出会いはテレビで観たなんちゃらおにぎりとともに
お盆前飲み屋にて。会社の同期の結婚祝いも兼ねた暑気払いだった。
飲み屋特有の煙るような室内と、雑多な騒音をBGMに、4000円のコース、飲み放題を楽しんでいた。
「葉鳥~。お前もさっさと彼氏見つけろよ~!仕事から帰ってきてさ、嫁の手料理があって帰りを待っててくれるってマジ最高だから!」
営業に配属された同期は一時期、仕事が上手くいかなくて死にそうなくらいやつれてた。
そんな時、カフェで働いている今のお嫁さんに出会って、笑顔と料理の腕にがっつりやられたらしい。
付き合いだして、同棲を始めてから、毎日お昼は彼女の手料理。
部長の奥さんは朝が苦手な人らしくて、わたしと、かつては同期と同じく食堂仲間だった。一抜けした裏切り者にも心優しい部長は、「いいもんだよね~」とニコニコ微笑んで相づちを打っている。
「そうだ、葉鳥さんの住んでいるあたりは最近不審者がでるらしいわね。電車があって、人通りもあるうちに先に帰りなさいよ」
酒が入ると始まる隣に座る同期からの彼氏作れコールを遮るように、数年前に結婚した翠先輩が手首に嵌めた腕時計を見ながら言う。
彼氏とかまだいらないし、食堂なら300円でコスパも栄養も抜群だし。
その一言をアルコールと一緒に無理矢理流し込んで、翠先輩の好意に甘える。
「そうさせてもらいます。お疲れ様でした、翠先輩。佐竹課長、お先に失礼させてもらいます。それから小野もお疲れー」
「ああ、お疲れ、葉鳥君」
「うぃー」
他にも何人か声をかけ、最後に出入り口でもう一度お先に失礼しますと声を出して、わたしはヒールを履いて飲み屋から出た。
「小野のせいであんまり食べられなかったな。あ、この前テレビで見たおにぎり作ろう」
材料はたしかあった気もするし、なくてもなんとかなるだろう。
かつかつとヒールを鳴らして慣れ親しんだ帰り道を歩き、いつもより混んだ金曜日の電車に揺られ、オートロックのマンションに戻ってくれば。
「電気がついてる…?」
カードキーを差し込もうとして、ドアの隙間から光が漏れていることに気がついた。
両親が来ているのだろうか。娘の部屋とはいえ、連絡の一つくらいくれてもいいじゃないか―――と頬を膨らませながら、「ただいまぁ」と疲れ切った声で中に入ると、そこには。
「おかえりなさい!いやー、遅かったですね!ダメですよォ、お嬢さんがこんな夜遅くまで一人で出歩いてちゃ」
玄関にも置いてある小さな丸い時計の針は10時半です。
いや、そんなことじゃなくて。
「………おかえり」
全裸の成人男性と、中学生くらいの男の子が玄関のマットの上で正座していた。
まず最初に口を開いたのが全裸の成人男性のほうで、浅黒い肌をした細マッチョというやつで、スキンヘッドで、顔の右半分に黒い紋様のようなタトゥーを入れている。すらっとした印象を抱かせる一重の瞳は金色で、強面の美形というやつだった。笑顔を浮かべているが、目は笑っていないし、風貌がまず堅気じゃない。
次に控えめにおかえりと口にしてくれた全裸の中学生男子は、線の細い今時の男の子って感じの体型であるが、二度見してしまうほどの整った美貌で、銀髪の綺麗に切り揃えられた前が下がりの髪型に、高貴な印象を抱かせる美しい青の瞳。何故か彼の座っている膝のところには年季の入った大剣が置かれていて、よく見れば男の子の手は硬そうな感じ。
「ふ、ふし、……っ!?」
人間、驚きすぎると声もまともにでなくなる。
腰から力が抜け、膝がぐにゃりと曲げてその場に崩れ落ちた。
バッグの中身が散乱し、画面が真っ黒のスマホが飛び出す。
警察…!その一心で手を伸ばせば、伸びてきた長い足に払いのけられる。
「おっとー。足が滑っちゃいました☆」
「………。アルヴァルティカ。足癖が悪いのはいけない……」
「ははっ。ごめん、ごめーん」
スキンヘッドの男が、男の子にアルヴァルティカと舌を噛みそうな名前で呼ばれ諫められる。男の子は正座のままアルヴァルティカを見上げているが、見上げられて、スマホを蹴飛ばした以上、アルヴァルティカのアルヴァルティカさんはコンバンハしているわけで。
「………ふぅ」
わたしは、気絶することにした。
これは、夢だ、わたしは酔っている。
「え!?ウソぉ!?」
「……!」
慌てふためく男たちの声がだんだん遠くなっていった。
結論。夢じゃなかった。酔ってなかった。全て現実。
全裸にわたしの大きめのゆったりTシャツを身につけた男の子―――勇者のクロヴィス君と、お泊まり用にと父が置いていった下着とパジャマを身につけたスキンヘッド―――導きの大魔法使いアルヴァルティカが、テーブルを挟んでわたしの正面に並んで座っている。
「つまり?
