカがわたしの世界に来るのを夕ご飯を作りながら待つ日々。
最初はレシピ通りにならなかったり、料理と呼ぶのも申し訳ないレベルのものを作ったりもしたが、美少年クロヴィス君は何を食べても美味しいと淡く微笑んでくれた。
その隣でアルヴァルティカは容赦なくまずいと言い放ってきたので、そのたびにクロヴィス君の聖剣を借りてスキンヘッドを叩いた。奴は頑丈なのでそれくらいでは死なないので問題ない。
毎晩光とともにクロヴィス君たちは現れた。
特にお腹を空かせていたクロヴィス君のために、苦手な料理を一生懸命作って、食卓を囲んだ。
テレビで見て思い出しながら作ったなんちゃらおにぎりからはじまり。
具の少ない味噌汁。
煮汁のあまり染みてない煮魚。
ニンジンが硬い野菜炒め。
殻がすこし入った玉子焼き。
久々に足を延ばした商店街のお肉屋さんで買った良い牛肉のすきやき。
土曜日に母がよく作ってくれたチョコレートが隠し味の思い出のカレー。
寒い冬の日のポトフ。
なにかしら失敗していた料理がきちんと作れるようになった頃。
わたしの料理の上達に反比例するかのように頻度が減り、ついにクロヴィス君たちはわたしのマンションに夕ご飯を食べるために現れなくなった。
それでもいつふたりが来てもいいように一人で食べるには多い量の食事を作って待っていた。
夕飯の余りを朝に温めなおして食べたり、弁当箱に詰めて職場に持っていると、新しい職場の営業のイケメン―――斎藤さんに見られて一口あげたことをきっかけにアプローチされるようになった。
(え、モテ期?モテ期ちゃった??こんなご飯作ってるだけで!?)
と浮かれて休日デートをしてみたり、早上がりしましたとさわやかな笑みの斎藤さんと仕事終わりに夕飯をいっしょに食べたりしていたら―――。
「ぼくの、ことりに、手を、出さないで」
1年ぶりのクロヴィス君が美少年から、美青年に進化していた。
さらに一度もわたしのマンションから出たことがないのに、その日に限って雰囲気のよいレストランの個室に、ウェイターと入れ替わるようにしてシンプルなシャツとズボンを着た色気たっぷりなクロヴィス君が入ってきた。
クロヴィス君の美貌と存在の異質さを本能的に感じ取ったのか。
斎藤さんは席を立って、クロヴィス君に抗議しかけ、その場に崩れ落ちた。
「困りますよ~他の男に現を抜かすなんて~。貴女は勇者殿の聖女なんですから、ね★ほうら、勇者殿も抑えて、抑えて。見たところ聖女殿にまだ唾はつけられてないようですから」
グウンと空間が歪む音がして、あちらの世界の魔法使いらしい服装をしたスキンヘッドのアルヴァルティカが現れた。杖を斎藤さんに向けていたので、犯人はアルヴァルティカ。
ハイライトの消えた青い瞳でじーーーっとわたしを凝視して動かないクロヴィス君の背中を軽い調子で叩く。
「……ことり。ぼくの、聖女。ことりに早く、会いたいから、ぼく、がんばった」
倒れた斎藤さんを長い脚で跨いで越えて、クロヴィス君が座ったままのわたしを抱きしめた。
「どういうこと!?クロヴィス君、アルヴァルティカどっちでもいいから説明してよ」
「どうと言われましても―――」
立ち上がってアルヴァルティカのほうを見ようとすれば、ぎゅうぎゅうと余計強く抱きしめられて視界をクロヴィス君自身で隠される。
わたしたちの様子にアルヴァルティカが苦笑したような気配で、簡単に説明してくれる。
曰く、わたしとクロヴィス君の世界は時間の流れが違う。
クロヴィス君の聖女であるわたしの手料理を定期的に食べた結果、すくすくと成長し、勇者としての力もどんどんアップした。
クロヴィス君の世界にいる魔素の塊が意思をもった者――いわゆる今代の魔王を倒せば、何の気兼ねなくわたしの世界に来れるよとアルヴァルティカが零したものだからクロヴィス君は死ぬほど頑張ったらしい。
不真面目な大魔法使いであるアルヴァルティカが根を上げるペースで旅路を進め、向こうの世界で3年で討伐した。
