三章その6
「おー、ここにいたのかー。って、あれ?」
壁の前に立たされている陸田ナツミを見やり、そのあとで山田リリコの方に目をやって続ける。
「もしかして、お取込み中な感じでした?」
「……何であんたがここにいんの?」
山田リリコは警戒心を剥き出しにしていた。他の女子たちは皆一様に緊張した面持ちに、男子たちの方は険しい表情になっている。
そんな彼らに囲まれていた陸田ナツミが、目を丸くしたまま問う。
「どう……、して……?」
「本を返しに行くって言ってたのに、遅いなーっと思って探しに来た感じなんだけども、まずかったか?」
「そ、それはあの、そっ、そうなんだけど、今はあの……」
陸田ナツミがしどろもどろに言っている途中で、何かを思いついたような顔をした山田リリコが、不敵な笑みを浮かべて言う。
「あぁ、タイミング的にはよくなかったかもしんないね。あんたの話をしてたわけだし」「俺の話、ですか……?」
「そそ、あんたの話。ところでさ、あんたは何でここに来たん? ナツミが心配で探しに来たって思えば良いわけ?」
「しっ、心配っつーか、何してんのかなーっと気になって来た感じで……」
山田リリコの思惑に沿うような言葉を放ると、彼女はにんまりと笑って首を縦に振る。
「そかそか、気になって来たわけね」
「あ、いや、そこに他意はなくて……」
「あるのは好意だけっしょ?」
リリコに問われた途端、シンは下を向いた。
激しい怒りがこみ上げ、顔に出そうになったからだ。
「どっ、どうしてそうなったんですか?」
「あんた、ナツミに告ったんだって? しかも、壁ドンまでしてさ」
「きっ、聞いたんですか!?」
シンはバッと顔を上げて思いっきり目を開き、楽しげな様子のリリコを見やる。
「うちの部は、そういうことを報告する決まりになってんの。だからさ、アンタがナツミに告ったことは、ここにいる全員が知ってるわけ」
リリコは言いながら、部員たちの方に右腕を広げた。一方的に攻め立てている部長の姿に勇気づけられたのか、彼女らは小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。『ホスト部』の面々も似たような表情になっている。
そうなっていないのは、陸田ナツミだけだ。今にも泣き出しそうな顔をしている。
――なっ、泣くなよ。泣かれるのは、しんどい。
すすり泣く祖母と母親に、悔しげな表情で涙を流す鳴海ミナ。
どの人にも泣いてほしくなかったのに、そうさせてしまった過去がある。思い出す度に悔やみ、嘆き、苦しみ、最後は自分に対する怒りだけが残る。
そうなりたくもないし、そうなってほしくもない。
だから、決めたのだ。全力で叩き潰す、と。
――もう少しだけ粘ってくれ。もう少しで終わるから。
ナツミからリリコの方へ視線を滑らせ、シンは拳を握ってから俯く。
「そうだったんですか……」
「悪いわね。でも、決まりだからさ。それで? あんたは今もナツミのことが好きなん?」
「それは……」
黙り込むシンを見て、リリコは声を弾ませて言う。
「その様子だと、今もそうみたいだね。でも残念、ナツミには彼氏がいんのよ」
「え……? そっ、そうなんですか!?」
大仰に驚いてみせると、山田リリコは高笑いをした。
「あははははははははッ! もしかして、知らずに告っちゃった?」
「かっ、彼氏はいないって聞いてたんですけど、ほんとにそうなんですか?」
「あんたなんかにナツミがホントのこと話すわけないじゃん」
「でっ、でも、ここ最近はずっと俺と一緒にいて、彼氏がいる気配なんて全然なかったんですけど……」
「あぁ、そうだったそうだった。確かにあんたと一緒にいたわね」
リリコは大きく頷いてから、声音を冷たくてして二の句を継いだ。
「けどそれ、あたしがやらせたことだから」
「じょっ、冗談ですよね……? というか、何でそんなこと……」
「聞かなくても分かるっしょ。『夏の陣』のことを思い出せば」
「俺が……、裏切ったからですか……?」
「分かってんじゃん。あぁ、一年生のくせに目立ちすぎたってのもあるわ。とりあえずさ、いろいろと分かってくれた? 勘違いストーカークン」
リリコが馬鹿にするように言って締めくくると、『ホスト部』と『理想の女子研究部』の部員たちがクスクスと笑いはじめた。
嘲笑していた彼女の声が続く。
「そういうわけだから、ナツミに近づかないでくれる? あとさ、これはお願いってか、命令なんだけどさ、『冬の陣』ではあたしらの味方になりな。そうすれば、今の話は黙っといてやるからさ」
