第4話 ファーストキスは血の味がした その11
『うああぁああぁああっ』
舞の悲鳴が二人にも聞こえてきた。
「そんな舞さん……」
「噛まれちゃったみたいね。もう彼女は助からないわ」
「ひどい」
美雨はヒョウを、精一杯の怒りを込めて睨みつける。
「あら怖い。なんてね。貴女に睨まれても全然怖くないわ」
ヒョウは美雨を連れて車に向かう。
「舞はどうなるかしら。そうだ。もし食い尽くされないでゾンビ化してたら、ペットにしちゃおう」
「何、言ってるの?」
美雨はヒョウの言葉に戦慄して声が震える。
「彼女はとても美しいじゃない。きっとゾンビ化しても美しいまま。
だから飼ってあげるの。檻の中でね」
ヒョウは笑っている。
「……させない」
「ん? 何か言った」
「絶対させない!」
美雨は力を込めてヒョウの腕に噛み付いた。
「いたっ!」
拘束が緩んで、美雨は舞のいる所に走ろうとする。
「こらっ!」
ヒョウは美雨を殴る。
美雨は地面に倒れこんだ。
「きゃっ!」
「逃げちゃ、駄目よ」
「離して! 舞さんを助けるの! 退いて!」
美雨は爪で引っ掻いて抵抗する。
「痛っ!」
美雨の爪が、ヒョウの頰を引っ掻いた。
ヒョウは美雨の左手の指を掴む。
「オシオキ」
そう言って無造作に美雨の人差し指と中指をへし折った。
「ああぁぁぁっ」
美雨は激痛で抵抗する気力を失ってしまう。
「ミウ。暴れないで」
ヒョウは美雨の右手の指を掴んだ。
「ひっ、止めて。止めてください」
美雨は泣き出してしまう。
「もう抵抗しない?」
「はい。しませんから。もうやめて下さい」
ヒョウは美雨を立たせた。
「じゃあ車に乗りましょう」
二人は扉に背を向けて車に向かう。
「今、迎えを呼ぶわ」
そう言ってヒョウは電話をかけて傭兵達を呼び寄せる。
「……よろしく〜。これで少しすれば仲間もくるわ。来るまで待ちましょう。ミウ」
「……はい」
美雨は力なく返事をする。
その時、休憩所の扉が開いたことに、二人は気づかない。
「……待て」
背後からの声に二人は振り向いた。
「ああ……」
美雨の目に最愛の人の姿が映る。
「ちょっと、無事なの。嘘でしょ?」
「ヒョウ。舞を離せ」
舞はヒョウを睨みつける。
「まあ、怖い怖い」
ヒョウは美雨を盾にして、銃を舞に突きつける。
「でも無傷じゃなさそうね」
ヒョウは、舞の肩から血が流れていることを見逃さなかった。
美雨も同じく気づいた。
「舞さん……」
「大丈夫だ美雨。絶対に助ける」
舞は美雨の左手の怪我に気づく。
「ヒョウ。彼女に何をした?」
「ん? ああ、指を二本折っただけよ」
「……そうか。美雨を傷つけたお前を許さない」
舞はゆっくりとヒョウに近づく。
噛まれた肩は、肉がゴッソリと持って行かれて、傷口から血が流れ続けていた。
「舞。素手で何が出来るの? それ以上近づくとミウがまた傷つくわよ?」
「…………」
舞は無言で歩く。
「それがやだったら、そこで止まりなさい」
ヒョウは舞の方ばかりを気にしていて、美雨の動きに気づいていない。
彼女はパーカーのポケットに入れていたM38ボディーガードを右手に持つ。
「彼女を殺すわよ!」
ヒョウが美雨のこめかみに銃を押し当てる。
美雨は舞に教えられた通りに、その右腕にハンマーを起こしたボディーガードを押し付けた。
「え?」
ヒョウは驚いて動きが一瞬止まる。
美雨は躊躇わずに引き金を引いた。
銃声がしてヒョウの右腕に弾丸が食い込む。
衝撃で、グロック18Cが吹き飛んで駐車している車の陰に落ちていく。
「この!」
ヒョウは怒りで我を忘れて、美雨を手の甲で叩く。
「きゃあ!」
美雨は吹き飛んで床に倒れる。
舞はその隙をついてヒョウに肉薄した。
「ヒョウ!」
舞の右ストレートがヒョウの顔面を捉える。
更に追撃の左フックを出すが、ヒョウはそれを避けて距離をとった。
「舞!」
ヒョウはAN94を構えようとする。
それより早く舞が動いた。
右後ろ回し蹴りがAN94に直撃。銃身が歪んで射撃不能になる。
「ああっ! 舞!」
ヒョウはバヨネットを使って舞を突き殺そうとする。
素早い連続突きを繰り出す。
舞はそれを全て避けた。
