第4話 ファーストキスは血の味がした その7
深夜零時。
シアター五番では、紅い長髪の少女と黒髪のお下げの少女が寄り添って眠っていた。
紅狼舞と朝顔美雨の二人だ。
少女達は指を絡ませたまま、眠りについていた。
突然紅狼舞が瞼を開く。
かすかな、本当にかすかではあるが、血の匂いを感じ取ったのだ。
「居場所が、ばれたか」
何故居場所がばれているかは分からない。しかし敵が来たのは間違いなかった。
舞は美雨が起きないように立ち上がると、素早く銃の作動を点検し、残弾を確認する。
(余裕はあまりないな)
HK416のマガジンが予備を含めて三つ。P320のマガジンも三つしかなかった。
後はナイフが一振り。手投弾は使い切っていた。
「舞さん?」
舞が装備を整え終えると同時に、声を掛けられた。
「又、敵ですか?」
舞は美雨の前で跪く。
「うん。今から、敵を殺しに行ってくる」
美雨は舞の手を掴む。
「必ず戻ってきてくださいね」
「分かってる。すぐ戻ってくる。美雨はここで待っていてくれ。万が一何かあったら、渡した銃を使うんだ。いいね」
美雨が頷いたのを確認してから、舞は立ち上がり名残惜しそうに手を離した。
「行ってくる」
美雨の返事を待たずに、舞は劇場を後にした。
「行ってらっしゃい。舞さん」
美雨は彼女の背中にそう声をかける。
そして舞の姿が見えなくなってから、美雨は踝のところに装着したアンクルホルスターから、M38ボディーガードを取り出した。
一人になると、静かな劇場に取り残されたような気がして、とても不安な気持ちになる。
だから、それを紛らわせるために銃を取り出したのだ。
舞から授けられたこの銃を持つと、不思議と不安が無くなっていく。
そして左手には忠実から誕生日プレゼントに、もらった仔犬のキーホルダーを握りしめる。
「そうだ……」
そこで、あることを思いついた。
彼女はキーホルダーの紐をM38ボディーガードの細身のグリップに結びつけた。
「……これでよし」
こうすると、二人に見守られているような気がして、勇気が湧いてくる。
美雨は引き金に指をかけないように気をつけながら、パーカーのポケットに仕舞う。
そして舞が無事に戻ってくるのを祈るのだった。
劇場の外に出た舞は、さらに血の匂いを強く感じ取っていた。
およそ常人では分からないだろうが、訓練された彼女には漂う鉄の匂いがはっきりと分かった。
舞は改めてグリップを両手で握りしめて、中腰で歩き出す。
しばらく歩くと、舞はあるトイレの前で立ち止まった。
真っ暗な男子トイレから強い血の匂いがする。
舞は躊躇いなく男性トイレに入る。
暗いトイレの中に足を踏み入れると、つま先に何かが当たる。
「?」
舞が屈んでそれを手に取る。
それは落ちて傷ついた懐中電灯だった。
舞は銃を右手で構えながら、スイッチをオンにした。
室内を懐中電灯が照らす。
辺り一面は血だらけだった。
舞は明かりを下に向ける。そこには二人の警備員が倒れていた。
一人はうつ伏せ。もう一人は仰向けに倒れている。
舞は仰向けに倒れている警備員の側に懐中電灯を置いてしゃがむ。
倒れていたのは、変わり果てた大崎健吾だった。
うつ伏せに倒れているのは、一緒にいた先輩だろうと舞は推測する。
首から血を流す健吾の瞳は何も見ていなかった。
「…………」
舞は手を使って彼の瞼を閉じる。
そして立ち上がり、すぐさまトイレを後にする。
大崎健吾が何者かに殺された。恐らく自分たちを追ってきた傭兵だろう。
健吾は私達の居場所を知っていた。
彼には拷問された形跡もあった。もしかしたら場所を喋っているかもしれない。
美雨に危険が迫っている。
舞は走って劇場に戻る。
その時だった。
舞の行く手を塞ぐものが現れて、彼女は急停止する。
目の前に髑髏のフルフェイスヘルメットを被った男が立ち塞がった。
腰のPP2000を抜かずに、右手で戦闘用に鋭く研がれたシャベルを持っていた。
「お前が紅狼舞だな」
髑髏の男チトリェブが舞の名前を呼んだ。
舞は答えずにHK416を照準。引き金を引こうとしたその時だった。
後ろから左肩に何かが突き刺さる。
「…………!」
見ると背後に同じ格好をした男が、両手に一本ずつナイフを逆手に持って立っていた。
肩には箸と同じぐらいの太さを持つ、鋼鉄製のニードルが突き刺さっている。
一瞬の隙をついて、舞に迫ったチトリェブがシャベルを振り下ろす。
舞はそれを間一髪で避ける。
距離をとろうとしたが、素早く両手にナイフを持った男、次男のドヴリェブが逃げ道を塞いできた。
舞は前後を挟まれてしまう。
「死ぬ前に言え。朝顔美雨は何処だ?」
チトリェブの言葉を舞は無視。