「……別に喋ってもらっても構わねーですよ」
「は……?」
呆気に取られているリリコに、シンはヘラッと笑って告げる。
「全部嘘なんで、まったくもって問題ねーです」
「あ……、あはははははははは! ここに来てそれ!? そんな言い訳すんの!? 超ウケんだけど!」
「いやー、ほんとウケますよねー」
ブレザーの胸ポケットからスマートフォンを抜き、シンは笑みを保ったまま続けた。
「会話を録音されてるとも知らずに、べらべら喋ってくれるんですから」
「え……、はっ、はぁ!?」
「あれ? 言ってませんでした?」
「じょ、冗談ってか、ハッタリっしょ? お、脅しても無駄無駄」
「それはあれですか、流してもオッケーってことですか?」
シンが軽い調子で尋ねた途端、リリコは化粧が濃い顔を引きつらせた。
「じょ、冗談っしょ……?」
「ご想像にお任せします。あ、ちゃんと編集もしますんで任せてください。BGMは……、先輩の〝歌ってみた動画〟から抜いたやつを使いますねー」
「な……、なに、何を、言ってんだか……」
誰の目にも明らかなほどに、リリコは動揺していた。肉厚な唇を小刻みに震わせ、見えない何かに押されたかのように片足を引く。
シンが楽しげな声で問う。
「あれ? 先輩って、『リリちゃん』ですよね? 『もっとラブリー』とか『キュンキュンマインド』とか、可愛さ全開の曲を可愛さ全開で歌ってましたよね?」
「ど……、し、て……」
「どうしても何も、俺と先輩の仲じゃないですかー。あ、そういえば自己紹介してませんでしたねー。俺、ツイッターだと『はるるぅ』って名前なんです」
唖然としている山田リリコから視線を外し、息を呑んで見守っていた『理想の女子研究部』と『ホスト部』の部員たちに目をやって続ける。
「あーあと、『夏華』とか『アッキ』とか、『冬ひな』とかって名前でもやってたりします。ここにいる人で仲良くしてくれたのは――」
シンは後ろに手をやり、パソコン室で印刷した紙を掴んで扇状に広げた。肩の高さまで持っていき、見せつけるようにしてから言う。
「――『理女研』のお二人と、『ホスト部』のお三方ですかねー。このプロフィール画面、見覚えありますよね?」
その言葉をきっかけに、二人の女子と二人の男子が弾かれたように動き出した。慌てた様子でスマートフォンを取り出し、親指をせわしなく動かす。
そんな彼らに向かって、
「あー……、DMでのやり取りの中で、使えそうだなーって思ったやつは画像にしてあるんで、消しても無駄ですよー。本人特定ができる呟きもそうしてるんで、アカを消しても同じですー」
と投げかけると、顔色を悪くして静止していた。
始末完了。
そう思ったところで、山田リリコが低い声を落とす。
「あん、たが……。あんたが『はるるぅ』ちゃんなわけ……」
「もしかして、ID付きの顔写メで信じました?」
「くっ……!」
「実はあれ、友達に頼んで撮ってもらったやつなんですよー。あーついでに、太腿写真がほしいとか言ってきた、どっかの誰かさんにもお伝えしておきますねー。代わりに送った鎖骨写真は、俺のです」
シンがクスッと笑う一方で、『ホスト部』の一年生と二年生は苦い顔をしていた。別名、〝求愛行動が激しかったコンビ〟である。
――まあ、そうなってもおかしくはねー写真だったよな。中の人が服部じゃなかったら、ほんともう……、ほんとにね。
一人で頷いていると、真正面から山田リリコの怒鳴り声が飛んできた。
「こ、こんな騙し討ち……、許されると思ってるわけ!?」
「先輩だって俺を騙そうとしたんですし、おあいこじゃねーですか」
「あんたが……! あんたが先に騙さなきゃ、こんなことしなかったっての!!」
「ですよねー、知ってます。先輩は〝やられたからやり返しただけ〟ですよね。ちなみに俺は〝やったらやり返されたから、更にやり返した〟って感じです」
平然と言い返したシンを、リリコは血走った目で睨みつける。
「あんたねぇ……! ふざけんのも大概にしときなよ? あたしらを敵に回して、まともな生活が送れると思ったら大間違いよ!!」
「あーほんとですか。んじゃ、録音データとか先輩の可愛い可愛い歌声とか、ツイッターでのやり取りとか、全部ぶちまける形で先手を打たせてもらいますねー」
「そ、そっ、そんなことしたら、あんただって……」
リリコは顔を曇らせて声を窄めた。
沈黙が落ちる前に、シンが冷淡な口調で言う。
「俺はまったく困りませんよ。ぶちまける時はうまくやる予定なんで」
「……調子に乗んのも大概にしとけよ、空野」
ドスの利いたその声が、選手交代の合図だった。




