第3話 脱出 その6
熊気は、非常階段に飛び込んだ舞と美雨を、その身体でしっかりと受け止めていた。
そのお陰で二人に怪我はなかった。
「助かったぞ。熊気……美雨?」
舞は美雨の顔が青ざめていることに気づく。
彼女の身体は小刻みに震えていた。
「美雨。しっかりしろ! 大丈夫だから!」
舞が美雨の身体を強く抱きしめる。すると美雨の身体の震えが止まる。
「舞さん……目の前で、私の目の前でヘリが墜ち……墜ちて……」
「大丈夫。まだ私達がいる。美雨の事は必ず守る。この街からも脱出できる。だから私を信じてくれ」
「はい」
美雨は、舞の顔を見て頷くと涙を拭いた。
「よしいい子だ。立てる?」
舞は彼女に手を貸して立たせる。
どこも怪我していないようで、自分の足で立ちあがる。
「大丈夫です。歩けます」
美雨の返事を聞いた舞は頷くと、K班の三人の方を向いた。
「翼。地対空ミサイルはどこら撃たれていた?」
「向かいのマンションの屋上からでした」
「やはり敵が潜んでいたのか……」
「ゴメン舞。アタシがちゃんと見ておけばよかったね」
「すいません」
ヒョウと熊気が舞に謝罪する。
「今は謝っている時じゃない。方法は不明だが、私達の位置は敵にバレた。すぐにここから脱出する」
「舞」
翼が手を挙げたので、舞は彼の方を見る。
「地下駐車場にはまだ逃走用の車とバイクがあるぜ」
「車には私たち全員が乗れるか?」
「もちろん。ちゃんと防弾加工もされている。バイクの方はPDWが積んである」
「分かった。取り敢えず地下駐車場向かう。目的地はここを脱出してから考える」
「舞。ちょっといい?」
ヒョウが銃を構えて下を警戒しながら、舞に声を掛ける。
「何だ」
「少しでいいから、セーフルームに寄ってもいいかしら。ここから脱出するにしても弾薬が心許ないわ」
それを聞いて熊気が反対意見を出す。
「僕は反対です。今は一刻も早くここから脱出するべきです」
舞は一瞬考えて答えを出した。
「……二人の考えはどっちも正しい。取り敢えず五階までは降りてみて、敵の姿がなければ、セーフルームによる。少しでもおかしな点があれば素通りして地下まで行く。分かったな」
二人とも頷いて返事をする。
「オッケー」
「分かりました」
舞は美雨に近寄る。見ると彼女は、不安を紛らわすように、仔犬のキーホルダーをぎゅっと握りしめていた。
「美雨。ここから脱出する。歩ける?」
「はい。大丈夫です」
「よし。じゃあ私の手をしっかり握って」
美雨は頷くと、右手で舞の左手を握る。
「よし行こう。ヒョウ先頭を頼む。熊気は二番手。次は私と美雨。翼、殿は頼むぞ」
「「「了解」」」
三人は返事をして一斉に自分のポジションについた。
全員、銃をまっすぐ構えたまま、階段を降りていく。
そして五階まで何事もなく到着した。
空気がいつもよりピリピリしているのに美雨以外の四人は気づいた。
間違いなく敵は自分たちを監視している。
そんな確信を抱きながら、非常階段の五階の扉を開けた。
通路には先程と同じように誰もいない。
数分前に起きたヘリの爆発が嘘のように静かだっだ。
だからこそ、美雨を除く四人は最大限に警戒しながら歩を進める。
ヒョウがAN94を構えながら五〇六号室を通り過ぎた。
翼は前方廊下の先の角を監視する。熊気はマンションの方にM60の銃口を向けている。
舞は美雨と共に非常階段で待機していた。
HK416を片手で構えながらも、震える美雨の手を強く握って安心させていた。
ヒョウが五〇五号室の前までたどり着いた時だった。
マンションを監視していた熊気が鋭く警告を発しながら身を隠す。
「RPG!」
向かいのマンションから携帯式ロケットランチャーRPG-7が発射された。
ヒョウの目の前で、弾頭は五〇五号室のドアに直撃。
爆発して部屋のドアが外に吹き飛んだ。
舞は素早く美雨の身体に覆いかぶさる。
「美雨伏せて!」
翼も身体を伏せて爆風を避けた。
美雨を守りながら舞は、無線でヒョウの安否を確かめる。
「ヒョウ、ヒョウ無事か!」
舞の無線には砂嵐のような雑音しか入らない。
「翼、熊気。ヒョウの姿は見えないか?」
今度は舞は二人に無線を飛ばす。
「……ヒョウは無事だ」
答えたのは翼だ。
「仰向けに倒れているが、死んではいないようだ……待て! 敵が来た」
廊下の角からVZ58を構えた黒ずくめの男達が現れる。
そしてヒョウに狙いをつけて銃撃してきた。
舞が翼に指示を飛ばす。
「翼、ヒョウの援護を!」
「分かってる!」
翼が応戦しようと頭を上げると、横から銃撃される。
「横から撃たれてる。援護できない!」
頭の上を弾丸が掠めて、翼は再び頭を下げた。
向かいのマンションからも敵が現れていたのだ。
現れたのはヨシフ・ベリンスキー率いる、自由の翼旅団に雇われた傭兵達だ。
彼らは元軍人や警察官で、高い報酬のために喜んで危険地帯に足を踏み入れような奴しかいない。
その傭兵達がヒョウや翼を狙ってVZ58を撃ちまくる。
弾丸で、マンションの壁や床が穴だらけになっていく。
まだ距離があるので当たっていないが、敵が照準を修正して来るのは時間の問題だった。
RPGが目の前で炸裂したヒョウは、咄嗟に仰向けに避けたが、至近距離で起きた弾頭の爆発で、強い耳鳴りが起きていた。
爆風で無線のヘッドセットはどこかに吹き飛び、目がチカチカする。
何とか起き上がろうと前を見ると、廊下の角から黒ずくめの男達がこちらに銃を向けていた。
「ヤバッ!」
ヒョウは再び仰向けになった。そのお陰で敵の撃った弾が外れて、周辺の床に穴が開いていく。
仰向けのまま、AN94のセレクターを二発バーストにセットする。
そして通路の先にいる傭兵に向けて引き金を引く。
一度引き金を引くたびに、二発ずつの五・四五ミリが発射される。
傭兵を狙って撃つが、敵も撃ってきているので、なかなか狙えない。
そのまま双方いたずらに弾丸を消費するだけだった。