あなた方はアルヴァルティカの偉大なる魔法によって界渡りを行い、そこの勇者であるクロヴィス君を成長させることが出来る女性のもとへ現界したところ、わたしのマンションだったわけで。現界果たしたら向こうの世界の物質は弾き飛ばされるから、あなた方は全裸で、存在値の高い勇者の聖剣だけがある状態と」
細かいところは省略……したつもりだが、目を覚まして、アルヴァルティカに額と額を合わされて送り込まれた記憶魔法による状況説明を、口に出してもう一度整理する。
何が怖いって、こんなハチャメチャなどこのアニメですかみたいな展開を、わたしはしっかり受け入れてしまっているところだ。
「その通りです。いやー理解が早くて助かりますねェ。手始めに、お腹を空かせた勇者殿に何か食べさせてもらえませんか?そしたら今日の所は我々も大人しく元の世界に戻って、しばらく旅が出来ますので」
なんならわたしもお腹空いたし、アルヴァルティカがそう言うのなら、さっさとご飯でもなんでもいいから食べて帰って貰おうという気持ち。
厚顔無恥なアルヴァルティカの隣で、申し訳なさそうに目を伏せている美少年勇者クロヴィス君の不憫な姿を見ていたら、庇護欲がそそられてくる。
あれ?わたし、洗脳魔法とかされてないよね??
「今は冷蔵庫に何もないから…。ほんと、なんでもいい?」
「え?何もない???貴女、だからその年齢で伴侶の一人もいらっしゃ…へぶしっ」
「……なんでもいい。ありがとう、お姉さん」
失礼なことをいう大魔法使いは物理で黙らせる。
クロヴィス君はアルヴァルティカのそんな姿に目を白黒させていたが、すぐに興味を失ったのか特に助ける素振りもなく、わたしにぺこりとお辞儀をした。
「次来てくれたもうちょっとまともなの作ってあげるからね」
「次……。うん……」
思わずテーブルに身を乗り出して、クロヴィス君の銀髪を撫でててあげた。
うわ、なにこれ。異世界ってリンスもあるの?めっちゃサラサラ、ずっと撫でていたい。
冷たくて、細い髪の手触りが最高すぎる。
クロヴィス君は特に嫌がることもなく、陶器のような白い肌を紅を差したかのように淡く染めてされるがままだった。
可愛い。
テレビでも観てて、とチャンネルで電源を入れれば、復活したアルヴァルティカが「これが……!知識にあるテレビ……!」とテレビにかぶりつき、クロヴィス君も黙って「……!」青い目をキラキラ輝かせていた。
テレビという餌を与えて大人しくしている間に、調理に取りかかりたいと思います。
ジャケットをソファにおいて、ブラウスの袖をまくりあげ、手を洗う。
大きめのボウルを取り出して、炊飯器からお茶碗三杯分のご飯をついで、天つゆをどぱどぱいれて、天かすも入れて、青のり……は嫌いだから、この前の残りの大葉を刻んで入れて、まんべんなく混ざるように全て混ぜ込んだ。あと余ってたゴマも多めに入れる。
しゃもじで大雑把に混ぜながら、裏にへばりついたご飯粒を口に入れ、味見する。
うーん、もうちょっと辛くてもいいか。さらに少し天つゆを入れて、味を整えて。
わたしは気にしないけど、他人の口に入るものだからと、シンクの上にラップを3枚敷いて、その上にボウルの中身を分けて置く。
「テレビみたいに美味しくなるかなあ」
自分流にしすぎたかも知れないなと思いつつ、三角になるようにラップ越しにご飯を握って、はい、できあがり。
「出来たよー」
小皿にそれぞれのおにぎりを置いて、コップに水を汲んで、お盆をテーブルの上に置いた。
「おお!すごい、何やらいい匂いが!……どう、食欲湧いてきた?勇者殿」
「……(こくり)。あったかい…ご飯…」
テレビにかぶりついていたふたりが、わたしの呼ぶ声とおにぎりの匂いを嗅ぎつけ、大人しくテーブルに着く。
アルヴァルティカの問いに、クロヴィス君はこくりと顔だけで頷き、小さく呟いたと思えばその宝石のような美しい青の瞳から、ぽとりとしずくを一粒落とした。
「く、クロヴィス君…?!」