本当はすぐにこちらの世界に来るはずだったが、勇者の活躍を労う妖精の女王の慰労を受けたので、さらに時が進み、クロヴィス君は立派な青年になってしまったという。
「今思えば勇者殿は貴女に見合うように早く大きくなりたいと事あるごとにつぶやいてましたから。妖精の女王はその願いを叶えるために引き止めたのかもしれませんね★」
妖精の世界はクロヴィス君の世界の中でも一段と時の流れが速いらしい。
「しれませんね★、じゃないですよ。急にそんなこと言われても」
「ことり」
クロヴィス君がわたしの身体を離し、レストランの床に両膝をついて目線を合わせる。
「ことりの中では、ぼくは、まだ小さなぼくかも、しれない。でも本気だから。ことりに好きになってもらえるように、ぼく、がんばる」
「クロヴィス君……」
クロヴィス君の気品あるサファイアの瞳に真っ直ぐと見つめられ、口説かれる。
美少年だったクロヴィス君。大人になってさらなる色気を加わり、精悍さも増した。
個室のムーディーな照明に照らされ、クロヴィス君の銀髪があやしく輝く。
「……わたし、彼氏や旦那さんにも料理作ってほしいタイプなの。クロヴィス君の世界ではどうか知らないけれど、わたしの世界では男の人も家事するから」
穴が開きそうなほど見つめられて、まともにクロヴィス君の顔が見れない。
「うん……?」
ぽそぽそと早口で言えば、クロヴィス君が首をかしげてさらりと銀髪が揺れる。
「勇者殿!聖女殿はチャンスをくれてるんですよ!平たく言うと、料理できる旦那様が好き♡あうちっ」
外野が余計なことを言うな。
おしぼりをなげつければ、アルヴァルティカの顔面にヒットする。
「本当…?ことり、アルヴァルティカの言ってることは、正しい……?」
「うっ」
きらきらきらとまぶしいくらいにクロヴィス君の青い瞳が輝いた。
顔が良い男はなにをしても綺麗だ。
でもほんの1年前まで中学生男子ほどだったクロヴィス君に、あっさり絆されかけているなんて社会人として許せない自分がいる。
たとえ、今が美青年でもだ。
「それはクロヴィス君が実践して確かめてみてよ。勇者なら料理くらい簡単よね?」
だから、素直に答えることなんてできない。
つんと唇を尖らせてそういえば、クロヴィス君がぽわわわと嬉しそうなオーラを出す。
「できる。ぼくも、ずっと、ことりにご飯作って食べてほしいって思ってた」
「ふ、ふうん?」
純真なクロヴィス君の言葉に嘘はなく―――。
アルヴァルティカの大魔法使いパワーでわたしのマンションの隣を買ったクロヴィス君。
仕事終わりのわたしを迎えに来て、いっしょにスーパーに買い物に行って、その日の晩御飯を相談して決めて。
アルヴァルティカはあちらとこちらの世界を行き来し、時々様子を見に来ては、こちらの世界に不慣れなクロヴィス君をサポートしてくれた。
そうこうしている間に夜だけでなく、朝も、昼も休みの日は一緒にいるようになって。
どんどんクロヴィス君といることが当たり前の生活に変わった。
「ことりのひもは、いや」とアルヴァルティカから教わったろくでもない言葉を口にし、クロヴィス君はお金稼ぎも始めた。アルヴァルティカが振り込んでもらったお金があるから大丈夫と言ったのだが、クロヴィス君はその美貌を生かして、モデル。さらにインタビューをきっかけに運動神経が良いこともメディアに知れ渡り、体育会系のテレビに出たり。テレビ番組の露出をきっかけに女性ファンが多くつくも、愛する女性がいると硬派な姿勢を貫き、それがまたウケて、どんどんわたしの外堀が埋められて。
人の機微に疎い生活を送ってきたクロヴィス君は優しかった。
優しくて、わたしが良いというまではと、決定的な一歩は踏み出さなくて。
ある晩、仕事の疲れもあって深酒したわたしがクロヴィス君に詰め寄ったのをきっかけに、わたしたちの立場は逆転した。
「ことりが作ってくれるごはんも、ことりのぜんぶが、好き」
クロヴィス君に馬乗りになっていたはずが、逆にベッドに押し倒されて。
そうしてわたし自身が、クロヴィス君に美味しく食べられる立場になってしまったのだった。