ヒョウは薙ぎ払うように舞の首を狙う。
舞はそれを下がって避ける。
ヒョウが舞の心臓を狙って突いた。
舞は銃身を掴んで引っ張る。バランスを崩したヒョウの胸にひじ打ちを叩き込む。
「ごほっ」
ヒョウのあばらが折れる。
AN94が手から落ちる。
舞は追撃しようとしたが、いきなり激しい頭痛で動きが止まる。
ヒョウは飛び退いて、腰のナイフを二本抜いて両手に構えた。
「さっさとゾンビになりなよ。アタシが手伝ってあげるから!」
ヒョウは頭を抑えて苦しむ舞にナイフを突き出す。
舞はその腕を掴む。
「なっ!」
舞は伸びきったヒョウの右腕にひじ打ちし、肘を破壊する。
「ああああっ」
ヒョウは叫びながら左手のナイフで突き刺そうとする。
舞はその突きを受け流し、左手のナイフを奪いながら、喉をとってヒョウを地面に押し倒す。
「くそ、舞!」
ヒョウは左手で殴りかかるが、舞はその手を掴み、ヒョウの指を全て折る。
「今のは美雨の分だ」
次に左足首を固めて破壊。
「がっ」
「熊気の分」
そのまま、右足の膝を極めて折る。
「ぐぁっ」
「これは翼の分だ」
「ああああ、がああああ」
ヒョウは痛みで叫ぶが両手足を折られて動けない。
「舞! 舞!」
舞は喚くヒョウを担ぎ上げる。
「どこに連れて行くの。離して、離せ!」
「…………」
舞は無言でヒョウを担ぎながら歩く。止まったのは、開きっぱなしのエレベーターの前だ。
「な、何するの?」
舞は答えない。
エレベーターの本体は四階で止まっていて、下の一階まで吹き抜けのようになっていた。
「止めて。なんでも話すからお願い助けて!」
舞はそれを無視してヒョウを落とした。
ヒョウは一階まで真っ逆さまに落ち、背中を強打する。
「がぁっ。くそ……舞」
背骨が砕けたヒョウは動けない。
だがまだ意識はあり上から見下ろしてくる舞を睨みつける。
その時、何かのうめき声が聞こえた。
「ま、まさか……!」
動く首で音がした方を見る。
「ああ、来るな」
それは一階にいたゾンビ達だ。落ちた音を聞きつけて、ヒョウを見つけたのだ。
「来るな。来るなー!」
ヒョウがいくら叫んでもゾンビ達は聞く耳を持たなかった。
何十体ものゾンビが、まだ生きているヒョウに食らいつく。
戦闘服を着ていても、ゾンビ達の顎の力は凄まじく、服ごと肉を噛みちぎる。
舞はその光景をずっと見ていた。
暫く見てから、舞はヒョウから奪った手榴弾の安全ピンを抜いてエレベーターに落としてから美雨の元へ歩く。
手榴弾は一階で爆発。爆風で四階で止まっていたエレベーターが落下して、一階にいたゾンビを押し潰した。
「美雨。美雨どこた!」
舞は美雨の姿を探す。
そしてうずくまっている彼女を見つけた。
「美雨。しっかり」
「ああ、ま、舞さ〜ん」
美雨が涙を流しながら抱きついてくる。
舞は彼女を優しく抱きしめた。
「美雨。手を見せて」
舞は美雨の左手を診る。
その指は無残に折れていた。
「すまない。私のせいで美雨を傷つけてしまった」
「いいんです。私は大丈夫です。でも舞さんの方が肩から血が……!」
「私は大、丈夫……!」
突然、舞が頭を抑えてうずくまる。
「舞さん? 舞さん!」
舞は頭痛で返事ができない。
「ぐううっ、ああああっ!」
舞は獣のように吠える。
肩から入ったS-ウィルスが舞の脳を侵食しようとしていた。
「美雨、ぐあっ……」
「舞さん。しっかり!」
「私はもう駄目だ」
「そんな……」
舞は近くに落ちていたグロックを掴んで自分のこめかみに押し当てる。
「何してるの! 駄目!」
美雨が止めようとするが舞はそれを押し退ける。
「きゃっ!」
「許して美雨。君の、目の前で……化け物になりたくはないんだ」
舞は引き金を引こうとする。
だが頭痛で意識を失い、その場で倒れてしまう。
「舞さん。舞さん!」
美雨は近づいて彼女の名を呼ぶ。
舞の身体は痙攣し、肌は青白くなり、血管が浮き上がる。
ゾンビになるのは時間の問題だった。
「舞さん……ううん舞。貴女になら何をされてもいい。だから一緒にいるよ」
そう言って美雨は舞の唇に口づけする。
美雨の初めてのファーストキスは血の味がした。