「聖女殿。勇者殿は聖剣に選ばれてからあまり良い境遇ではありませんので、少し感情が昂ぶっているだけ、問題ありません。さあ、食べましょう、食べましょう」
「か、軽いわね、あなた…!」
「ん?いちいち構っていたら、大魔法使いとかやってられませんから」
「えぇ…」
「うまい!」
大きな口をあけて、あっさりテレビで見た―――なんちゃらおにぎり亜種版を食べ始めるアルヴァルティカ。
その隣で、クロヴィス君は黙ってぽろぽろ泣いている。
いや、なに?この対照的なふたりは。
目の前で子どもが泣いてるのに黙って自分も食べ始めるとか、わたしには出来ない。
魔法使いっていう人種はやっぱクソなんだと認識を改めつつ、立ち上がって、クロヴィス君の隣に行く。
手を拭いていたタオルで申し訳ないと思いつつ、クロヴィス君の瞳からこぼれ落ちる涙をタオルに吸わせる。
「クロヴィス君のために作ったからさ。少しでもいいから食べてみて?」
「……(こくり)。少し、じゃない。全部…食べる…」
「うん」
おそるおそるといった感じにクロヴィス君は手を伸ばし、おにぎりに触れた。
思ったより熱かったのか、ぴくりと手を震わせ、引っ込みかける。が、すぐに思いっきり掴んで、小さな口をあけてかぶりついた。
「……!!」
青い瞳が喜びの色に輝いたように、見えた。
ぱくぱくぱくぱく。
クロヴィス君は、黙って、猛スピードで食べてくれた。
食べ終わったのは、アルヴァルティカと同時に。
指についたゴマ粒まで食べて、めんつゆまで舐め取って。
物足りなさそうに、からになった自分の皿を見つめる。
「おいしい?わたしのあげる。飲み屋でちょっと食べたし」
クロヴィス君の食べっぷりを見ていたら、なんだかいっぱいいっぱいになった。
「……ありがと。……ぼくの……せいじょ…」
「!?」
ぱくぱくぱくぱく。
アルヴァルティカも言っていた聖女。
クロヴィス君にも言われた聖女。
え、聖女???
わたしが???
「勇者殿を成長させるのは、我々の世界では聖女の役目であると相場が決まってますからねェ。これから魔王を倒すまでよろしくお願いしますね!聖女殿!」
白い歯を見せるようなめっちゃ良い笑顔を浮かべて、アルヴァルティカはサムズアップした。
「い、うそ。え、でも、聖女??いや、ふたりも食べさせる余裕とかうちには…」
「フフフフ★言い忘れていたけど、我々は現界するにあたり、聖女殿の有する一般的な知識が流れ込むようになっておりまして。聖女殿の帰りを待ちわびている間に、これ、このように」
戸惑うわたしを追い詰めるように。
アルヴァルティカは何もない空間に手を突っ込んだかと思うと、黒い裂け目から、一枚の通帳を取り出した。
名義は、葉鳥 クロヴィスになっている。
いやいやいや、何勝手にうちの名字名乗ってるの?それもクロヴィス君の名義!
「石ころを宝石に変えるのとか朝飯前なので。それを元に、株というものを初めて、お金を増やしておきました。毎月これほど振り込ませていただくので、勇者殿を成長させてください」
おそるおそる通帳を一枚めくれば。
「……。いいでしょう。商談成立です、アルヴァルティカ」
「はは★感謝します!聖女殿!」
「……もぐもぐもぐ」
わたしの給料三ヶ月分。
これが、毎月?
毎月ボーナスなのかな?
わたしは頷き、黙って通帳をブラウスの胸ポケットに閉った。
商談成立とばかりに、アルヴァルティカから差し出された手を握り、お互いにっこり笑って握手をした。
「痛いッ!」
もぐもぐおにぎりを咀嚼していたクロヴィス君が、アルヴァルティカの手首を叩いた。
「ぼくも…する…」
男の子にしてはがっしろした硬い皮膚の感触がする。
わたしの手を握り、いや、指まで絡めてきて、クロヴィス君はその美しい顔を蕩かせて微笑んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「なんで……泣くの?」
「勇者殿…聖女殿…我の扱い雑過ぎません?」
可愛いくて綺麗なクロヴィス君の出会いに、わたしは涙を流して感謝をするのだった。