「言えば楽に死なせる。言わなければ、タップリと、いたぶってから殺す」
そうドヴリェブは言い終えると同時に仕掛けてくる。
舞の首を狩ろうと、右のナイフを振るう。
(速い)
舞は避けるが、ナイフの切っ先が薄く首を切る。
更に左のナイフを避けると、背後からシャベルが舞の頭めがけて振り下ろされた。
舞は咄嗟にストックで受ける。シャベルの刃が食い込む。
(こいつは力が強い。だが動きは遅い)
舞は、ストックを回してシャベルを外すと、そのままストックの先端でチトリェブを突いた。
喉を突かれたチトリェブは後ずさる。
舞はドヴリェブと一対一の状況に持ち込んだ。
ドヴリェブは自分の得意な近距離を維持していた。
舞は撃つことを諦めて、HK416を槍のように中段で構えた。
舞はチトリェブが復活する前に、勝負をつけようと仕掛ける。
相手の腹を狙ってHK416で突いた。チトリェブは体を捻って避ける。
舞は銃を引いて、次は頭を狙って突く。
チトリェブは、それも避けて反撃してきた。
左のナイフが舞の首を狙う。舞はそれをHK416で弾く。
次にチトリェブは、順手に構えた右手のナイフで、舞の首を狙って突いてきた。
舞はその突きを右に首を振って交わす。
チトリェブが鋭い前蹴りを繰り出した。
舞は避けきれず、胸につま先がめり込む。息が詰まって、動きが止まってしまう。
そこに、復活したドヴリェブが走ってくる。
ドヴリェブはシャベルを両手で構えていた。それを上段に構えて振り下ろす。
舞はそれを避ける。さっきまでいた床がシャベルで砕け散った。
「むうん!」
ドヴリェブはシャベルを力任せに振るう。
舞はその全てを軽々と避ける。
シャベルは周りの壁に傷をつけ、ガラスを粉々にするだけだった。
ドヴリェブの息が上がる。
全力で何度も降っているので、両腕に疲労がたまっていた。
「ひとつ教えてやるよ」
舞が口を開く。
「?」
「お前の攻撃は鈍いんだよ」
挑発に乗ったドヴリェブは、シャベルを思いっきり振り下ろした。
その一撃は頭蓋骨さえ叩き割るほどの強力なものだったが、舞はそれを見切っていた。
シャベルを持つ右手を、HK416で受け流してから相手の正面に入り、ストックで首を押すと同時に足を払って崩す。
ドヴリェブは背中から地面に打ち付けられた。
チトリェブが援護に入ろうとしたが間に合わない。
舞は、倒れたドヴリェブの首に弾丸を撃ち込んだ。
ドヴリェブを撃ち殺した舞は、チトリェブに銃口を向ける。
彼女が引き金を引くより早く、チトリェブはナイフの柄頭を舞に向けて柄のスイッチを押し込んだ。
柄頭から発射されたニードルが、HK416のホロサイトに突き刺さる。
一瞬、視界一杯にニードルが迫り、舞の動きが止まってしまう。
その隙にチトリェブは跳躍。
舞の頭を超えたチトリェブは、着地すると同時に舞の肩に刺さっていたニードルを手の平で押し込んだ。
ニードルが更に深く突き刺さり、先端が貫通して飛び出る。
「ぐああっ」
舞は激痛で思わず声が出てしまう。
「いい声だ。いたぶり甲斐がある」
チトリェブは自分が有利だと確信したのか、致命傷を与えないように彼女の手足を狙う。
舞は何とか避けるが、肩の痛みが邪魔をして、全ての攻撃を防ぎきれない。
チトリェブのナイフが舞の血に濡れていく。
「くっ」
舞は苦悶の表情を浮かべながら、ナイフの刃を防ぎ続ける。
「ほらほら、もっと鳴けよ。命乞いしてみろよ!」
チトリェブは舞をいたぶる快感に酔いしれる。
その為に攻撃が大振りなっていることに本人は気づいていなかった。
傷ついた舞はHK416を取り落とす。
「その赤い目ん玉抉ってやるよ!」
チトリェブは右手のナイフを順手で持ち、舞の左目を狙って突く。
舞はその攻撃を待っていた。
左手で、ナイフを握った相手の親指の付け根を掴んで外し、右手でナイフを横から押し出して奪う。
一瞬の出来事にチトリェブは反応できない。
舞は奪ったナイフで、相手の右腕をテンポよくトントントン、と三度刺した。
チトリェブは左手のナイフで反撃するが、それも先程と同じように奪い取り、左手にもナイフを突き刺す。
「ぐあああああっ」
チトリェブは痛みで立っていられず両膝をつく格好になった。
舞は左手のナイフを捨てると、空いたその手でチトリェブの頭を固定する。
「ひとつ聞きたい。警備員二人を殺したのはお前か?」
「……ああ、それがどうした?」
「教えてくれてありがとう」
舞は右手のナイフでチトリェブの頸動脈を断ち切った。
チトリェブは首から血を勢いよく噴き出しながら倒れる。
(早く美雨と合流しないと、まだ敵がいる可能性が高い)
舞が奪ったナイフを捨てて、HK416を持ち上げた時、正面入り口の方から爆発音が轟いた。




