第1話 日常から非日常へ その3
午前八時四十分。
美雨と忠実は高校の正門をくぐり、校舎に向かう。
正門に入って左には教員たちの車を止める駐車場があり、右手には体育館が見える。
そして奥の校庭を囲むようにコの字型の校舎がある。
真中高校は三階建てで、一階は保健室と職員室があり、この階に三年生の教室。
二階には二年生の教室があり一年生の教室は三階だ。
二人は正門から校舎に入り、真っ直ぐ教室を目指す。
階段を登りながら忠実が愚痴をこぼす。
「階段しんどい。エレベーター使いたい」
この校舎にはエレベーターがあるが、生徒は使用禁止で、教師達が使っている。
美雨は二階に着いた時点で、少し息が切れかかっていた。
「アッちゃん。鍛えてるんだから、これぐらい、何ともないでしょう」
「でも汗かくのやだー。ベタベタするの嫌い」
「はいはい。文句ばっか言ってないで、さっさと登ろう」
美雨は文句ばかり言う忠実の背中を押しながら階段を上りきった。
彼女達の教室は四組ある中の一年三組。
東側校舎の階段から一番遠いところだった。
因みに三学年合わせると全校生徒は三百六十名だ。
消火器が置いてある廊下を通って、教室に着くなり二人は席に座る。
美雨が窓側の一番前で、忠実がその後ろだ。
二人の苗字は朝顔に戌鎧なので、昔から席が近いことが多い。
忠実は席に着くなりグデーッと机に突っ伏す。
「暑いのも湿気も嫌い〜」
「どっちも好きな人なんていないよ。ほらアッちゃん。見て見て」
「なんだい。みうみう」
忠実は顔を上げる。
美雨は「ジャーン」と言いながら、笑顔で鞄を見せる。
「ほらこれ、似合う?」
鞄には先ほど忠実からもらった仔犬のキーホルダーが付いていた。
「おー似合う似合う……どっちも可愛い」
忠実はキーホルダーではなく美雨の笑顔を見てそう褒める。
勿論言われた本人は気付いていない。
「? ありがとう。ワンちゃん大切にするね」
「うんうん。大切にしてね」
八時五十分。
SHRが始まるまであと十分。
ほとんどの生徒が登校してきてとても賑やかだ。
担任が来る前に、昨日の事や今日の授業の話題で、教室はとても騒がしい。
美雨と忠実はある話題で盛り上がっていた。
「そういえば、みうみう。あれ見た?」
話を切り出したのは忠実だ。
「あれって?」
一時間目の用意をしていた美雨は、後ろを振り向いて首をかしげる。
「あれだよ。私がオススメしたゲームの動画」
「それか。うん見たよ」
忠実が薦めたのは、あるホラーゲームだ。
内容は突如ゾンビが溢れかえった世界で、生き残る為に街から脱出するというアクションホラーだ。
忠実はゲームも大好きで、今ハマっているそれを美雨にも薦めていたのだ。
「どうだった? 面白かった?」
「うん。結構怖かったけど……私は、好きかな」
美雨はホラーが全体的に苦手だが、忠実が面白いと薦めてくるので、動画で内容を見ていた。
忠実は身を乗り出して感想を聞いてくる。
「どの辺が良かった? 私はヒロインのアクションがカッコ良かった所かな」
このゲーム。主人公は女子高生で、メインの攻撃手段は素手での格闘である。
しかもそれはモーションキャプチャーで実際の動きを取り込んだらしく、かなりの本格的なもの。
なので女子高生が、ゾンビをパンチやキックで撃退するという何とも不思議なゲームだった。
忠実の感想を聞いて美雨も頷く。
「うんあの赤い髪のヒロイン、とってもかっこ良かった」
このゲームの舞台は日本だが、主人公は何故か髪が赤いのだ。
話していて思い出してきたのか、忠実の声が少し上ずる。
「でもラストを見れば理由が分かるじゃん」
美雨も少し興奮気味に話す。
「うん。最後ラスボスとの関係を知った時はとってもびっくりしたよ」
その表情を見て忠実はニッコリ笑う。
「今度は実際にプレイして見ようよ。そっちの方が達成感もあるし」
「う〜ん。でも実際に操作するのは、ちょっと怖いかな……」
「じゃあ、今度、みうみうの家遊びに行く時にハード毎持っていくから一緒にやらない?」
美雨は少し考えたあと頷いた。
「うーん。アッちゃんと二人なら、私にも出来るかも」
「じゃあ決まり! いつにしようか?」
忠実は今度、美雨の家で遊ぶ日を嬉しそうに決めるのだった。
八時五十八分。
一年三組の女性担任である白井先生が、教室のスライドドアを開けて入ってくる。
何人かの生徒が挨拶し、先生もそれに応えていく。
美雨と忠実も先生に挨拶する。
「おはようございます」
「あっ先生おはようございまーす」
「おはよう。朝顔さん。戌鎧さん」
まだ九時ではないので、生徒はチャイムが鳴るまでおしゃべりを続け、白井先生も時間までは何も言わない。
美雨と忠実もまだまだ楽しいおしゃべりを続けていた。
そして時計の針が九時を指しチャイムが校舎中に鳴り響く。
生徒たちが喋るのをやめる。
まだまだ話し足りないが、先生はもういるので名残惜しくも前を向く。
それを見た先生がホームルームを始めようと口を開いた。
その時、廊下の消火器が破裂した。




