第4話 ファーストキスは血の味がした その10
グリュックモールから脱出した舞と美雨は近くの薬局にいた。
「い、いきますよ?」
美雨の言葉に舞は頷く。
「くっ、くぅぅっ」
そこで舞は傷の治療をしていた。
「もう少しで抜けます。我慢して下さい!」
「ぐうぅぅぅっ!」
舞は痛みに耐えながら、美雨と一緒に肩のニードルを引き抜く。
床にニードルが音を立てて落ちた。
「はぁ、はぁ」
舞の口から、引き抜くときに舌を噛まないために噛んでいた、脱脂綿の束が落ちる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫」
舞は20式戦闘服の前のジッパーを開ける。その隙間から胸元が覗く。
美雨はこんな時なのに、そこから目が離せない。
舞は医療用のガーゼを傷口に当てて止血を施す。
そこが終わったら他の傷にも応急手当を施していく。
痛み止めは体の動きが鈍るので飲まない。
本格的な治療は脱出した後にする。
「ふう」
治療を終えた舞は立ち上がって己の身体の調子を確かめる。
痛みはあるが動けなくはない。問題はなさそうだった。
「舞さん。終わったの?」
「うん、終わったよ。手伝ってくれてありがとう」
「いえ。そのお役に立てて良かったです」
「?」
美雨は顔を赤くしてうつむいていた。
(舞さん。ごめんなさい)
怪我の治療中に、舞の胸元を盗み見ていた事を心の中で謝罪していた。
「美雨。いいかな?」
「はい! 何でしょうか」
「大丈夫か。疲れているとは思うが、もう少し頑張ってくれ」
「はい。頑張ります。大丈夫です!」
「ならいいんだ。それで、私たちは埠頭に向かう」
「埠頭? 今度は船で脱出するんですか?」
「いや。今度もヘリが来る。だから埠頭のヘリポートに向かう」
「大丈夫なんですか? またあの時みたいに……」
「大丈夫。今度はあんなヘマはしないはずだから」
「ならいいんですが」
「それで、ヘリは朝の六時に来る。それまでに到着できなければ、私たちは置き去りにされる」
「置き去り……」
「そうならない為に私がちゃんと美雨を連れて行く。だから安心してくれ」
舞は美雨の頰に手を伸ばす。
美雨はその手を掴んだ。
「舞さんと一緒だから大丈夫です」
「じゃあ少し休憩してから……ちょっと待ってくれ」
その時、舞の無線に連絡が入ってきた。
『……聞こえる? 舞……聞こえたら返事をして』
雑音混じりだったが、それは紛れもなくヒョウの声だった。
「ヒョウ。生きていたのか!」
『舞! 生きてるのね……良かった』
「こっちは二人とも無事だ。翼や熊気は無事か? 何処にいるんだ?」
『ええ。みんな無事。私達が今いるのは立体駐車場なんだけど……』
舞は駐車場の場所を詳しく教えてもらう。今いる薬局から十分くらいのところにあった。
「そこならすぐ行けそうだ」
『じゃあ合流しましょうよ。車も手に入れたから、それで脱出できるわ』
「分かった。そちらに向かう」
『私達は三階にいるわ。それとエレベーターは壊れてるから、歩いて登ってきてね』
「分かった」
ヒョウとの通信を終えて美雨の方を振り向く。
「美雨。ヒョウ達が無事だった。今から彼女達と合流する」
「みんな無事だったんですか。良かった〜」
「ああ、これで脱出の可能性が高まる。この近くの立体駐車場にいるそうだ。行こう」
「はい!」
舞と美雨はヒョウ達がいる立体駐車場を目指した。
二人は立体駐車場に到着する。
その建物は四階建てで、全て駐車場になっていた。
エレベーターは壊れていて、扉は開きっぱなしでエレベーターの本体は上の四階で止まっているようだ。
一階には多数のゾンビが徘徊している。
舞と美雨は音を立てないように三階を目指した。
三階に到着した二人だったが、人影はない。
美雨が舞の手を掴む。
「誰もいませんね」
「たぶん。どこかに隠れているんだ。連絡してみる」
舞は無線でヒョウに呼びかける。
「ヒョウ着いたぞ。どこにいるんだ」
『分かったわ。姿を見つけたら合図するから歩いてきて』
「了解」
舞は無線を切った。
「この階にいるらしい。少し歩いてみよう」
舞と美雨は三階の駐車場を歩いて、ヒョウ達の姿を探す。
多数の車が左右に並ぶ通路を歩いていると、いきなり後方からライトを当てられた。
「美雨下がって!」
舞は美雨を自分の背中に隠す。振り向くと一台の車のヘッドライトが、二人を照らしていた。
誰かが降りてくる。眩しくて顔が分からない。
「誰だ!」
舞は銃を構えて相手に向ける。
「その声、舞、舞なのね。私よ」
直後、ヘッドライトが消えて相手の顔が見えるようになった。
車から降りてきたのは革島ヒョウだった。
「ヒョウ!」
舞は彼女の姿を見つけて駆け寄る。
「舞〜。会えて良かったわ」
ヒョウは舞と抱擁を交わす。
舞は自分の傷が痛むが、それよりも仲間に会えた嬉しさの方が勝っていた。
「大丈夫なの舞? かなり怪我だらけだけど」
「ああ、かなりの敵に追われてな。けどみんなと合流できて何とかなりそうだ」
「脱出は朝の六時よね?」
ヒョウが携帯で時間を確認する。
「今は三時だから夜明けまで休憩しない? ミウもお疲れでしょうし」
「そうだな。明るい方が動きやすいか」
「そうしましょうよ。丁度休憩用の部屋も確保しておいたから。ほらミウも行きましょう」
「えっと、でも下にゾンビがいますよ」
美雨が恐る恐る質問する。
「大丈夫よ。あいつらは大きな音を立てなければ気づかれないわ。
それにゾンビ達がいるから敵も迂闊に近づけないでしょう」
舞と美雨が前を歩き、ヒョウが後ろから二人を案内する。
「そういえば翼達はどこにいるんだ?」
「二人も休憩してるわ。ほら! あそこよ」
ヒョウが指差したのは従業員の休憩所だった。
舞が何の疑いも持たず扉を開ける。
「暗くて何も見えないな。電気のスイッチは……これか」
舞は手探りでスイッチを押した。
「なっ!」
「えっ?」
舞と美雨は中の光景を見て驚く。
中ではテーブルの上に人が倒れていて、それを複数のゾンビ達が貪っていた。
「つ、翼……」
ゾンビ達が喰らっていたのは、舞の見知った人物、夜梟翼だった。
「ヒョウ。これはどういう事だ!」
「こういう事よ。舞」
「えっ? きゃあ!」
ヒョウは前にいた美雨の首を肘で締めて、グロック18Cをこめかみに突きつける。
「美雨を離せ!」
舞もP320を抜いてヒョウに照準する。
「あら? ミウを傷つけても構わないの?」
ヒョウは美雨のこめかみに銃口を押し付ける。
「彼女が死んだら、貴女達は困るんじゃない? この街が永遠にゾンビだらけになっちゃう」
「……どういう事ですか?」
美雨の疑問に舞は答えられない。
「それは……」
「まだ教えてなかったんだ。アタシが後で教えてあげるわ。ミウ」
「彼女を離せ!」
「舞こそ銃を捨てなさい。でないと……」
ヒョウは銃口を美雨の太ももに押し付けた。
「貴女が銃を捨てないならここを撃つわ。すぐには死なないしね」
ヒョウは引き金を引く人差し指に力を込める。
「…………分かった。捨てる」
舞は苦虫を噛み潰した顔で、P320とトマホークを床に置く。
「こっちに転がして」
舞はヒョウの言う通りに、二つとも蹴る。美雨を救出するためにわずかな隙も見逃さない。
ヒョウは自分の方に転がってきたP320とタクティカルトマホークを遠くに蹴り飛ばした。
「次はどうすればいい?」
「次はその部屋に入って」
ヒョウはグロック18Cを舞に突きつけた。
「何?」
「聞こえなかった? 部屋に入って、舞」
ヒョウは銃で部屋を指し示す。
「早く」
舞はゆっくりと後ずさりながら、ゾンビ達がいる部屋に入る。
五体のゾンビが新たな獲物である舞を一斉に見る。
だが彼女は素手でもこの数なら勝てる。
「貴女ならあんな数問題ないわよね? 少し遊んであげたら」
ヒョウが入り口で銃を構えたまま聞いてくる。
「ああ。楽勝だ」
会話している間にも、五体のゾンビが近づいてくる。その口は翼の血で真っ赤に染まっていた。
「でもこれはどうかしら?」
ヒョウは舞の腹部を狙って引き金を引く。
フルオートで発射された三発の弾丸が舞の腹部に突き刺さる。
「がはっ」
20式戦闘服のおかげで貫通はしなかったが、衝撃で舞は膝をつく。
「さようなら舞」
「いや、舞さん!」
ヒョウは部屋の電気を消すと同時に扉を閉めた。
「待て! ヒョウ!」
舞は暗闇で叫ぶが、何の意味もなかった。むしろその声を頼りにゾンビ達が殺到する。
「邪魔だ!」
舞は暗闇の中でも的確な一撃でゾンビを退ける。
だが数で負け、視覚を殺された状態では、全員を凌げなかった。
ゾンビの一体が後ろから舞の肩に噛み付く。
歯が深々と舞の肉に食い込む。
「うああぁああぁああっ」
舞の絶叫が駐車場内に響き渡る。




